*口づけ*


 明智とは、あくまで主従関係だ。

 いくら好きになっても、日影でいなければならないのだ。

 そして、ずっとそばにいるためには、常に忍びとして、素晴らしい働きをしなければならないのだ。

 それも覚悟の上に、そばにいる。

 ずっと陰で支えて行く。

 だから高望みなんてしてはならない。

 わかっている筈なのに、隣で笑いたいと思ってしまう。

 それも一番近くで笑うことが出来たら良いのにと思う。

 明智のためだけに情報収拾を行い、ほたるは二ノ丸にある、明智の居室に戻った。

 まだ、灯りがついているところを見ると、明智はまだ仕事をしているのだろう。

 報告をしなければならない。

 ほたるは、灯りが漏れている光秀の部屋に向かった。

「光秀殿、ほたるでございます」

「仰々しい挨拶は良いから、早く入って来なさい」

「はい。失礼します」

 ほたるが部屋に入るなり、いきなり手首を掴まれてびっくりした。

「み、光秀殿!?」

「君、忍びのくせに、随分と無防備だね。それはいけないよ。命取りになることを忠告するけれど」

「光秀殿」

「いくら、相手が私だと言ってもね……」

 明智は呆れたように溜め息を吐きながら、真っ直ぐほたるを見つめた。

 涼やかで美麗な容姿でじっと見つめられると、心臓がいくつあっても足りない。

「私の部屋に誰かが忍んでいて、捕らえられているかもしれないでしょ?」

「それなら気づくと思います」

 ほたるは胸を張って堂々と言い切った。言い切れるほどに、ほたるは自信があった。

 明智以外の気は、敏感に察知することが出来るということを。

「……私の小鳥は自信があるんだ」

 何処か意地の悪さを滲ませながら、明智は何処か楽しそうに言った。

「今のも、光秀殿と分かっていたからこそ、気を抜いただけで……」

「そう……。私なら、ごく自然に警戒を緩めることが出来るということ?」

「そうです……」

 答えながらも恥ずかしくて、ほたるは真っ赤になりながら頷いた。

 追及されて、ついしどろもどろしてしまう。

 大好きなひとには、警戒は緩めてしまうが、ある意味、気配はきちんと感じている。胸が乱れる、甘い気配を。

「それは、忍びとして、致命的ではないのかな?」

 明智は何処かからかうように、楽しそうに微笑んでいるが、瞳は氷のような冷たさを秘めてる。

「私と私の気配を似せている誰かと間違う……。ということにもなりかねないんじゃないのかな」

「それはないです」

 ほたるはキッパリと言い切った。言い切ることが出来るぐらいに、自信があった。

「どうして……?」

 明智は涼やかな眼差しで、真っ直ぐほたるを見ている。ほたるの瞳に、明智は真っ直ぐ飛び込んできた。

「……それは……」

 口にするだけで、息が出来なくなるぐらいに、ときめいてしまう。

 甘い緊張に、鼓動の旋律がおかしくなりそうだ。

 ほたるが真っ赤になっていると、明智はフッと笑う。

「私は、そんなに難しい質問を、君にしたっけ?」

「それは……」

「そんなに顔を真っ赤にするぐらいに、ね……」

 明智はほたるとの距離を一気に詰めてくる。

「こ、こんなに私を甘くドキドキさせるのは、光秀殿しかいないから……」

 ほたるが早口気味に言うと、明智は満足するように微笑んだ。

「良く出来ました……」

 明智は満足するように喉をくつくつと鳴らして笑うと、ほたるを抱き締めてきた。

 思いきり強く抱き締められて、ほたるは息が甘くかき乱される。

「君は、忍びとしての勘ではなく、女としてのときめきで、私だと判断しているということだね」

 ほたるは恥ずかしすぎて答えられない。女としての、純粋にほたるとしての感覚を利用するのだから、忍びとしては、あるまじき感覚なのかもしれない。

「忍びとしては、失格です、よね」

「さあ……?君が忍びとして失格かどうかは、雇い主である私が決めることだと思っているけれど、いかがかな?」

「それは、そうですけれど……」

 ほたるが俯こうとすると、明智に顎を持たれる。そのまま、顔をぐっと上げられる。

 明智の美麗な顔が近づいてきて、ほたるは甘い震えと緊張で、怯えた小鳥のようになった。

 それだけの威力を持っていることを、ほたるの雇い主は充分に分かっているのだ。

 だからこそ、こうして戯れるのだ。

 ほたるもまた、明智の戯れに幸せを見出だしている。

「……私の小鳥は従順だね」

「明智殿だからです……」

「……そんなことは、言わなくても分かっているよ」

 明智は艶やかで冷たい焔のような眼差しを向けると、ほたるに唇を近づけてくる。

 唇は許してはならない。

 本気になるから。

 それは忍びの鉄則。

 身体は奪われても、心は奪われてはならない。

 だが、初めての雇い主に、心を奪われてしまった。

 この人にしか、唇は許さない。

 今はそれを頑なに護るだけだ。

 明智と唇を重ねる。

 それだけで、主従であるとか、忍びであるとかが溶けてゆく。

 ただの男と女として、ふたりは存在する。

 明智は、ほたるを強く抱き締めると、さらに深く口づけてきた。

 甘く激しい口づけに、ほたるは明智にもっと夢中になってしまう。

 口づけの後、明智はじっとほたるを見つめる。

「私の小鳥を逃がしたくはないんだけれどね。今夜は……、いや……」

 明智はフッと艶やかな笑みを浮かべる。

「……一生かな……?」

 明智は甘く微笑む。

 一生、明智に忠誠を誓う自信はある。明智にならば、生涯を捧げられる。いや、逆に明智以外は生涯を捧げられないと思った。

「私の傍にいなさい。私の小鳥。君なら、私も一生、飽きないだろうからね」

 ほたるは答える代わりに、明智の身体をしっかりと抱き締める。明智の身体は、やはり武道をしているだけあり、引き締まっている。

 抱き締めるだけで、とても安堵する。同時に甘い感情に支配された。

「鳴かぬほたるは身を焦がす、か……。君に関して言えば、全くその通りなのかな……」

 明智はフッと微笑むと、ほたるにもう一度口づける。

「私だけにその美しい光を見せて……」

 明智は艶やかに微笑むと、ほたるを床に横たえる。

 明智には総てを許すことが出来る。

 それは、恋以上に愛なのだと思う。

 もうお互いになくてはならない存在。

 もう一度ふたりは、愛を確かめあうように口づける。

 そのまま、情熱でお互いを輝かせた。



 クジ