*ずっと大切*


 明智が、ほたるとは違うくの一を連れて城下へと行ってしまった。

 まさかお役御免になってしまうのだろうか。

 そう考えるだけで、どんよりとする。

 初めての仕事で、素晴らしい主に仕えることができた。

 これ以上のことはないというのに、身分不相応に恋をしてしまった。

 切ない気持ちに息苦しくなる。

 恋をしてはいけない相手であると言うのは、重々承知をしているつもりだ。

 だが、それ以上に、ほたるを苦しめるのは、将来への淡い期待に他ならない。

 ひょっとして、将来はずっと一緒にいられるかもしれない。

 そんな希望的観測を抱いているからこそ、苦しめられるのだ。

 そんな保証なんてどこにもないというのに。

 自分が抱く淡い期待と現実の落差に気づかされて、ほたるは苦しむ。

 これが誰かを特別に愛するということ。

 それにようやく気づかされた気分だ。

 別のくの一を雇った。

 それは、ほたるがいらないということなのだろうか。

 明智が新しく雇ったくの一は、かなりの手練れだと聞く。

 ほたるよりもずっと玄人で経験が豊富だと、聞いている。

 ほたるでは役不足だということなのだろうか。

 そう考えるだけで、ほたるはいたたまれない。

 新しいくの一のことを、少しでも多く知りたい。

 だが、それを明智に面と向かって訊くわけにはいかないのだ。

 それが分かっているからこそ、余計に心が重い。

 城下町でくの一と何をしているのか。

 何を話しているのか。

 ほたるは知りたくてしょうがなくて、いてもたってもいられなくなり、城下町へと向かった。

 

 ほたるは、先ずは小鳥に姿を変えて城を出たあと、若武者に変化をして、城下町へと向かった。

 これが一番怪しまれずに、城から抜け出し、城下に向かえる。

 だが、明智には総てお見通しであることは、ほたるには分かっている。

 それをどうすれば上手く誤魔化すことが出来るのだろうか。

 それだけをずっと考えていた。

 城下町まで出て、先ずは明智とくの一の姿を探す。

 ぶらぶらとしたふりをして、目を皿のようにして見る。

 我ながら、なんと愚かなことをしているのだろうかと、はたるは思わずにはいられない。

 泣きそうになる。

 だが、それだけ明智のことが好きなのだということを、自分でも自覚をせずにはいられないのだ。

 やはり城下町はかなりの賑わいだ。

 天下に最も近づいている男の城下であり、自由に商売が出来る市なのだから、当然だろう。

 そのせいか、活気に溢れていて、なかなか明智たちの姿を見つけることが出来なかった。

 ようやく遠くに、明智とくの一の姿を認める。

 直ぐに近付きたいのは山々ではあるが、いくら変化をしているとはいえ、それでは明智に気付かれてしまうだろう。

 そのため、ほたるはなかなか近付けなかった。

 一瞬、明智がこちらに振り返った。

 一瞬、気付かれたのかと思い、ほたるは、ビクリと身体を小さくする。

 だが、これだけ距離が離れているのに、気付かれるはずなどない。

 だが、明智ならば、気配だけで察するかもしれない。

 ほたるの頭のなかでぐるぐると色々なものが回った。

 何度も切ない眼差しを明智に送ってしまう。

 嗚咽をしてしまうほどの切なさが、からだの奥底から込み上げてきた。

 明智は、あれから振り返ることなく、くの一と市を見回っている。

 密談をしているだとか、そんな雰囲気は一切、感じられなかった。

 どのような様子なのか、一目確かめたい。

 ほたるは思い詰めながら、再び小鳥へと変化を遂げた。

 小鳥ならば、より近づくことが出来る。

 ふたりの様子を確かめることが出来る。

 ほたるは小鳥になり、思いきり、明智に近づいた。

 すると直ぐに羽音に気付き、明智は小鳥を見上げた。

 まるでほたるだと気付いているかのように見つめたあと、くすりと笑う。

 その眼差しはとても温かくて優しい雰囲気を持っている。

「どうかされましたか、明智殿?」

 凛とした笑みを浮かべながら、くの一が明智に話しかける。

「いいえ。なんでもありませんよ。私の小鳥によく似ていると思っただけですよ」

 ばれている。

 ほたるが旋回を止めて遠退くと、明智はまたくすりと笑った。

「さあ、行きましょうか。小鳥と戯れる時間はありませんからね。行きましょうか」

「そうですね」

 ふたりは行ってしまう。

 ばれている以上は、これ以上、ついていくわけにはいかない。

 ほたるは先回りをすることにした。

 この道を行くならば、この先、静かになる。

 そこで、地蔵にでも変化すれば良いだろう。

 ほたるは猛スピードで飛び、先回りをした。

 地蔵に化けて、様子を見れば良い。

 だが、それもまた、明智にばれてしまったら。

 そのことを考えるだけで、ほたるは一瞬、躊躇をする。

 だが、それよりも明智を想う思いのほうが、ずっと大きかった。

 地蔵に化けたあと、ほたる静かにそこに鎮座をした。

 すると、明智がゆっくりやって来て、不意に地蔵に視線を投げる。

「この地蔵、とても意地らしい地蔵なんですよ」

 明智は甘く言うと、いきなり地蔵の頭を撫でてきた。

「私はこの地蔵をずっと大切にしようと思っています」

 明智は柔らかく優しく、地蔵に触れる。

 指先から優しさと愛情が感じられて、ほたるはつい泣き出してしまう。

 ずっと気付いていたのだろう。

 その優しさと温もりに、感情を抑えることが出来なかった。

「長老に伝えて欲しい。地蔵はあなたの元にお返しすることはないと」

 明智はキッパリと言うと、厳しい眼差しをくの一に向けた。

「そうお伝え下さったら、お分かりになると思いますよ」

「分かりました」

 くの一は静かに頷いたあと、瞬く間に、鳥となって羽ばたいていった。

「……私の小鳥……、いや、私の地蔵……、違うな、ほたる。元に戻りなさい」

 明智に言われて、ほたるは素直に元の姿に戻る。

 だが、明智の顔をまともには見られなかった。

「さ、顔をあげて。ほたる、市に行くよ。君は私の忍びでしょ?私を守らなければならないよ」

「は、はい」

 ほたるが着いてきたことを、明智は咎めない。

 総てを分かっているのに。

 そのやさしさが嬉しい。

「さ、行くよ」

 明智は手をさしのべてくれ、ゆきはそれを取る。

 しっかり手を結び合わせる。

 もう離れない。

 言葉にはしないが、お互いにそう囁いているような、そんな気がした。



 クジ