大好きなひとの誕生日。 何をしてあげたら良いのか、千尋には解らない。 心を込めた誕生日にしてあげたいが、具体的に何をプレゼントしてあげたら良いのかが解らなかった。 アシュヴィンが一番欲しがっているものなら知っている。 平和と民の笑顔だ。 力を合わせて頑張っているが、それを“はいプレゼントだよ”とするなんて出来ない。 千尋は色々と考えながら、結局は何も思い付くことが出来ずに、リブに相談することにした。 「…やー、陛下が欲しいもので思い付くものは…、やはり千尋様の笑顔以外に何もないです」 「…私の笑顔は、毎日、見られるよ。だって、アシュヴィンのお陰で、私は毎日笑顔なんだもん」 「…そうですか…。それは解りますが、やっぱりそれ以外には思い付きません…」 リブは散々考えてくれたが、結局は何も思い付くことが出来なくて、恐縮しているようだった。 「有り難う、リブ。何か考えてみるよ」 「はい」 千尋はリブのところを後にし、今度はシャニのところに行く。 「兄様が欲しいもの…。それは姉様が健康で笑顔でいられること…、ぐらいしか思い付かないよ」 やはりシャニも同じようなことを言う。 「有り難う、シャニ。恩にきるよ」 「うん! 姉様、また何でも訊いて! 答えられることは何でも答えるから!」 「有り難う、シャニ」 千尋は、シャニの笑顔に癒されながら、にっこりと微笑んだ。 アシュヴィンの欲しいもの。 それが分かれば苦労はしない。 大好きなひとと一番近くて、心をシンクロさせている自分が分からないのが、千尋には一番困ることだった。 「…どうしたら良いのかなあ」 千尋は溜め息を吐くと、八方塞がりで頭を抱えた。 取り敢えずは、こちらで揃えられるだろう材料で、甘いお菓子でも作ることにする。 そして誕生日の宴にそっとそれを置いて貰うのだ。 後はアシュヴィンが好きな山百合を摘んで食卓に飾ろう。 後は何をプレゼントすれば良いのだろうか。 千尋は益々頭を抱えてしまう。 アシュヴィンには笑顔で幸せなバースデーを迎えて欲しい。 アシュヴィンが笑っていられる。 それが千尋にとっても何よりものプレゼントになるのだから。 千尋は自分が出来る限りの準備を始める事にした。 執務の合間なので、出来ることは限られてしまうが、それでも精一杯頑張ることにした。 プレゼントは結局、いつも忙しいアシュヴィンの疲れを癒せるようにと、ハーブを織り込んだアイピローにする。 これならば、この世界にある材料で充分に作ることが出来る。 先ずはハーブを摘んで、ポプリにすることから始めた。 ハーブをポプリにすると香りが増す。 今回は癒せるようにとラベンダーを使う。 だが、その香りが妙に鼻についてしまい、千尋は気分が優れなくなった。 いつもならば平気なはずのラベンダーの香りがかなり不快なのだ。 匂いを嗅ぐだけで気持ち悪くなると言っても良いぐらいだ。 いつもは大好きなハーブ。 だが今日に限っては凶器にしかならないような気がした。 「…何でダメなのかな…。ハーブ…」 千尋はシュンとうなだれながら溜め息を吐いた。 「…何だか怠いし、風邪でも引いたんだろうな…。胃がムカムカするし…。風邪のシーズンだから仕方がないんだろうけどね…」 千尋は何度も溜め息を吐くと、テーブルに頭を置く。 「まあ! どうかなされましたか!? 千尋様!?」 千尋がテーブルに突っ伏していると、女官長が慌ててやってきた。 「あ、う、うん。大丈夫だよ。本当に平気だから」 千尋が慌てて頭を起こしても、女官長は心配そうに見つめた。 「多分ただの風邪だと思うんだよ。熱っぽいしね」 「まあ! 千尋様! 早くお休みにならなければいけませんわ!」 「…う、うん。解っているんだけれどね…」 千尋は、女官長が余りにも大袈裟にうろたえるものだから、思わず苦笑いを浮かべてしまう。 恐らくは大切なアシュヴィンの后だから、こうして心配してくれるのだろう。 だがその心配ぶりは、まるで母親のようで嬉しかった。 「有り難う。ハーブの香りに酔っただけなんだよ。風邪の時って、本当に弱っているとそういうことってあるからね」 「それはそうですが…、やはり千尋様が心配ですわ…」 「有り難う。心配して貰って、ものすごく嬉しいよ。本当にどうも有り難う」 千尋はニコリと笑うと、女官長に礼を言った。 「…何だか眠くてたまらないから、少しだけ昼寝をするね。きっとぐっすりと寝たらスッキリすると思うから!」 千尋が何でもないとばかりに笑顔で爽やかに答えると、女官長は仕方がないと溜め息を吐いた。 「何かございましたら、おっしゃって下さいね。千尋様は、常世にとっても中つ国にとっても、とても大切な方でいらっしゃいますからね」 「有り難う。しっかりと昼寝をして治すから大丈夫だよ。本当にどうも有り難う。じゃあ遠慮なく休ませて貰うね」 「はい。ごゆっくりお休み下さいませ」 女官長はまだ心配そうに見つめてきたが、千尋は笑顔で頷いた。 私室に入って寝台に横になる。 ひとりだとどうしてこんなにも広く感じるのだろうか。 広い広い寝台の上で目を閉じる。 なんて切ない。 アシュヴィンがすぐそばにいて抱き締めてくれたら良いのにと思いながら、千尋はいつしか眠りの世界に誘われた。 誰かに見られているかもしれない。 温かな視線を感じて、千尋がゆっくりと目を開けると、そこには愛しいアシュヴィンがいた。 「…アシュヴィン…」 「気分が悪くて眠っていると聞いたが…、もう大丈夫なのか?」 アシュヴィンが心配そうに見つめて、語りかけてくる。 「うん、大丈夫だよ。本当に…。有り難うアシュヴィン…」 千尋がにっこりと笑うと、アシュヴィンも微笑んでくれた。 「…だが、少しばかり顔色が悪いな…」 「うん。ちょっと気持ちが悪くなっちゃって。だけど、しっかりと眠ったから大丈夫だよ」 「だったら良いのだろうがな…」 千尋が自力で躰を起こそうとすると、アシュヴィンが背中に手のひらをあてて起こしてくれた。 「有り難う。アシュヴィン、もう大丈夫だよ。アシュヴィンの顔を見たから、元気が出たから」 「それは良かった」 千尋はアシュヴィンに抱き付くと、思い切り甘える。 こうしているだけで、気分の悪さが吹き飛ぶ気分だった。 アシュヴィンの誕生日の当日、千尋は気分が悪かったのが嘘のようにテキパキと働く。 プレゼントのアイピローも完成し、簡単なお菓子も出来た。 宮殿の料理人が腕によりをかけて作った料理も並んで、準備は万端。 千尋も正装に着替えた。 しかし、パーティを始める前に気分が悪くなってしまい、結局は、寝込むことになった。 薬師が呼ばれて診察を受け、当然のような意外なような一言を言われた。 「お后様は懐妊されていますよ。おめでとうございます。お世継ぎです」 これには千尋もアシュヴィンも驚いてしまう。 「千尋! よくやった。これ以上に嬉しい誕生日プレゼントはない」 アシュヴィンはこころから喜んでくれているようで、思い切り抱き締めてくれた。 「アシュヴィン、私も嬉しいよ」 愛するひとの子ども。 これ以上に嬉しいことはない。 「アシュヴィン、どうも有り難う」 「最高の誕生日の祝いだ。有り難う」 アシュヴィンは穏やかに言うと、更に力強く抱き締めてくれる。 こんなにも素敵なプレゼントはないと、千尋も思っていた。 |