*イルミネーション*


 女の子にとってイルミネーションは、心と想い出を彩る宝石のようなもの。
 ロマンティックで甘いキラキラしたコンペイトウのようなもの。
 だからこそ、大好きなひとと見たいもの。
 大好きなひとと見るイルミネーションは最高にロマンティックだから。

 あちらの時空にいた時は、大阪まで出向いてよくイルミネーションを見ていたものだ。
 本当にロマンティックで、いつか大好きなひとと見たいと思っていた。
 今は大好きなひととこうして一緒にいるけれども、ロマンティックな楽しみなイベントなんてない。
 だいたいクリスマスなんて概念がないのだから当然だ。
 それにイルミネーションなんて出来ない。
 アシュヴィンとイルミネーションを見るのは、夢のまた夢だ。
 千尋がバルコニーに出て星を眺めながら溜め息を吐いていると、そっとアシュヴィンが近付いてきた。
「千尋、どうした?」
 寂しそうにしていた千尋の横に、アシュヴィンが柔らかい雰囲気を携えて立つ。
「…何だか寂しそうだが、どうしたのかね?」
「大丈夫だよ。ただね、あっちの世界はもうすぐクリスマスだなあって、そう思っただけだよ」
「クリスマス?」
 アシュヴィンはそれが何だか解らないとばかりに、小首を傾げる。
「私ね…前に話したと思うけれど、違う時空に少しの間だけいたの…。その時にね…、クリスマスっていうとっても素敵なイベントがあって、本当はイエス様っていう…、神様みたいなひとの誕生日をお祝いするんだけれどね…、何だかそんな感じよりも、家族だとか恋人たちが楽しんで過ごす日になっていて…、キラキラと輝くイルミネーションっていう、まあ、お星様の親戚みたいなのが輝いていて、もの凄く綺麗なんだよ…。本当に本当に綺麗なの…。で、それを大好きなひとと一緒に見たいなあって、思っていたんだよ。だけどこっちでは、イルミネーションがないから、アシュヴィンと一緒には見られないなあって思っていたんだよ。それだけ」
 千尋はくすりと笑うと、アシュヴィンに甘えるように寄り添った。
「…凄く素敵なんだよ…。だからアシュヴィンと一緒に見たかったんだよ…」
「千尋…」
 アシュヴィンは甘い微笑みを浮かべると、千尋をそっと抱き寄せる。
 その力強さと温かさに、千尋は息が苦しくなるぐらいに切ない気分になっていた。
「あちらに帰りたいと思ったことがあるのか…?」
 アシュヴィンの落ち着いた低い声での問いに、千尋は直ぐに頭を振った。
「…ないよ…。そんなことは一度もないよ。これは本当なんだよ。ただロマンティックなイベントだったから、アシュヴィンと一緒に見たかっただけなの。それだけだよ」
 千尋はこころからの気持ちで言うと、アシュヴィンに甘えながら笑った。
「あちらでは経験出来なかったけれど、こちらでは経験出来ることも本当に沢山あるから。たとえば、この夜空。あちらではこんなに星を見ることが出来ないんだよ。だけれど、こちらではこんなに沢山の星を見ることが出来るもの。これって、物凄く素敵なことなの。アシュヴィンと一緒に見ることが出来るなんて、こんなに素敵なことはないよ」
 千尋は笑顔でアシュヴィンに言うと、うっとりと夜空を眺めた。
「な、千尋、イルミネーションって、どのようなものなんだ?」
「あのね、赤とか青とか緑とか、とにかく沢山の色の光が瞬いているんだ。本当に綺麗で、ついうっとりと見てしまうんだ。人間が作ったお星様みたいな感じかな?」
「そうか…」
 アシュヴィンは頷くと、千尋と同じように夜空を見上げた。
「…千尋…。そろそろ部屋に入ろう。寒くなる」
「そうだね。寒くなる時期だからこそ、クリスマスのイルミネーションを思い出したんだよ」
 千尋は甘い笑みをフッと浮かべると、温もりをシェアするかのようにアシュヴィンに躰を寄せた。
 アシュヴィンとふたりでしっかりと密着をしながら、部屋の中へと入っていく。
 その温もりに、千尋は幸せを感じていた。

 イルミネーションをアシュヴィンと見たい。
 千尋の可愛らしい願いを、アシュヴィンは叶えてやりたくなる。
 どうにかしてイルミネーションを再現出来ないかと思い、アシュヴィンはリヴに相談をすることにした。
「赤や青や緑や黄色の光…。やー難しいですね。だけど折角、千尋様の願いだから、何とかしてあげたいですね」
「だろう? 千尋には、幸せな気分を味あわせてやりたい。もうあちらの世界を恋しくは思わないようにね…」
 アシュヴィンは愛しい千尋を思うだけで、甘くて酸っぱい気分になる。
 それは幸せで腹の底が興奮してくるような感覚だ。
「何とか出来るように頑張ってみます」
「ああ、俺も手伝う。千尋の笑顔を見るためにも、頑張るから」
 アシュヴィンの言葉に、リヴは力強く頷いてくれる。
 本当に頼もしいと思わずにはいられなかった。

 その日から、アシュヴィンとリヴの悪戦苦闘の日々が始まった。
 ああでもない、こうでもないと様々な方法を試しながら、ふたりはイルミネーション造りに奔走する。
 かなりの力の入れようだった。
「…やー、難しいですね、イルミネーション…」
「そうだな。難しいな…。千尋を喜ばせたいから、何としてでもやり遂げたい」
「そうですね」
 アシュヴィンは、太陽のような千尋の笑顔を思い出しながら、力強く頷いた。

 最近、アシュヴィンの様子がほんの少しだけおかしい。
 何かを隠しているような気がするのだ。
 これは確実だ。
 千尋はアシュヴィンの様子をじっくりと観察しながら、何を隠しているのかを確かめようとした。
 疚しいことではないのは確からしい。
 それだけは解るが、何を隠しているのかがサッパリ解らなかった。
 いくら邪推をしてもしょうがないので、千尋はストレートにアシュヴィンに訊いてみることにした。
「アシュヴィン、何か隠していない?」
 余りにストレート過ぎたのか、アシュヴィンは一瞬、うろたえた。
「何も隠しちゃいない」
 直ぐに誤魔化すように言ったから、益々怪しい。
「本当に?」
「本当だ。ほら、もう寝ようぜ。明日は早いだろう?」
 早口で言われて、千尋は溜め息を吐く。
 結局、何も解らなかった。
 何か隠している。
 千尋は訝しげにアシュヴィンを見つめながら、眠りに落ちた。

 翌日、アシュヴィンは昼間からかなり機嫌が良く、千尋は何かあるのではないかと、勘ぐってしまった。
「アシュヴィン、ね、本当に何もないの?」
「何もない」
 キッパリと言われても、イマイチ説得力が欠ける。
 千尋は訝しげにアシュヴィンを見つめながら、念を押すように訊いた。
「本当に?」
「本当だ。ったくしつこいぞ。さ、執務するぞ」
 アシュヴィンに執務に追い立てられて、千尋は仕方なく仕事を始める。
 それから暫くは執務のことで頭がいっぱいになってしまい、アシュヴィンのことは忘れてしまった。

 執務が終わり千尋が一息を吐いていると、アシュヴィンが執務室に入って来た。
「千尋、今から中庭に出ないか?」
「お散歩? うん、良いよ」
 千尋は笑顔で答えると、アシュヴィンが手をしっかりと繋いでくれた。
「さ、行くか」
「うん」
 手を繋いで中庭に出たところで千尋は息を呑む。
 中庭には、緑や赤、黄色や青のイルミネーションが光り輝いていた。
「…これは…」
「お前が見たいって言っていたからな」
 アシュヴィンは照れくさそうに言うと、千尋の肩を抱き寄せてくる。
「…綺麗…。有り難うアシュヴィン。こんなに素晴らしいイルミネーションはないよ」
 嬉しくて嬉しくて、言葉にならない程に嬉しくて、千尋は泣いてしまう。
「お前の願いを叶えたかった」
「うん。有り難う…」
 千尋は鼻を啜ると、アシュヴィンを見上げる。
「最高だよ…」
 フッとした微笑みと共に唇が下りてきた。
 これほど幸せなイルミネーションはないと思いながら、千尋はロマンティックなキスを受け入れていた。


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