バレンタインのお返しをする日があるなんて、アシュヴィンは最近まで知らなかった。 わざわざ教えてくれたのは、風早だ。 千尋がむくれるからというのがその理由らしい。 余りにらしい理由に、アシュヴィンは思わず笑ってしまった。 千尋が喜ぶことならば何でもしてあげたいとすら思う。 千尋の笑顔が、アシュヴィンには何よりものプレゼントなのだから。 千尋が喜ぶもの。 甘い菓子類も良いかもしれないが、それなら余り代わり映えがしないような気がする。 何か想い出に残るようなものを、アシュヴィンは贈ってあげたかった。 「リヴ…、何か心に残るようなプレゼントはないか…?」 「やー、心に残るプレゼント…。…例えば…、何か作られるのはいかがですか?」 「作る? どのようなものを作れば、千尋は喜ぶと思う?」 「…や…、そうですね…、タタラ鉄を使って何か作るのは…」 「剣を作って贈ったら、引かれるぞ」 「…確かに…。何か宝飾品を作って贈るのは…」 「宝飾品…ね」 宝飾品ならば形に残るし、想い出にもなるだろう。 千尋も喜んでくれるに違いないと思う。 「…じゃあ、そうするか…。宝飾品を作って、それを贈るのが良いかもしれないな…。天然の綺麗な色をした石を磨いて使えば…」 「指環やピアスなどが良いかもしれないですね」 「そうだな…。では、早速、その準備をしたいと思うが構わないか?」 「準備ならお任せ下さい」 リヴの言葉に、アシュヴィンは期待を込めて頷いた。 千尋が喜んでくれるように精一杯のことを尽くしたいと思う。 いつも癒して貰い、幸せにしてくれるかけがえのない存在であるから。 アシュヴィンは千尋に最高のお返しが出来れば、こんなにも嬉しいことはないと思った。 翌日から、宮殿の作業部屋に籠り、アシュヴィンは装飾作りの手解きを受けた。 綺麗に輝く美しい指環が出来れば、こんなにも嬉しいことはないとアシュヴィンは思う。 千尋の指環のサイズは、寝ている間にこっそりと計っておいたので大丈夫だ。 小さな千尋の小指に填められるリングにすることにした。 左手薬指には、既にアシュヴィンとの愛の証であるリングが填められているから、それ以外の指を彩るリングにした。 なかなか気に入るようなリングを上手く作ることが出来ずに、試行錯誤を繰り返す。 千尋には一番良い形で喜んで貰いたかった。 だからこそベストな状態のものを作りたい。 それがアシュヴィンの願いだった。 最 近、アシュヴィンが妙にそわそわしているように思える。 何だか内緒で動いているようにしか、千尋には見えない。 何か政で大変なことでも抱えているのだろうか。 常世の立て直しはまだまだ大変だから、することが沢山あるのだろう。 だが、何となくそわそわしているような気がして、気になってしまう。 千尋は思い切ってアシュヴィンに訊いてみることにした。 自分が手伝えるところは、手伝ってあげたかったから。 「ね、アシュヴィン、私に何か手伝えることはないかな?」 これは本当に素直な気持ちだった。 アシュヴィンのためなら何でも良いから手伝ってあげたかった。 千尋は、眠る前のふたりのリラックスする時間に、アシュヴィンに訊いてみる。 「ねえアシュヴィン、最近、ものすごく忙しそうだけれど何か手助け出来ることはないかな? 私で良かったら手伝うよ?」 千尋が心配な気分でアシュヴィンに尋ねると、フッと笑って頬にキスをくれた。 それがマシュマロのように甘い。 「有り難う。だが、大丈夫だ。お前が心配するほどのことではないから…。その気持ちを貰っておく」 アシュヴィンはなるべく柔らかく言ったつもりではあっただろうが、千尋をがっかりさせるのは充分だった。 「…うん、解った」 アシュヴィンを手伝えないのがほんのりと悔しい。 千尋は小さく溜め息を吐くと、肩を落とした。 「千尋、お前に手伝って貰いたいことがあったら、きちんと伝えるからそんな顔はするな…」 「…うん。解った、有り難う…」 千尋は納得したわけではないが頷くと、アシュヴィンを見た。 すると柔らかく抱き締められる。 「…千尋…」 そのままアシュヴィンがくれる愛の世界へと溺れていった。 ホワイトディの前日、ようやく千尋へのプレゼントが完成した。 完璧だとは言えないが、良い雰囲気でリングが出来たと思う。 それを綺麗にラッピングをする。 千尋の笑顔を思い浮かべただけで、幸せな気分になった。 翌日は晴れた休日で、出掛けるには良い日よりになった。 「千尋、今日はふたりでゆっくりしようか」 「有り難う。嬉しいよ」 千尋はアシュヴィンとふたりきりで出掛けるのが嬉しくて、思わず笑顔になった。 「山百合でも見に行かないか…?」 アシュヴィンが手をそっと差し延べてくれるのが嬉しい。 「うん。有り難う」 千尋はにんまりと微笑むと、アシュヴィンの手を取った。 あちらの時空で言うなら、今日はホワイトディだ。 バレンタインのお返しの日だ。 そんな素敵な日に、偶然にも出掛けることを設定してくれたアシュヴィンが、千尋は嬉しくてしょうがなかった。 「…有り難う、本当に」 千尋は頬をまろやかに染めながら、アシュヴィンにお礼を言う。 それが千尋には嬉しくてしょうがなかった。 手を繋いで、ピクニック気分でふたりで春先の小道を歩く。 「こうやって歩いているだけで嬉しいんだ。アシュヴィンとふたりで過ごすだけで幸せ」 「俺も久しぶりの休日だからな。ゆったりと楽しませて貰っている」 ふたりで道の草花を見つめては、その名前を当て合う。 それがとても嬉しい。 いつものように山百合の群生する美しい湖のほとりまで行き、そこで腰を下ろした。 「…ほら…。この花はお前が誰よりも似合うと思うぜ」 アシュヴィンは目の前にある山百合を手に取ると、それを耳にさしてくれる。 アシュヴィンと出会ってから、千尋は山百合が一番好きな花になった。 ふたりきりで挙げた結婚式も、ブーケは山百合にしたのだ。 「千尋、今日は…、お前がいたところでは“ホワイトディ”らしいな」 「え…」 まさかアシュヴィンがホワイトディの存在を知っていることを知らなかった。 千尋は驚いてアシュヴィンを見る。 ホワイトディのことは、アシュヴィンには言わなかったのに、どうして知っているのかと思う。 「…バレンタインとやらのお返しだ」 「アシュヴィン…」 アシュヴィンは綺麗にラッピングがされた包みを、千尋に手渡してくれる。 それが千尋には嬉しい。 「…有り難う…アシュヴィン…」 アシュヴィンの心遣いに、千尋は泣きそうになってしまう。 「…有り難う…。本当に有り難う…」 何度お礼を言っても、言い尽くせないのではないかと思う。 「…開けてみろよ」 「…うん、そうする」 千尋はゆっくりと丁寧にパッケージを開く。 そこには、可愛くて綺麗なこぶりのリングが入っていた。 「可愛い、有り難う!」 千尋は本当に嬉しくて笑顔でアシュヴィンを見る。 「…小指に着ける指環だ。左手の小指に着けると、幸せがやってくるらしい…」 「嬉しいよ。どうも有り難う」 「貸してみろよ」 アシュヴィンは千尋から指環を受け取ると、それを左手小指にはめてくれた。 きっと願いが叶う。 千尋は思わず笑顔になる。 アシュヴィンもまたフッと微笑むと、キスをしてくる。 こんなにも嬉しく素敵なホワイトディは他にないと思った。 |