生まれたての清らかな年を、大好きな男性と迎えられるなんて、こんなにも素敵なことは他にない。 ロマンティックで甘い幸せに浸りながら、真新しい年を一緒に過ごせるなんて、なんて素敵なのだろう。 今年一年の“どうぞよろしく”を沢山込めて、素敵なスタートをきる。 千尋はアシュヴィンと、橿原神宮前駅で待ち合わせをした。 古風なデザインの駅舎は、千尋のお気に入りでもある。 暫く駅前で待っていると、アシュヴィンが颯爽と現われた。 相変わらず目が引くファッションだが、それを上手く着こなしているから、何も言うことはなかった。 「待たせたな」 「アシュヴィン!」 その姿を見るだけで、千尋は甘いときめきを感じてしまう。 こんなにも素敵なひとはこの世にいないと思うのは、きっと恋をしたものの欲目だ。 アシュヴィンはサングラスをかけたままで、千尋の手をスッと握り締めてくる。 「冷たいな。流石に橿原は冷えるか」 アシュヴィンは苦笑いを浮かべながら、千尋の手を温めるようにしっかりと握り締めてくれた。 「橿原は本当に寒いの。だからこれぐらい慣れっこだよ」 「それは頼もしいな」 アシュヴィンはまるで子どもに言うように言うものだから、千尋は軽く唇を尖らせた。 「寒くてもこうやってアシュヴィンが温めてくるるから大丈夫」 「…じゃあ…、もっと濃密に温めてやらないとな? この後で…」 「…恥ずかしいんだけれど…」 拗ねるようにアシュヴィンに言うと、明るく軽く笑い飛ばされてしまった。 アシュヴィンのまなざしが恥ずかしくて、千尋は視線を逸らせる。 「埴輪饅頭だよ。橿原の名物なんだよ。買って帰ろうよ」 「お前も奇妙なものを買いたがるな」 「だって美味しいんだよ。だから帰りに買っていこうね」 「はい、はい」 アシュヴィンは甘く微笑むと、千尋を愛しげに見つめて来る。 こんなまなざしで見つめられたら、総てを許してしまいたくなるではないか。 千尋は何を言われても怒る気になれないような気がした。 流石に日本の始まりだと言われている場所にある神社だからか、参拝者でごった返している。 「一年で一番橿原市にひとが訪れる時期じゃないのか?」 「そうだよ。この時期だけはかなりのひとなんだよ」 千尋は人込みを見ながら、「普段はもう少しひとが来てくれたら良いんだけれどね」と、付け加えた。 ふたりは本殿前にある、干支が描かれた大きな絵馬の前に立つ。 「小さな頃は、ここでよく記念撮影をしたんだ。ちょうど十二支分の写真があるよ」 「それは面白いな。一度見せてくれ」 「うん。今度アルバムを持っていくね」 ふたりで砂利道を緩やかに歩いた後、本殿へと向かう。 ここで今年一年の無病息災と、願い事を祈る。 アシュヴィンと楽しく一年を過ごせますようにと、千尋は力強く祈る。 アシュヴィンと過ごす時間と幸福度は比例しているから。 千尋はしっかりと願った後で、ちらりと横にいるアシュヴィンを見た。 ちょうど同じように祈り終えたところのようだった。 「千尋、しっかりと祈ったか?」 「うん。しっかりと祈ったよ。アシュヴィンは?」 「俺もしっかりと祈らせて貰った…。行くか」 「そうだね」 ふたりで手を結び合いながら、神宮周囲に広がる遊歩道を歩いて行く。 「しかし、ここは随分とどんぐりが多いところだな。歩く度に踏んでしまう」 「ここはどんぐり拾いで有名なんだよ。私も小さな頃は、よくここでどんぐりを拾ったものだよ」 「そうか。しかし掃除が大変そうだ」 どんぐりの踏み心地に辟易しているらしく、アシュヴィンは苦笑いを浮かべていた。 ゆっくりと手を繋いで歩いていると、分岐する道が出て来た。 「千尋、これはどこに続いている道なんだ?」 「これは畝傍山に続いている道なんだよ。標高はかなり低いけれど、ここを登るとかなり気持ちが良いんだ」 「ああ。畝傍山か…」 アシュヴィンは興味深そうに、畝傍山の登山口に通じる道をじっと見つめていた。 「登ってみないか?」 「え?」 「何だかこの先には素晴らしい眺めがあるような気がする」 「確かに良い眺めだよ。そんなに高い山じゃないからのんびりと登れるしね」 「だったら行かないか? この先に」 アシュヴィンがまるで少年のように瞳を輝かせながら言うものだから、千尋もつい微笑んでしまう。 「うん。行こうか。畝傍山」 「ああ」 ふたりは手を繋ぐと、畝傍山の登山道に続く道をゆっくりと歩き始めた。 流石にお正月に山を登っているひとは殆どいない。 「流石に葛城山や二上山でこんな軽装は出来ないけれど、畝傍山だから出来るのかな」 「まあ、余り寒かったら下山するか」 「そうだね」 ふたりは散歩の延長のようにゆったりと登っていく。 標高が高くなるたびに、千尋は寒さを感じる。 寒いといってもほんのりと寒い程度だった。 「この辺りを歩いていると、やっぱり橿原はかなり歴史を感じるな」 「そうだね。飛鳥も吉野も近いから、歴史を沢山感じさせるよね」 「そうだな」 途中まで登ったところで千尋が軽くくしゃみをした。 「大丈夫か?」 「うん、大丈夫だよ。少し寒いからかな。だけど平気だよ」 「…だが…」 アシュヴィンは千尋を心配そうに見つめると、その頬に触れた。 「やっぱり冷たいな…。山にはまた登れるから下山するか…」 アシュヴィンはフッと微笑むと、千尋を連れて元来た道を歩き始めた。 「温かい葛湯でも飲んだほうが良いかもな」 「そうだね。アシュヴィン?」 千尋がアシュヴィンを見つめると視線を合わせてくれた。 「何だ?」 「あのね…、有り難う…」 千尋がにっこりと笑って礼を言うと、アシュヴィンは照れたように僅かに視線を下げた。 アシュヴィンは不意に千尋を抱き寄せてくる。強く抱き寄せられて、千尋は躰が蕩けてしまいそうになるぐらいに一気に熱くなった。 「これで少しは温まったか?」 「…う、うん…。温まったよ…」 千尋が真っ赤になって頷くと、アシュヴィンはからかうような笑みを浮かべる。それがとても愛らしかった。 ふたりはそのまま元来た道を下りて行く。 「畝傍山にはいつでも来られるからな。また、一緒に登ろう」 「うん。そうだね」 千尋は笑顔で頷くと、繋いだ手を更に強く握り締めた。 すっかり冷えてしまった躰を温めるために、ふたりは甘味処へと入った。 そこでは甘い葛湯を頼む。 「温かいー。やっぱり葛湯は美味しいよね」 千尋は葛湯を飲みながら、ほっこりとした笑みを浮かべる。 「…本当に良い顔をするな、お前は…」 アシュヴィンはフッと笑うと、千尋のまろやかな頬に触れてきた。 「…すっかり温まったみたいだな…」 「…うん。温かいよ…」 アシュヴィンに触れられると、それだけで躰が温まるのを感じた。 アシュヴィンとこうして穏やかな時間を重ねることが出来るのがとても嬉しい。 千尋は幸せな気分でにっこりと微笑んだ。 甘味処を出て、ふたりは手を繋いでゆっくりと歩いていく。 「これから街に出ようか」 「うん」 「今年の初デートを精一杯楽しもう」 「そうだね」 初詣での後の初デート。 きっと今年は、とても幸せに満ちた楽しい一年になる。 千尋はアシュヴィンの腕を取りながら、強く予感をしていた。 |