女の子は誰だって記念日が大好きだ。 クールに装っていても、本当はこころの奥底では記念日を祝って欲しいと思っている。 今日も静かに1日の執務が終わる。 柊と一緒にいると、執務がかなり捗る。 いつも一生懸命仕事をしているが、柊の存在が後押しをしてくれているのが解る。 だからいつも感謝しているのだ。 執務が終われば、ふたりはただの恋人同士になる。そこには上下関係などはない。 「千尋、今日もかなり執務が進みましたね。この調子だと、恐らくは直ぐに沢山の懸案を片付けることが出来るでしょう」 「まだまだだよ。柊やみんなに助けて貰ってやっとなんだから…」 「あなたの謙虚さは美点ではありますが、もう少しぐらいは自信をお持ちになっても構わないと思いますよ」 「有り難う、柊。そう言ってくれるのは柊だけだよ。だけど驕りたくはないから、もっともっと謙虚に頑張るね」 「流石は我が君です」 柊はにっこりと微笑むと、千尋の手をそっと握ってくれる。 執務中は、こうして触れ合うことが出来ないから、嬉しかった。 ふたりは私室に入ると、そこでラフなスタイルに着替えて寛ぐ。 ふたりだけの幸せで甘い時間が始まる。 食事をいつものように楽しんで、ふたりはゆっくりと羽根を伸ばす。 こうして柊とふたりきりの時間をゆったりと持つことが出来るからこそ、執務をより頑張ることが出来るのだ。 食事の後、いつものようにゆったりとしていると、柊が千尋の肩にストールを掛けてくれた。 「少し外に出ませんか? あなたをどうしても連れて行きたい場所があるんです」 柊の言葉に、千尋の表情は太陽のように明るくなった。 「本当に!? 凄く嬉しいよ! 柊と出掛けることが出来るなんて、こんなに嬉しいことはないよ」 千尋が手放しで喜ぶと、柊はただひとつの瞳に、魅力的な笑みを滲ませる。 それがとても綺麗で、千尋は思わず見とれてしまった。大人の男性の魅力的な笑みは、なんて素敵で格 好良いのだろうと思う。 「…では行きましょうか。夜が更けていますから、冷えて風邪を引かれてはいけませんからね。きちんと防寒しなければなりませんね」 「そうだね」 千尋は柊に掛けて貰ったストールを大切に撫でる。 こころも躰も温まってくる。 こんなに素敵な防寒は他にはないと思った。 ふたりは橿原宮からそっと出ると、小高い山を登っていく。 暗闇で、頼るものは松明だけだ。 だがそれが何だかロマンティックに思える。 恐らくは柊と一緒にいるからだろうと、千尋は思った。 「寒くありませんか?」 「大丈夫だよ。だってこんなにも近くに柊がいてくれるし、それに手をしっかりと繋いで貰っているから、それだけでとっても温かいよ」 千尋は、松明の炎越しに大好きなひとの横顔を見つめる。 本当に綺麗な男性だ。 悔しいが自分よりもうんと綺麗に思える。 千尋がまた見とれていると、柊がくすりと笑った。 「…あなたに見つめられると、やはりかなり心臓が高まりますね」 柊の甘さの含んだ声で囁かれると、本当に蕩けてしまうのではないかと思う。 それほどまでに濃厚に甘い声だ。 「わ、私のほうがドキドキしているみたいだよ」 耳まで真っ赤にされて甘い緊張を表情に浮かべると、柊は更に微笑んだ。 ふたりで静かながらゆっくりと歩く。 千尋の軍師である柊は、執務に於いてはかなり饒舌だが、ふたりきりになると途端に静かになる。 その静けさが、千尋には心地が良かった。 どれぐらい歩いたか解らない。 かなり歩いただろうが、少しも苦にはならなかった。 「…後少しですよ、千尋…。お互いに頑張りましょう」 「うん。有り難う」 柊は握り締める手に更に力を込めると、更に先に進んだ。 千尋は空を大きく見上げる。 本当に美しいほどに輝いている。 夜空の様子見ていると、こころがかなり癒されるのを感じた。 「星、かなり綺麗だね」 「この星よりも更に美しいものをお見せ致しましょう…」 「本当に? 本当に嬉しいよ」 千尋が屈託のない笑みを浮かべると、柊もまた薄くて笑ってくれた。 「千尋、間も無く丘を登りきりますよ」 「うん」 丘を登りきると、視界が開けてくるのを感じる。 天かける空が三百六十度開けて、千尋を圧倒する。 綺麗だなんて、そんな言葉では表現することが出来ないほどに、美しい空が広がってくる。 千尋は言葉を発することが出来なくて、暫くは口をあんぐりと開けたままだった。 横に柊がやってくる。 「如何ですか? 千尋?」 「月並みな言葉になるけれど、本当にとても綺麗だよ。今までにないぐらいに綺麗…。上手く表現出来ないんだけれどね」 「…ええ…。本当にこころが震えるほどに美しいと表現をしても、上手く表現出来ないほどですよ」 「そうだね…」 ふたりそろって手を繋いで、ただ星を見上げる。 なんてロマンティックでなんて素晴らしいのだろうかと思う。 「…余りに綺麗で素晴らしいこの景色を、あなたにどうしてもお見せしたかったのですよ。あなたにだけ見せたかった…」 柊は少し声を掠らせたが、それがまたとても魅力的に響く。 「本当に有り難う。嬉しいよ。こんなにも素敵な風景を贈って貰えて」 「あなただからですよ。私は星読みですからいつも空を見上げます。ここが一番星が美しく、星が読みやすい場所なんです」 柊は柔らかな星の光のような声で言うと、夜空に憬れるようなまなざしを向ける。 「…あなたとつづる運命だけは上手く見えませんでしたけれどね」 柊は苦笑いを浮かべると、千尋を柔らかな見守るような瞳で見つめてきた。 こんな優しくて艶やかなまなざしで見つめられたら、このまま崩れてしまいそうになる。 「…柊…」 千尋は、美しい夜空を見つめるよりも、もっともっと柊を見つめていたいと思う。 柊以外に見つめていたくない。 「…柊…、この夜空よりもずっと、私はあなたを見つめていたいと思っているよ」 「有り難うございます」 柊は甘く微笑んだ後、千尋を力強く抱き締めてきた。 「…あ…」 優美な雰囲気でも、やはり男のひとなのだ。 力強い抱擁にこころが愛情で満たされた。 「…千尋、今日は私たちにとっては大切な日なのですよ…? あなたはかなりお小さかったから覚えてはいらっしゃらないかもしれませんがね」 「…え…?」 千尋は驚いて目を見開きながら、柊を見つめる。 ふたりの大切な記念日を忘れてしまっているのだろうか。 「再会をした時も、あなたは私のことを忘れておられたから、致し方ないのですけれどね」 柊は優しい愛情が滲んだ低い声で、千尋に語りかけてくれる。 なのに思い出せない。 柊との大切な日の筈なのに。 思い出せずに心苦しく思っていると、柊が千尋を包み込むようなまなざしを向けて来た。 「…今日は…私たちが初めて出会った記念日なんですよ…」 「…あ…!」 柊の優しい声と瞳が記憶を蘇らせてくれる。 小さな頃、独りぼっちで泣いていたところで、手を差し延べてくれた優しい少年。 あの時の笑顔と今の柊の笑顔が重なる。 「…あの時のお兄ちゃん…?」 「よく思い出して下さいましたね」 柊の言葉に、千尋は感激してしまい泣きそうになる。 「…ごめんなさい…。忘れていて。これからは忘れないよ。だからとっておきの場所に案内してくれたんだね」 「はい」 嬉しくて泣けてくる。 柊はフッと微笑むと、千尋に唇を近付けて来た。 「これからは毎年お祝いをしましょう」 「うん」 唇が重なり合う。 ふたりは星降る夜にしっかりと誓いあった。 |