生まれたての清らかな年を、大好きな男性と迎えられるなんて、こんなにも素敵なことは他にない。 ロマンティックで甘い幸せに浸りながら、真新しい年を一緒に過ごせるなんて、なんて素敵なのだろう。 今年一年の“どうぞよろしく”を沢山込めて、素敵なスタートをきる。 柊とふたりきりで静かに新年を迎えることが出来るなんて、これほど素敵なことはないのではないかと思う。 柊が側にいたら、それだけで何もいらない。 これ以上ない新年だ。 柊が側にいてくれるだけで、青空よりも清らかで透明な時間を送ることが出来る。 これ以上に幸せなんかなかった。 「さてと、やっぱり神様に今年一年が上手く行くようにお祈りに行かなくっちゃ。後は去年の“有り難う”も沢山言わなければね」 千尋は柊の手を取ると、にっこりと微笑んだ。 「そうですね…。あなたが暫くあらっしゃった世界は、お正月にそのような習慣があるようですね。力を貸してくれた四神と龍神には、しっかりと祈らなければなりませんね」 「うん! こうして柊と穏やかなお正月を迎えられたのも、龍神や四神のお陰だから、沢山、祈っておかなければならないから」 「そうですね」 柊は落ち着いたリズムでゆっくりと頷くと、千尋の手をしっかりと握り締めた。 「私がいた世界だと、橿原宮のところに、大きな神社があるんだけれど、ここでお祈りするよりは、ふたりで畝傍山に行って祈ったほうが良いんじゃないかなって思って」 「…そうですね。じゃあ一緒に畝傍山に登りましょうか…。畝傍山から、初日の出を見るのも良いかもしれませんね」 柊と初日の出を見る。 それだけで、なんと素晴らしいことかと、千尋のこころは弾んだ。 「それは大賛成だよ! ね、柊、初日の出の頃合って解る?」 「…だいたいは。あなたの歩みに合わせて、宮殿を出る頃合をお教えしましょう…」 「有り難う、柊! とっても嬉しいよ!」 千尋が笑顔で言うと、柊もまた眩しそうに微笑んでくれた。 「では、少しだけ仮眠を取りましょうか」 「そうだね。仮眠を取ろう」 ふたりは寝台に上がると、お互いに抱き合う。 こうして柊に包み込まれていると、本当に幸せな気分になった。 直ぐに眠くなってしまい、千尋は夢の世界へと直行する。 幸せな、幸せな気分でまどろむのは、本当に気持ち良かった。 千尋が眠った後、柊は優しく背中を撫でる。 こうしてこの温もりを得ることが出来るなんて、今まで思ってもみないことだった。 こうして抱き締めているだけで、ほのぼのとした幸せに包まれる。 本当にこれ以上幸せなことはないのではないかと、柊は思う。 大切で大切でしょうがない千尋。 これ以上愛しい存在は他にはない。 柊は優しく背中を撫でながら、暫くの間、千尋の寝顔を堪能していた。 どれぐらい眠っていたかは解らない。だが寝入って暫くして、柊の優しい声が意識を戻した。 「千尋、そろそろ畝傍山へと向かいましょう」 柊の言葉にゆっくりと瞳を開けると、近いところで目が合った。 「行きましょう…か…」 「…うん…」 千尋は半分寝ぼけていたが、柊に導かれるように寝台から下りた。 ぼんやりとしたまま厚手のマントを羽織り、まだ世が明けぬまま外へと出た。 「…寒いっ…!」 流石に冬だ。 躰が凍り付いてしまうのではないかと思うほどに寒い。 一気に目が覚めてしまい、千尋は目をパチクリと開いた。 「完全にお目覚めのようですね。では、ゆっくりと畝傍山に向かいましょうか。灯も頂いてきましたから、大丈夫でしょう」 「有り難う、柊」 しっかりと手を繋いで、ふたりは橿原宮の裏手にある畝傍山へと向かう。 神聖な山であると、人々は信じている。 だからこそ祈るには最適な場所なのだろうと、千尋は思った。 ふたりで温め合うように寄り添いながら、宮殿から山へと繋がる道を歩く。 畝傍山は、一般人には開放されてはいないから、セキュリティに関しては何も心配することはなかった。 ふたりでのんびりと山を登るのは楽しい。 千尋は、何度も柊を見上げた。 「寒いですが、大丈夫ですか?」 「大丈夫だよ。だって、柊がいるだけでとっても温かいんだもん」 白い息を弾ませながら答えると、柊は同意するように笑ってくれた。 ふたりで他愛のないことを話ながら、山の頂を目指す。 千尋が暮らした別時空でも景色は美しいものであったが、更にここはより美しいと思った。 「…山登りはキツくはありませんか?」 「大丈夫です。柊とこうして歩いていると、沢山の元気を貰えるから平気だよ」 「それは良かったです」 柊の優しい言葉が嬉しくて、千尋はにんまりと微笑んだ。 「寒くはないですか…?」 「うん。それも大丈夫だよ。柊に手を繋いで貰っているからね」 「良かったです」 握り締めた力が強くなる。千尋にはそれがまた好ましかった。 「柊とこうしているだけで心も躰も温かいよ」 「私もですよ。こうしてあなたと一緒にいるだけで、温かいですよ」 柊の温かなこころが嬉しい。 お互いのこころを重ね合わせて、ひとつになるのが嬉しい。 こころが温かいから、躰も温かいのだと千尋は思った。 ふたりで歩みを合わせて、畝傍山のなだらかな山道を登っていく。 こころも躰も総てが澄み渡っているような気がした。 「山の向こうが見えて来たよ!」 「もうすぐ頂上ですよ。頑張りましょう」 「うん!」 こころも躰も弾ませながら、千尋は更に歩みを速くさせた。 「…あ! 頂上だ!」 「ようやく到着しましたね」 ふたりは畝傍山の頂上に立ち、辺りを見回す。 日の出はまだだから周辺は薄暗かったが、それでも橿原宮は確認出来た。 「ここから見ると、橿原宮も、私達の営みもちっぽけなものなんだなあって、改めて思うよ」 「そうですね…。ですが掛け替えのないものだと思いますよ。それを守って行きましょう」 「うん! 柊、あなたとなら、頑張って守っていけるよ」 「一緒に頑張りましょう」 柊は微笑んだ後、そっと千尋の肩を抱き寄せた。 「我が君、間も無く日の出です」 柊が山の稜線を指差し、千尋はそこに視線を向ける。 緩やかに稜線が明るくだいだい色に染め上げていく。幻想的な日の出の風景に、千尋はこころを奪われて行く。 なんて美しいのだろうかと思わずにはいられない。 「…綺麗だね…」 「そうですね…」 ふと千尋は、横にいる柊の横顔を見つめる。 朝陽に縁取られた柊の横顔は、自然が見せてくれる日の出よりも更に美しいと思った。 「…我が君、そろそろ祈りましょうか…?」 「あ、そ、そうだね」 柊に魅入られるように見つめていたから、千尋さ恥ずかしくなって、慌てて視線を太陽に向けた。 こころを落ち着かせて、千尋は静かに目を閉じた。 いつも見守ってくれていることへの感謝を込めて。 そしてこれからも見守ってくれることを祈って。 千尋は静かに祈りを捧げた。 そして。 もし自分個人のことを祈ることが赦されるのであれば、どうか柊といつまでも一緒にいられるように。 千尋はこれだけを静かに祈らずにはいられなかった。 千尋が目をゆっくりと開けると、柊はフッと微笑む。 「…祈れましたか…?」 「うん」 「じゃあ、行きましょうか」 「そうだね」 完全に朝日が登ったのを確かめてから、ふたりは手を繋いで下山する。 こんなに素敵なお正月はないと思いながら。 |