バレンタインは女の子のための大切なお祭。 よくぞ作って下さったと思わずにはいられない。 千尋は、バレンタインに向けて、色々と考える。 恐らく柊ならばある程度は解っている行事だとは思う。 だからこそこの素敵な行事を是非大好きな男性にも体験してもらいたい。 それよりも千尋がしたいからなのだが。 流石にここではチョコレートなんて準備することが出来ないから、せめて甘い焼き菓子でも用意が出来ればと、思う。 柊のことがとても好きであることを一生懸命伝えたいから。 そう思うと、バレンタインはやはり女の子のためのとっておきのイベントなのだろう。 千尋はバレンタインに甘いお菓子を柊に贈ることを想像するだけで、幸せで幸せでしょうがなかった。 女官や、遠くにいるカリガネに相談して、どうすれば美味しく甘いお菓子を作れるかどうかを摸索する。 柊には幸せなバレンタインを是非とも経験して貰いたかった。 千尋が様々な文献やカリガネのレシピを見ながら頭を悩ませていると、風早が声を掛けてきた。 「何をそんなに考え込んでおいでですか? 陛下は」 「風早…。バレンタインにチョコレートはこちらでは用意が出来ないから、甘いお菓子でも作ろうと思っているんだよ。何か良いものがないかと考えているところなんだ」 千尋は、バレンタインのことが解る風早にざっくばらんに相談する。 「カリガネのレシピはあるから、何とかなるとは思うんだけれど、やっぱり難しいなあって思っちゃう」 千尋の言葉に、風早は微笑ましいとばかりに笑う。 まるで妹を見るようなまなざしだ。 「そうですね。あなたが心を込めれば、柊も喜んでくれますよ? あなたのこころがダイレクトに柊に届くのは間違ありませんからね」 「風早…」 本当に風早の言葉を聞いているとホッとする。 何だか頑張れそうな気分になってくるのだから、不思議だ。 「有り難う、柊。頑張れるような気がするよ。心を込めてお菓子を作ったら、柊もきっと喜んでくれるよね」 「はい」 柊が喜んでくれる表情を想像するだけで嬉しい気分になる。 千尋はそれだけでやる気が上がって来るような気がした。 「…本当に…柊は羨ましい男ですよ…」 「…え…?」 「いいえ、何でもありませんよ。お菓子作りをしっかりと頑張って下さいね」 「有り難う、風早!」 風早に励まされると、何でも出来るような気がするから不思議だ。 昔からそうなのだ。 本当に兄のような存在なのだ。 「では私はこれで」 「うん、有り難う風早。お菓子作りを頑張ってみるね」 「はい」 風早が行ってしまった後、千尋は気合いを入れてお菓子作りの準備をすることにした。 カリガネのレシピは、この時空で調達出来るものばかりなので作りやすい。 千尋が知っているレシピは、あの時空では作りやすいものに過ぎないのだ。 だからここはカリガネレシピを習得しなければならない。 千尋は材料をありとあらゆる伝てをつたって見つけて、前段階である材料を集めた。 「我が君、最近はかなりお忙しいようですが、宜しければ私もお手伝いしますよ?」 柊に手伝って貰うことなんて出来ない。 甘いサプライズを用意したいのだから。 幸せで楽しいバレンタインを過ごして欲しいのだ。 「だ、大丈夫だよ、柊、どうも有り難う。一生懸命やるから大丈夫だよ、本当に」 千尋は怪しい事この上ないとばかりに、あたふたと慌てふためきながら言った。 「…それは残念です。貴女様のお力になりたかったのですが…」 残念そうにする柊の顔を見ていると、こちらまでが切なくなってしまう。 千尋はこころの中で謝罪をしながら、少しだけ切ない顔をした。 「…本当にごめんなさい。これ以外の仕事なら、沢山手伝って貰うよ! だけどこれだけは…」 千尋がすまなさそうに言うと、柊はフッと笑った。 「解りました。あなたが私の手が必要な時は、いつでも呼んで下さいね。駆け付けますから」 「有り難う」 柊が行ってしまった後で、千尋はホッと息を吐いた。 バレンタインの贈り物をして驚かせたいから、千尋は隠さなければならなかったのだ。 材料を確認すると、千尋はいよいよお菓子作りを始める。 この作業は男子禁制の女の子だけのとっておきのものになる。 千尋がお菓子作りを行なっていると、女官たちが物珍しいとばかりに見入ってきた。 「千尋様、何を作っていらっしゃるのですか?」 女官は不思議そうなまなざしを、千尋に向けている。 「バレンタインというとっておきの行事があるんだよ」 「それはどのようなものであるのですか?」 「女の子から男の子に告白をして良い日でね、自分の気持ちを伝えるために甘いお菓子をプレゼントをするんだよ」 「へえー、何だか良い形になりそうですね」 「そうなんだよ」 千尋は頷くと、一生懸命手を動かした。 「何だかとても素敵な行事ですね。私たちもやってみたいですわ」 「だったらやろうよ! あなたたちにもとっておきのひとはいるでしょう? そのためにね」 「はい」 千尋は女官にお菓子の材料を手渡すと、柔らかな笑みが微かに滲むのを感じていた。 女官たちも嬉しそうにレシピを確認している。 バレンタインをこうして紹介出来るのが、千尋には何よりも嬉しかった。 恋をして、楽しんで欲しい。 それが千尋の願いだった。 千尋の焼き菓子も、女官の焼き菓子も出来上がる。 味見をしてみると、ふんわりと優しい味がした。 「これでしたら皆さん喜んで頂けますね」 あちこちから様々な感嘆の声が聞こえている。 千尋はにっこりと笑うと、柊のために可憐にラッピングをした。 柊への恋心をしっかりと込めて。 横を見ると、女官たちも華やいだ気分で、しっかりとラッピングをしていた。 誰もがまなざしを輝かせている。 本当に綺麗だ。 やはり心は自由なのだ。だから恋を自由に出来ることは本当に幸せなのだ。 「陛下、柊殿に陛下の想いが伝わると良いですね」 「そうだね。有り難う」 千尋は柊への恋情で心をいっぱいにして、瞳を輝かせた。 柊に約束を取り付けて、宮殿裏にある畝傍山へと向かう。 畝傍山は“山”とは名ばかりで、高い丘という雰囲気すらある。 登るのも平気だ。 千尋が息を切らせて畝傍山にたどり着くと、既に柊が待ってくれていた。 「柊!」 「千尋」 千尋が手を大きく振ると、柊はにっこりと微笑んでくれる。 柊のそばに行くと、いつもよりも華やいだときめきを感じた。 深呼吸をして、柊に焼き菓子を差し出す。 「バレンタインのお菓子だよ」 千尋がドキドキしていると、柊は受け取ってくれた。 「バレンタイン…知っているよね?」 「ええ。あちらの世界のことは少しばかり勉強しましたからね。女性が意中の男性にプレゼントを贈る日でしたね…?確か…」 柊の言葉に、千尋は頷く。 「大好きなあなたに」 千尋がはにかんで言うと、柊はフッと笑ってくれる。 「有り難うございます。嬉しいです。今日がその日だったのですね…。あなたに贈り物を頂けて嬉しいですよ。私からのささやかなお返しです…」 柊がゆっくりと顔を近付けてくる。 千尋を片手で軽々と抱き寄せると、柊は唇を奪った。 甘いキス。 甘いお菓子のご褒美には最高のもののように思える。 千尋は甘いキスにうっとりと酔い痴れながら、幸せを味わっていた。 |