*ときめきのホワイトディ*


 バレンタインのお返しをする日があるなんて、柊は最近まで知らなかった。
 わざわざ教えてくれたのは、風早だ。
 千尋がむくれるからというのがその理由らしい。
 余りにらしい理由に、柊は思わず笑ってしまった。
 千尋が喜ぶことならば何でもしてあげたいとすら思う。
 千尋の笑顔が、柊には何よりものプレゼントなのだから。
 千尋が喜ぶもの。
 甘い菓子類も良いかもしれないが、それなら余り代わり映えがしないような気がする。
 何か想い出に残るようなものを、柊は贈ってあげたかった。
 千尋が笑っているだけで、何よりも幸せなのだから。

 千尋が喜ぶものは何か。
 考えても考えても解らない。
 軍師として政の謀を巡らせるのは得意だし、その方面ならば、いつも先手を打つことが出来る。
 なのに、千尋が絡むと全く上手くいかない。
 何も思い付かなくなるのは、千尋を深く思っている証拠なのだろうと、柊は思った。
「…どうしたものでしょうかね…」
 柊が溜め息を吐いていると、突然「柊、何、溜め息を吐いているの…?」と、声を掛けられてしまった。
「…な、何でもないですよ…」
 柊が珍しく焦るように言うと、千尋は目を丸くさせた。
「…どうしたの…? 柊。何だか焦っているようにしか見えないんだけれど…。柊、何か心配事でもあるの…?」
 千尋が余りにも心配そうに見るものだから、柊は慌てていつもの笑みに戻る。
「ご心配有り難うございます。大丈夫ですよ。それよりも、我が君、あなたが最近、幸せで嬉しかったことはありますか…?」
「幸せで嬉しかったこと…?」
 柊は遠回しに千尋の想いを訊いてみることにする。
「今すぐの幸せなことは、こうやって柊と話すことが出来ることだよ。柊と話せて、私はとても嬉しいんだ」
 千尋は頬を薔薇色に染め上げ、本当に嬉しそうな表情で柊を見てくれる。
 その表情を見ているだけで、逆に柊が癒された。
「そうですか…。ねえ、我が君、それでは…今、手元に何があれば、一番嬉しいですか…?」
「何だかアンケートみたいだね」
 千尋は笑いながら、考え込む。
「うーん、やっぱり…」
 千尋は考え込むと、ちらりと柊を見つめて真っ赤になる。
「…そ、その…」
 耳まで紅くすると、千尋は柊を見つめた。
「ねえ柊、笑わない…?」
「ええ。笑いませんよ」
「だったら言うよ…」
 千尋はあたりをキョロキョロと見回した後、背伸びをして柊に耳打ちをしてくる。
「…あのね…」
 千尋が耳打ちをするのが妙にくすぐったかった。
「…柊のお嫁さんになって…可愛い赤ちゃんが欲しい…」
 今にも消え入りそうなはにかんだ声で言う千尋が、可愛くてしょうがない。
 千尋が愛しくて愛しくて、このまま抱き締めたくなった。
「千尋…」
 柊は本当に幸せな気分で千尋を抱き締めると、その背中を撫でた。
「有り難うございます。本当に嬉しいですよ」
 柊が笑みを浮かべると、千尋は嬉しそうに春の太陽と同じような笑みを浮かべてくれた。

 千尋の気持ちはとてもよく解った。
 こんなに嬉しいおねだりは他にはない。
 柊は、千尋への贈りものを決めた。
 いずれは渡そうと思っていた、星の一族が持つ水晶だ。
 不思議な力を発揮して、千尋をあらゆることから守ってくれるに違いないと思う。
 千尋のために、そして愛の証のためにも、柊は水晶を渡すことに決めた。
 そして出来るのならば、結婚の約束をしたいと思う。
 バレンタインのお返しなんて関係なくなってしまった。
 だがこれがベストの贈り物だと思う。
 柊はずっと大切に持っていた水晶を千尋にならば預けられるから。
 水晶を預けるということは、星の一族ではプロポーズをするのと同じようなものだ。
 柊は、総てをかけても、千尋と一緒にいたかった。
 一緒にいて、ずっとふたりで笑顔でいられたらと、思わずにはいられなかった。

 ホワイトディのことはあえて伝えなかった。
 そんな日がなくても、千尋は充分柊に様々なものを返してくれていると思っているから。
 あえて必要ないと思っていた。
 毎日がホワイトディなのだから。
 毎日がとても嬉しい。
 週末もいつものように、柊に散策に誘われた。
 千尋はふたつ返事をして、柊と一緒に橿原宮の山手へと向かう。
 こうやって柊と一緒に散策が出来るのが凄く幸せだ。
 手を繋いでふたり歩くのが何よりも嬉しい。
 これもまた千尋にとってはスペシャルなことだ。
「柊と一緒に出掛けるだけで、私は嬉しいんだよ。本当に有り難う。こうしているだけで嬉しい」
「私もですよ。あなたと共にいるだけで嬉しいですよ。今日は執務を忘れて楽しみましょうね…」
「…うん」
 歩いていると陽射しがとても心地が好くて、千尋は思わず青空を見上げてしまう。
 見ているだけで、心が澄み渡る。
 柊とふたりで道なりの草花をじっくりと見つめる。
 この時空に咲いている草花を総て知っているわけではないから、千尋は色々と柊に教えて貰った。
 ふたりで小高い山を登りきり、その頂上で軽く休憩する。
「ほんと、良い季節になったよね」
「そうですね」
 千尋は思い切り伸びをすると、ごろんと寝転がった。
 すると柊もくすりと笑って、同じようにごろんと寝転がる。
「気持ち良いですね、本当に…」
 柊はしみじみと言うと、千尋の髪をそっと撫でてくれた。
 こうしてふたりだけの親密な行為が何よりも幸せだ。
 ふと柊は目を閉じた。
 目を閉じた柊の横顔は本当に綺麗で、千尋は思わずうっとりと見つめてしまう。
 いつまでも見ていても、全く飽きやしない。
「…千尋」
 突然、名前を呼ばれて、千尋は驚いた。
 じっと見つめていたことがバレてしまったのだろうか。
「…あ、あの…」
 誤魔化すように言うと、柊はフッと微笑んだ。
「今日が何の日であるか、あなたはご存じですか…?」
「…え…、今日は休日…」
 千尋が戸惑うように言うと、柊はフッと微笑んだ。
「…今日はバレンタインのお返しをする、ホワイトディという日ではありませんか…?」
 柊に言われて、千尋は驚いてしまう。
「…そうだけど…、どうしてそれを…?」
「風早に聞いたんですよ。それであなたにホワイトディの贈り物を持って来ました」
 柊はそう言うと起き上がり、千尋もそれに続く。
「千尋…、ホワイトディの贈り物です…」
 柊は静かに言うと、千尋に布の袋を手渡す。
「…何…!? これは…」
「私自身です。星の一族に伝わる宝珠の水晶なんですよ」
千尋は袋の中を見てあらため、びっくりして柊に渡す。
「星の一族の大事な大事なものでしょう…? こんな大事なものは貰えないよ…」
 千尋が困ったように差し出しても、柊は貰ってはくれない。
「…貰って下さい。これは私自身が永遠にあなたのそばにいるという証です…。あなたと私の子孫に代々この宝珠を伝えていければと思います」
「柊…」
 柊がずっとそばにいてくれると、言ってくれている。
 ずっとずっと千尋が欲しかったものだ。
「有り難う…、柊」
 泣き笑いを浮かべながら言うと、柊はフッと微笑んで、千尋を抱き締めてキスをする。
 甘い甘いキスに酔い痴れてしまいそうだ。
 キスの後千尋は笑顔になった。
「…有り難う…。嬉しいよ。一番欲しいものだったから」
 千尋が笑顔で言うと、柊は微笑みをくれた。
 最高のホワイトディ。
 千尋は心からそう思った。


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