「風早はお仕事なの?」 折角、今夜は風早にお話を聴かせて貰おうとしていたのに、千尋はがっかりと肩を落とした。 「…しょうがございませんわ、二の姫様。風早は武官ですから、姫様にお仕えする仕事以外もあるのですよ」 「…解っているよ。だけどね…、お話を聴かせてくれるって約束をしたんだもん…」 千尋は泣きそうになりながら女官を見上げたが、彼女は困ったように溜め息を吐くだけだった。 「…ですがお仕事ですからね、風早も…。致し方がないんですのよ、姫様」 女官は優しい口調なのに、何処か面倒そうに呟いている。 千尋はそれが気に入らなかった。 「だって…」 こうして駄々をこねてしまうのも、こうして我が儘を言ってしまうのも、まともに相手をしてくれるのは風早しかいなかったからだ。 いつも誰もが、千尋の相手をするのは面倒そうにするからだ。 そんなことを小さい頃から見て洞察力を身に着けているから、なかなかこころを開けないこともあった。 「二の姫様、風早がおりませんから、代わりに話が上手な岩長姫の弟子が来てくださいましたから、そのお話で我慢をしてください」 女官はほとほと困り果てたように言うと、そそくさと風早の代わりを呼びに行ってしまった。 千尋はひとり取り残されて、いじけてしまう。 暫く、やさぐれていると、女官が代わりの者を連れてやってきた」 「…あ…」 現われたのは、千尋も面識がある、柊だった。 優美な雰囲気を持つ、整った青年だ。 「二の姫様、ご機嫌うるわしゅうございます」 千尋は見知った相手だったので、少しだけホッとした。 たまにしか接触のない相手ではあるが、千尋にとっては数少ない好意を持てる人物だった。 「柊…!」 安心しきった笑顔で柊に近付いて行くと、目の前の優美な策略家はにっこりと微笑んでくれた。 「風早の代わりにはなれないかもしれませんが、宜しくお願いしますね」 「…柊で良かった!」 素直に屈託なく言うと、女官は安心したように頷いた。 千尋が我が儘を言うのではないかと、戦々恐々としていたのだろう。 「では柊、二の姫様を宜しく頼みますよ」 千尋に解放されてやれやれだと思ったのか、笑顔で何処かへ行ってしまった。 女官が行ってしまい、千尋は正直言って、ホッとしたのは言うまでもない。 「二の姫様、僣越ながら、私がお相手致します」 「有り難う。嬉しいよ」 千尋は嬉しくて満面の笑みを向けると、小首を傾けた。 「柊なら、沢山お話を聴かせてくれるから大好きだよ」 「そう思って、風早は私に頼んで来たのでしょうね」 柊ならば、きっと飽きさせることはないだろうとのことで、手配をしてくれたのだろう。 それが嬉しい。 「姫様は今から何かされたいことはありませんか?」 「うーんとね?」 千尋は一生懸命考えながら、柊にして貰いたいことをリストアップしようとした。 「散歩をして、お話を聴かせて欲しいっ!」 「…解りました。では…、お望みのままに…」 柊は柔らかく呟くと、にっこりと微笑んでくれる。その笑顔が、千尋には宝物のように思えてならなかった。 きらきらと輝いている大切な宝石のようにすら見える。 千尋は柊に近付きたくて、一生懸命手を差し延べた。 すると柊はフッと微笑んで、綺麗なのに大きな手で、千尋の手を包み込んでくれた。 優しい暖かさに千尋は思わず微笑まずには、いられない。 ふたりで庭に出て、ゆっくりと歩く。 「二の姫様、空をご覧になって下さい」 柊に言われた通りに、千尋は空を見上げた。 おっこちそうなほどの数多の星々に、思わず口を開けてしまう。 「お星様が落ちて来てしまいそうだよ! いっぱいあるね」 千尋が興奮気味に言うと、柊はゆっくりと微笑む。 「中つ国に沢山の民がいるように、この空の上にも沢山の星がいます。その星の中心にいるのが、一際輝いているあの星なんですよ」 柊は、一番高い場所に一際美しく力強く輝いている星を指差してくれる。 どの星なのか、千尋にも直ぐに解った。 一際、凛としていて、辺りの星々を見守っているように見える。 「もっと近くでで見たいよ! 柊!」 千尋が背伸びをしてねだると、柊は苦笑いをしながらゆっくりと膝を折り、近付いてくれる。 「…二の姫…、あまり変わらないかもしれませんが…、こうしたほうかよろしいですか?」 柊は、軽々と千尋を抱き上げると、胸の位置で固定してくれる。 こうして抱っこをしてくれるのは、風早以外にはいなかったから、千尋は嬉しくてしょうがなかった。 「…高いね。だけど星は遠いよ」 「近付いたと言っても…ほんの少しだけですからね。星から見れば、二の姫様が少し近付いた…なんて…解らないでしょうね…」 「そうか…」 しゅんとしながら、千尋は星を見上げる。 なんて遠い存在なのだろうかと、思わずにはいられない。 ただ遠いからこそ、美しいのかもしれない。 「二の姫様…。星の動きは…、私たちの人生について様々なことを教えてくれます…。例えば、或る程度動かせない宿命を持って生まれてくるひとがいるということ…。あなたと風早、私…、同門の忍人などはそうですね…。あなた様のもとに集う星々だ…」 柊の言葉の意味が、千尋にはよく分からない。 ただ、自分のこれからのことを言っているのだけは解った。 千尋は、柊を見つめる。 柊は、遠い遠い未来を見つめているかのようなまなざしをしていた。 まるで千尋の未来を、自分自身の未来を冷静に見つめているかのようだ。 「…柊…が言っていることは、私にはよく分からないけれど…、まるで綺麗な詩のように聞こえるよ。とっても 綺麗な物語を紡ぐような気がするんだ…」 千尋がにっこりと笑うと、柊はそれに返すように穏やかな微笑みをくれる。 「この物語を紡ぐのはあなたなのですよ。あなたを中心にして、物語は動いていきます。あなたならきっと成し遂げる…。私は…そのお手伝いをすることが出来ればと思っていますよ…」 柊が見ている物語がどのような物語かは、千尋にはよく分からない。 「…何だか分からないけれど…、柊や風早が一緒にいたら、頑張れるような気がするよ」 「…二の姫様…」 柊ににっこりと笑ってみせると、優しいまなざしを見せてくれる。 「…あなたのそばにいて、しっかりと支え続けましょう…。何があっても…、たとえどんなことをしたとしても…、私はあなたの物語が、幸せで美しいものになるように、尽力を尽くして参ります」 何があっても、たとえこのひとがどんなことをしたとしても、信じられるような気がした。 「有り難う。だけど、私ももっと頑張らないといけないよね。お星様のようになれるように頑張るね」 「二の姫様…」 柊に微笑まれると、頑張れるような気がするから不思議だ。 千尋はにっこりと笑いながら、柊に甘えるように躰を寄せた。 「お星様って綺麗なのに色々と教えてくれるんだね。欲しいな」 「星は取れませんよ」 柊は苦笑いを浮かべながら、千尋を見る。 「星をいつか取れる日が来るかなあ」 「恐らく、二の姫様ならば大丈夫ですよ。あなたは星以上のものを手に入れられるでしょうから」 いつかそうなると良い。 きっとその時には柊がそばにいてくれるに違いない。 安心してしまうと、千尋は気分が良くなり、ゆっくりと眠りの世界に導かれていった。 |