*愛の言葉が欲しい*


 天海と付き合うようになって、そろそろ5年。

 随分と恋人関係を続けてきたものだと、ゆきは思う。

 天海とは、本当に幸せな時間を過ごしている。

 五年間もお付き合いをしていると、甘い言葉が随分と少なくなってしまっているような、そんな気持ちになる。

 贅沢なのだろうか。

 天海は神様だから、大きな意味で愛してくれているのは解ってはいるが、恋人として深く愛してくれているのだろうかと、時々思うことがある。

 静かで穏やかな表情でいることが多いせいか、本当にゆきと一緒にいても、楽しいのかと思ってしまう。

 もし楽しくないのなら、義務とでも思っているのならば、それはそれで苦しくて切ない。

 深く愛しているからこそ、天海に嫌われているのではないかと、思わずにはいられない。

 本当の気持ちが知りたい。

 本当の事が知りたい。

 ゆきはもやもやとした日々を過ごしているのだ。

 贅沢かもしれない。

 だが、ゆきには素直な悩みなのだ。

 天海に本当のことを訊いてしまうのが良いのかもしれない。

 そうしたら、ゆきは、天海から見捨てられて、時空の狭間へと戻ってしまうのではないだろうか。

 ゆきはついネガティブなことばかりを考えてしまう。

 不安になるのは、やはりそれだけ天海を愛して、必要としているということなのだろう。

 だから失いたくなくて、ゆきは切ない想いをしてしまう。

 天海から別れを切り出されたら、一体、どうして生きてゆけば良いのかも、ゆきは全く解らないから。

 

 天海からのデートの誘いを、ゆきは待ち合わせ場所までいそいそと、そこまで向かった。

 折角の大切な天海とのデートだから、ゆきは大人びたファッションで決めたというのに、待ち合わせ場所近くにまで来ると、急にしおらしくなってしまう。

 いくらきれいにしたとしても、美しい天海とは釣り合いが取れていないのではないかと、それこそ何度も思った。

 いつかゆきを見くびって天海が消えてしまうのではないかとすら、ゆきは思ってしまう。

 不意に天海の完璧な姿が見えて、ゆきは緊張してしまう。

 甘い緊張というよりは、嫌われていないか考えてしまうような緊張だった。

「ゆき、お待たせしました」

 天海は相変わらず礼儀正しく挨拶をすると、ゆきを見つめる。

 こうしてふたりきりで会っているというのに、天海はいつもと同じで、慇懃過ぎて、少しもときめいていないように見えた。

 ゆきは切なさを通り過ぎて、苦しくなる。

 どうして天海はいつもこんなに落ち着いた平穏さがあるのだろうか。

 ゆきは切なくなる。

 ゆきは好きなのは自分だけではないかとつい思ってしまう。

 ゆきが感情を湛えた瞳で天海を見たが、全く変わらなかった。

 愛するひとの感情が全く解らないなんて、こんなにも不安なことは他にはない。

 ゆきは、天海につい、言葉で伝えて欲しいと、眼差しで伝える。

 だが、天海は何も汲み取ってはくれていないようで、いつもと同じだった。

「……ゆき、参りますよ。今日は、植物園に行きたいと、おっしゃっていましたね?」

「……はい……」

 いつもは楽しみでしょうがないデートだが、今日は何だか沈みがちになってしまう。

「……今の君には植物を見るのが、良いかもしれませんね……」

 天海は、ゆきの心の機微に気づいたのか、その手を、柔らかくもなく、強くもなく、握り締めてくれる。

 ゆきは天海の優しさを深く感じた。

 手を繋いで、植物園まで歩いてゆく。

 ゆきはまだ切なくて重い気持ちのままだった。

 植物園に入って、ゆきはじっと天海を見つめる。

 こうしていると、本当に綺麗な人だと思わずにはいられない。

 ゆきがじっと天海を見つめていると、ふと優しい眼差しが下りてきた。

「ゆき、どうしました?今日の君は、随分と、甘えん坊のようですね」

 ゆきは何も言えなくて、天海の手を、ギュッと握り締めた。

 すると天海は穏やかに笑うと、ゆきの手をギュッと握り返してくれた。

「ゆき、楽しくないのですか?」

 天海はゆきの瞳を覗き込むように見つめて、落ち着いた声で呟く。

「……そんなことはないんだけれど……」

 ゆきが曖昧に言うと、天海は一瞬、怒ったような表情になる。

 こんなにも人間臭い表情を天海がするなんて、ゆきは思ってもみなかった。

「……そんな顔をする理由を、君にちゃんと聞かなければいけませんね……」

 天海は珍しくゆきの手を力強く握りしめると、そのまま植物園から出ていく。

 ずっといても、心は晴れなかっただろうが、ゆきは何だか息苦しい気持ちになった。

「……天海、何処にいくの?」

 ゆきが不安な気持ちで訊くと、天海は不快そうな表情になる。

「君に色々と訊くためにふさわしい場所ですよ」

 天海はキッパリと言い切ると、植物園の近くにある木陰へと向かう。

「誰にも見られてはいけませんからね……」

 天海はそう言うと、ゆきを瞬時に抱き締める。

 そのまま、ゆきの躰がふわりと宙に舞い上がった。

 

 気づいた時には、既に、天海がこの世界の棲みかにしている家へと到着した。

 天海の家は落ち着いたファブリックがとても美しい。

 ゆきは、いつもはお気に入りのソファーに腰かける。

 いつもならばときめくのに、今日は変な意味でドキドキしてしまう。

 喉が渇いて、余り落ち着かない。

「……さて、君には教えて貰わないといけませんよね……」

「何を……」

「君が、どうしてそんなにも切ない顔をしているのかということですよ……」

 天海はゆきの瞳を真っ直ぐ逸らさぬように見つめてきた。

「……教えては、くれないのですか……?」

 天海の麗しい異瞳に見つめられると、ゆきは素直に言わなければならないと思った。

「……天海は、私に異性としての愛の言葉をくれないでしょう?愛されているのは解ってはいるよ……。だけどそれが、ひとりの女性として愛してくれているのかとか、それとも、皆等しいひとの子として、愛されているのかなあって……」

 ゆきは暗い気持ちで、天海に呟いた。

 天海は、一瞬、ゆきを厳しく睨み付ける。

 その視線がおそろしいと思ったのもつかの間で、いきなり天海に抱き締められた。

「……そんなこと、あるはずがない……」

 天海は苦しげに言うと、ゆきを抱き締めたまま震える。

「君と出会えたことが、私の世界を変えたのですから……」

 天海はゆきの頬を両手で包み込むと、甘く見つめてきた。

 そのまま唇をちかづけて、キスをくれる。

 とびきりに甘くて官能的なときめきのキスを。

 水音が響き渡るような甘いキスをされて、ゆきは全身が蜂蜜のようにとろとろに溶け出してしまいそうな気持ちになる。

 ここにいる天海は、神様ではなく、ゆきの男だ。

 それだけだ。

 キスの後、天海はうっとりと潤んだゆきの瞳を覗き込む。

「……ゆき、これで、私が君をたったひとりの女性として深く愛していることを、解って下さいましたか?」

 天海に甘く囁かれて、ゆきはうっとりと頬を赤らめながらも、真っ直ぐ愛する人を見つめた。

「……分かっているよ、天海。だけど……あなたの愛の言葉が欲しいのは、事実なの……」

 ゆきが自分自身の素直な気持ちを告げると、天海は優しく微笑んで頷いた。

「分かりました。ゆき、それでは、沢山、君への気持ちを言葉にしようとしましょう……」

 天海の甘い笑みに、ゆきは嬉しくて微笑む。

「それでは、早速、愛の言葉をたっぷりと囁かなければならないですね」

 天海はゆきを抱き上げると、ベッドルームへと運んでいく。

 甘い行為と言葉を紡ぐために。





モドル