*眠れぬ夜のために*


 天海が時空の狭間で、ただひとり孤独に囚われる夢を見た。

 夢でなく、現実に起こったことではあるから、ゆきは余りのリアルさに、胸が潰されてしまうのではないかと思うぐらいに、痛みでどうしようもなくなる。

 天海がゆきの世界から消えて、時空の狭間へと帰ってしまうということを、ゆきは恐れすぎて受け入れることが出来ない。

 ゆきは夢が余りにも生々しいシーンの連続であったから、そのまま泣いてしまった。

 夢だとは解っているのに、現実としてしか思えなくて、ゆきはいつの間にか泣いていた。

 こんな現実ならばやりなおしたい。

 ゆきは痛切に想いながら、もがいていた。

 涙が零れ落ちて、ゆきはこのままどうして良いのかが分からない。

 ここから逃れたい。

 それだけを考えて走った瞬間、ゆきは目覚めた。

「……あっ……!!」

 飛び起きた瞬間、隣を見ると、天海が眠っていた。

 すやすやと寝息を立てている。

 短くなった髪がよく似合っている。

 その様子を見ながら、ゆきはホッと大きな溜め息を吐いた。

 同時に、躰から嫌な汗が吹き出してくる。

 まだ心臓がバクバクと鳴っていて、ゆきは落ち着かない。

 気持ち悪くなる。

 吐きそうになるぐらいに、ゆきは不安になる。

 横に天海がいることぐらいは解っているというのに、ゆきの不安は収まらなかった。

 ゆきは何度も大きな溜め息を吐いた。

 瞳からは涙が出てくる始末だ。

 ゆきは不安がおおいかぶさって眠れなくなってしまった。

 眠れないし、天海に寄り添ってリアルな温もりを貰ったとしても、起こしてしまうのではないかと、ゆきは思わずにはならない。

 だが、天海の優しい温もりを得たい。

 ゆきはどうしたら良いかが分からなくて、天海から少し離れて、じっとしていた。

 以前は、天海の温かさを一切感じられなかったが、今は違う。

 こうして感じられる。

 眠っている天海を見つめると、本当に綺麗で隙がないぐらいに整っているのが解る。

 呪詛を受ける前は、人形的な感情がないような表情だった。

 人と同じような、ある意味生々しい表情は、後から付いたものだと聞いている。

 だが、人形のような表情が余りない天海よりも、ゆきは生々しいより人間らしい天海のほうが好きだった。

 本当に見つめているだけでも、愛が溢れてくる。

 だからこそ、この愛を失ってしまうのが、切なくて堪らない。

 また涙が出てきた。

 夢だとはいえ、あんなシーンを再び見たくはない。心が折れてしまいそうだ。

 ゆきが流した涙が、天海の頬に落ちてしまった。

 慌てて、ゆきは天海の頬を拭おうとしたが、上手く出来ない。

 その前に、天海の美しい異瞳がドラマティックに開かれた。

「……ゆき……、泣いているのですか……?」

 優しい天海の眼差しが、切なげに向けられる。

 天海は、ゆきをしっかりと抱き寄せて、背中を撫でてくれる。

 そのリズムの優しさに、ゆきは苦しくも痛い胸の内が、素直にさらけ出された。

「泣きたいのならば、泣きなさい。何があったのですか?君を泣かすものなど、私が消し去ってしまいましょう……」

 天海は静かに呟くと、ゆきを更に強く抱き締めてくれる。

 こうしていると随分と落ち着く。

「……天海、あなたが消えて、いなくなる夢を見たの……」

「……ゆき……」

 天海は苦しげな声でゆきの名前を呼ぶ。切なげで揺れていた。

「……大丈夫ですよ……。私はもう君の前から消えたりはしませんから……」

 天海は静かに呟くと、ゆきの額にそっと口づけてくれた。

 ゆきは、その優しくも甘いキスに涙が溢れてくる。

 天海に抱き締められて、優しいキスを受けるだけで、ゆきは泣きそうになるぐらいに恋心を感じた。

 不安が不思議と消えてゆく。

 いつまでも天海と、こうした時間を紡ぎたいと思う。

 ゆきは、天海を自分から抱き締める。

 こうすると、更に天海との絆を感じることが出来るのだから。

 天海に甘えるように、その逞しくて広い胸に顔を埋めると、ゆきはほっと安堵が全身に巡ってきた。

 ゆきは、深呼吸をしながら、安心を全身に巡らせていった。

「……落ち着きましたか?」

「有り難う、天海。あなたのお陰で落ち着いたよ。だけど、眠れなくなってしまいました」

 ゆきが苦笑いを浮かべながら言うと、天海は困ったようは表情を浮かべた。

「……それは困りましたね……。どうすれば、眠ることが出来ますか?」

 天海の麗しい顔が、ゆきの顔にかなり接近してくる。

 ゆきは、ドキドキしてしまい、どうして良いかが解らない。

「天海、そんなにあなたの顔が近いと、眠れないよ……」

 ゆきが顔を真っ赤にしながら言うと、天海は余裕のある笑みをクスリと浮かべた。

「そうですか?君が眠れるようになるために、何をすれば良いのかを私は訊いているだけですが?」

 ゆきの顔が真っ赤になっていることを、楽しんでいるかのように天海は言う。

「優しく背中を撫でて、弱く抱き締めてくれていて、お話をしてくれていたら、それだけで、眠れるから……」

「それだけで良いのですか……?」

 天海は意味ありげにゆきに訊いてくる。

 これ以上のことがあったら、ゆきは逆にもっと眠れなくなってしまうのではないかと思う。

 ゆきが甘くて官能的な想像をしてしまったのが分かったのか、天海は更に艶やかな笑みを向けてきた。

「……何を想像されたのですか?お顔が真っ赤ですよ……」

 からかうように言われて、ゆきは余計に恥ずかしくなった。

「……天海のバカ……」

「君に馬鹿呼ばわりされるのは嫌ですから、ここは君が言われたように、柔らかく抱き締めて、背中を撫でて、あやして差し上げますよ……」

 天海はからかいが含んだ笑みを浮かべながら、ゆきをふんわりと柔らかく抱き締めてくれる。

 情熱的な天海も好きではあるけれども、落ち着いた優しさと安らぎをくれる天海も、ゆきは大好きなのだ。 

 天海に抱き締められながら、こうしてゆったりとしたリズムで背中を撫でられる。

 そうしているだけで、不思議と眠気が瞼を満たしてくるのだから不思議だ。

 ゆきはうとうとと極上の微睡みに揺られる。

 こうしていると本当に気持ちが良い。

「……眠いですか?」

「……はい……」

「だったらお眠りなさい、ゆき。君が眠るまでは、私が着いていますから、ゆっくりとおやすみなさい……」

「有り難う、天海、おやすみなさい……」

 天海の深みと艶で輝いた声を聞いていると、本当に安らかな気持ちになる。

 こうしていると、どんどん夢の世界へと導かれる。

 今度は大丈夫。

 きっと楽しい夢が見られると、ゆきは確信していた。

 

 ゆきが眠るのを見届けて、天海は幸せな気持ちで満たされる。

 ゆきの寝顔を見つめるのが、天海にとっては何よりもの幸せだ。

 ゆきのあどけない寝顔に、つい笑みを浮かべてしまう。

「……ゆき、愛していますよ……」

 天海は優しく語りかけると、ゆきの額にキスをする。

 天海は微笑んだ後、ゆきをしっかりと抱き締めると、そのまま夢の世界へと導かれる。

 ゆきと同じ夢を見られたら良いと思いながら。

 そうすれば、楽しくしてあげられるから。

 天海はゆきの温もりに酔いしれながら、そっと目を閉じた。

 





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