天海と一緒に過ごすことが出来るようになってから、ゆきは気持ちが穏やかになってゆく。 無自覚にわがままで頼りのなかった自分が、こうして自分の足で歩いてゆけると思えるようになったのは、きっと天海が支えてくれているからと、ゆきは思う。 神様と恋愛するなんて、考えられない事かもしれないが、ゆきにとっては一番大切なひとが、たまたま神様であっただけなのだ。 天海にとってはひとの一生なんて、あっという間だろうから、こうしてゆきと一緒にいる時間は、ほんの僅かなのかもしれない。 たとえそれが一生分であったとしてもだ。 ゆきにとってはかなり永い時間。 天海にとってはあっという間。 この時間の流れの違いを感じる度に、確かに胸が痛い。 張り裂けそうになることもある。 だがそれでも、ゆきは天海の時間のほんの一部でも良いから、独占したいと思っていた。 それはゆきの願いだ。 これ以上ないぐらいの願い。 ゆきは、天海が永遠にそばにいてくれることはとても嬉しいと思いながら、感謝していた。 ひとりになることはないと感じているから。 天海とふたりで自然の中、デートをする。 やはり天海は神様であるせいか、美しい自然と触れ合いたいと思っているようだ。 ゆきも自然を見るのは大好きだから、ふたりの想いは一致して、山登りによく出掛けている。 山登りは大好きだ。 可愛らしい植物に出会えたりするから、本当に好きだ。 今日も天海と手を繋いで、山登りをする。 手を繋ぐ。 これがふたりにとっては欠かせないことなのだ。 手を繋いで山登りをすることが、ゆきにとっては笑顔になれることだから。 それにずっとお互いに触れ合うことが出来なかったから、少しでもお互いに触れ合っていたかった。 「ゆき、やはり今の服装は山登りをするのにはとても良いですね……。私はそう思っていますよ」 「そうだね、天海」 天海の以前の姿も、ゆきは大好きだった。優美な美しさがあるから。 今もまた、躍動感のある美しさだから、気に入っているのだが。 結局は、天海であれば、どのような姿でも構わないと、ゆきは思っているのだが。 「あ、可愛いお花」 ゆきは山道の脇に咲いている美しくも可愛い花を見つけて、つい笑顔になった。 踏み付けられないように祈りながら、ゆきは優しい気持ちで花を眺める。 「天海、可愛いね、このお花」 「……そうですね……。とても綺麗な花ですね……」 天海は静かに呟くと、ゆきと同じ視線になった。 「こうして沢山の知らない綺麗を見つけられるから、やっぱり山登りは最高なんだろうね」 ゆきは静かに呟くと、天海を見つめる。 ずっと手を放さずにふたりで穏やかな笑みを浮かべ合う。 こうしているだけで幸せな気持ちになれた。 ふたりで花を探しながら歩くものだから、山登りの時間はかかってしまった。 それでも、天海と一緒に沢山の美しさと温もりを共有出来るのがゆきは嬉しかった。 小高い山の頂上に着いたのは昼過ぎで、ゆきと天海は早速、お弁当を広げて食べることにした。 ゆきにとっては、このお弁当タイムもかけがえのない時間だ。 神様だからお弁当を食べるなんて、誰も想像出来ない事だろうけれど、ゆきにとっては、天海は神様というよりは、ひとりの男のひとだから、そんなことは気にならない。 おにぎりを食べて、自然の香りがする風を感じる。 そして、隣にはゆきが愛して止まない人がいる。 こんなにも満たされた瞬間は他には無い。 ゆきは何をするのにも、笑顔にならずにはいられない。 遠足等で行き馴れた山ではあるが、天海と一緒にいると、それだけでゆきはとっておきの馬車に来たような気持ちになれた。 「ここは小さな頃から、よく来ていたんだけれど、天海と一緒に来ると、やっぱり印象が違って良い感じだなあって思う。天海と一緒に景色を見るととっておきだって、思うもの」 「それは私もですよ……。ゆき……」 天海はにっこりと微笑みながら、ゆきの手を握り締める。 「遠足で来ていた時には、友達と一緒に、よくお花を摘んでいたんだけれど……」 ゆきはそこまで言ったところでハッとする。 天海にあげたいものがかる。ゆきは天海にとっておきの贈り物をプレゼントしたくなった。 「天海、ちょっと行ってくるね」 ゆきは天海の手を放すと、駆け出してゆく。 少しでも天海に喜んで貰いたい。 それだけの気持ちで、ゆきは、記憶を辿って花畑へと向かった。 ゆきが突然離れていってしまい、天海は一瞬、何が起こったかが解らなかった。 ゆきがいなくなり、天海は慌てて、ゆきを探しにゆく。 ひとりは嫌だ。 ひとりには、今はならないことは解っている。 だが、ゆきはいずれその命が尽きれば、天海のそばから消えてしまうことは解っている。 そうすればまたひとりになってしまうのだ。 ひとりでいることも、闇の中にいることも、ずっと当たり前だと思っていた。 だが、ゆきと出会って、ひとりでないことを知り、光の麗しさを知ってしまった今となっては、もう離せなくなっている。 知らなかった過去には戻ることは出来なくなっている。 だからこそ、失うことが恐ろしいのだ。 得る事も、失う事も、総て知らなかったから、天海にはどうでも良いことだった筈なのに。 今はゆきが何処かにいなくなるだけで、天海は不安になってしまう。 ゆきと一緒にいられる時間は、あっという間だ。 だから、どのような瞬間であったとしても、天海にとっては大切なのだ。 確実にゆきは天海よりも先に死んでしまうのだから。 そう考えるだけで、天海は苦しくてしょうがなかった。 ゆきを探して、様々なところを回る。 それほど遠くにいっていないことは解っているのに、天海は不安だった。 天海にとってのゆきは、救世主以上の意味合いがあるのだから。 天海はゆきを求めて、必死に探すしかなかった。 少し奥まったところまで行くと、そこには花の匂いが充満していた。 天海は香りに誘われるままに近付くと、愛しい者の後ろ姿を見つける。 ゆきは楽しそうに、花を摘んでいる最中だった。 ようやく見つけられた。 天海は嬉しくて堪らなくて、ゆきの温もりをいち早く感じたくて、そのままゆきの華奢な躰をしっかりと抱きすくめていた。 ゆきは天海の為に花を摘む。 子供っぽい行いかもしれないが、少しでも天海に楽しんで貰いたかった。 「……天海が喜んでくれたら嬉しいな」 ゆきは鼻歌混じりに言いながら、一生懸命、花を摘んでいた。 すると、優しくて少し不安げな雰囲気を感じて振り返ると、そこには息を切らせて切なそうに見つめる天海がいた。 目が合うか、合わないか、判断するよりも前に、いきなり背後から抱きすくめられる。 「……ゆき……! ここにいたんですか!」 天海は苦しげに呟きながら、ゆきを離さないとばかりに激しく抱きすくめる。 胸が痛いぐらいの切ない声に、ゆきも切なくなった。 「……急に私を一人にしないで下さい……」 ゆきは天海の手をギュッと握り締める。 天海がこれほどまでに求めてくれているのが、ゆきは嬉しかった。 「天海、私は何処にも行かないよ。ずっとあなたのそばにいるから……」 ゆきの言葉に、天海は安心するように腕から力を抜く。 「有り難う……」 天海は甘く微笑むと、ゆきの躰をくるりと向き直らせてキスをする。 魂の存在だけになっても、ゆきはそばにいようと思った。
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