恋をしているのかどうかは、解らない。 ただ、天海に敵対されると、切なくてたまらなくなる。 これが恋なのだろうか。 だが、ゆきは真剣に誰かを愛したことはないから、これが恋なのだろうかと思うと、小首を傾げてしまう。 だが、視線は常に天海を捜してしまう。 いつも天海だけを捜してしまう。 視界に入らないと不安になり、つい探すのに躍起になる。 逢わないと不安だなんて、今まで思ったことはなかった。 ゆきは胸が甘く切なくなるのを覚えながら、ただ天海のことだけを考えていた。。 「……だから、ゆき君、君は休息を取って……」 天海のことだけを考え過ぎていたからか、話をゆきは全く聞いてはいなかった。 振られて、ゆきは焦るように小松を見た。 「あ、あの、こ、小松さんっ、私は何を!?」 焦るゆきに、小松はガッカリするとばかりに、呆れ果てたような溜め息を吐いた。 「……ゆき君、聞いていた?」 小松は溜め息混じりに、あからさまにガッカリだとばかりに呟く。 「……聞いてませんでした……」 ゆきはしまったと思いながら、項垂れるしかなかった。 また失敗してしまった。 ゆきは自分のバカさ加減に溜め息が出そうになる。 「……ったく、合議の時ぐらいは、きちんとひとの話を聞いていて欲しいね……」 小松はお話にならないとばかりに溜め息を吐いた。 小松に言われても、半ばしょうがないことをしていたのだから、しょうがない。 「だからね、きみは疲れているだろうから、今日は休んでおいてと言ったの」 小松はうんざりとするように言う。 ゆきはそれを重い気分で聞いていた。 「ありがとうございます。休んでおきます」 「それが良いよ。ゆき。やっぱり体調が悪いから、そんなにぼんやりとしているんだろ?」 都は心配そうにゆきを、見つめている。 本当は天海のことを考えすぎてぼんやりしていたなんて、到底、言えるはずめたなかった。 ゆきは溜め息を吐いてしまう。 「ゆき君、部屋に戻って良いよ。君には休息が必要だからね」 淡々とした小松の言葉に、ゆきはただ頷いた。 宿の部屋でひとり横になる。 八葉や都は、宿から出払ってしまった。 ゆきはたったひとりになるとら天海のことばかりをつい考えてしまう。 逢いたい。 逢いたくて堪らない。 ゆきは想いが募るばかりで、胸が痛んだ。 天海に逢いたければ、捜しにゆけば良い。 ゆきはふとそう思うと、躰を起こして、布団から飛び出した。 今日は誰もいないから、ひとりで気兼ねなく天海を捜しに行ける。 何だか背徳な気持ちすらさはたが、ゆきは天海を捜しに京の町を飛び出した。 足がごく自然に向かったのは、二条城だった。 天海にかつて世話になった場所だ。 ゆきは天海に逢いたい余りに、一生懸命駆けていった。 許されなくても、そんなことはどうでも良いのだ。 ゆきはただ駆ける。 天海とただ逢いたかった。 幻なのは解っている。 触れることすら出来ないことすらも。 だが、ゆきは天海に逢いたかった。 天海の意識をより近いところで、感じたかった。 ゆきはただ、天海だけを探すために、ひたすら二条城に向かった。 二条城まで走ると、流石に息が上がる。 ましてや弱っている身では尚更だ。 ゆきは二条城門まで、やって来た。 こんなところに来ても、天海に逢わせて貰える筈もないというのに。 保証なんて何処にもないのに、ゆきは天海に逢えると思っていた。 「……やっぱり、天海に逢えるはずなんてないよね……」 ゆきが、がっかりと肩を落としながらひとりごちると、視界が一瞬、優しい靄で包まれた。 「……天海……?」 靄の先からは天海が姿を現す。 ゆきはまさかと思った。 逢いたかったひとが目の前に現れるなんて、思ってもみなかった。 「……どうしたのですか? 愛しい子……」 天海の顔を見ると、今すぐ抱きつきたくなる。 だが、それは出来ない。 幻である愛するひとの存在がこんなにも哀しい。 この感情が何なのか。 ゆきにはそれはわからない。 ただとても大切な想いであることは、間違いない。 「……哀しそうな顔をしていますね、愛しい子……」 天海は自分のことのように哀しそうな顔になる。ゆきは泣きそうになる。 こんなにも優しいひと。 なのに、敵対しなければならなかった。 その運命が哀しい。 ただただ哀しい。 瞳から涙が溢れた。 天海は触れることは出来ないのにも関わらず、ゆきの頬を優しく触れようとした。 触れられないのが、とても哀しかった。 「天海に逢いたかったの。どうしてかは解らないけれど……」 ゆきは声を震わせながら呟き、天海を真っ直ぐ見つめる。 「……ゆき、私もきみに逢いたかったですよ……。君が愛しいですから……」 天海は柔らかく慈愛が満ちた笑みを浮かべる。 愛しい。 それは大切に想ってくれているということだろうか。 ゆきは天海を見つめる。 ゆきにとっても、天海は大切な存在ではある。 だが、それは、慈しむという想いというよりも、もっと熱い感情のように思えた。 切なくて、甘くて、だけど、激しさと熱さを持った感情。 この感情の意味が、ゆきにはきちんと理解することが出来なかった。 「……私は解らないの……」 「何がですか?」 「……天海を想うときの感情の意味が……」 「感情の意味……ですか?」 天海は怪訝そうに眉を寄せた。 「……感情の意味だよ。天海のことを考えるだけで、胸が苦しくて切なくて、堪らなくなるの……。だけど、それが嫌な感情かと言われるとそうではなくて、逆に天海のことを考えれば考えるほどに、逢いたくなるの。で、こうして逢いたくて、天海を捜しにきたの」 ゆきは、意味がわからない感情を説明するために、一生懸命になる。 それを天海は静かに聞いてくれていた。 「……私も同じような気持ちになります。君のことを考えていると、このまま逢いたくて堪らなくなる。飛んで行きたくなるのですよ……」 天海はそっと胸を押さえるような仕草をする。 本当に切なそうだ。 「……飛んでいって君に逢いたいだなんて、我が儘な感情なのでしょうけれどね……。君に嫌な想いをさせるかもしれない。だからいっそ、君は私と一緒にいることが賢明なのかと、考えますが。君は?」 天海のそばにいたい。 それはかなりの強い想いだ。 だが、今は仲間たちを裏切ることは出来ないのだ。 「……それは、出来ないよ、天海……」 ゆきは静かに首を横に振る。 「……白き龍の神子……」 ゆきは感情に背を向けるように、天海に背を向ける。 今はこの切なくて甘い感情の意味を知ってはならない。 そう思いながら、ゆきは駆け出す。 感情の意味を本能で感じながら。
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