二条城に住むなんて、想像出来なかった。 お城に住むなんてことは、ゆきには想像することすら出来なかった。 城の一室をあてがわれて、そこで生活をするなんて、いくらイマジネーションが豊かであったとしても出来ない。 ゆきは二条城の一室を借りて、のんびりとする。 ゆきにとっては、お姫様になったというよりは、どちらかといえば高級和風旅館に泊まったといった感覚しかなかった。 ゆきは城の庭に出たくて、ひとりでこっそりと出た。 天海は怒るだろうか。 だが、余りに見事な庭であったから、ゆきは見たかったのだ。 やはり見事な庭は魅力的だ。 「やっぱり流石二条城だね。天海はこんなにも凄い城に部屋が用意出来るぐらい凄いんだ……」 ゆきは、天海が何者かは全く解らないけれども、なんとなくではあるが、味方のように感じていた。 ゆきがのんびりと庭を眺めていると、ふと気配がした。 「白き龍の神子……。このようなところにいたのですか……」 「天海……!」 いつの間にか天海が目の前に立っていて、ゆきは驚いて顔を上げた。 「あ、あの、ここの庭が見事だったから、つい……!」 ゆきが早口でおたおたと言うと、天海は微笑をたたえる。 「愛しい子。構いませんよ。君がこの庭を気に入ってくれて、私は嬉しいですよ」 「天海……」 ゆきはホッとして、庭を眺める。 「こんなにも見事な中庭なんて、なかなかないなあって思っていたの。本当に綺麗で落ち着く」 天海のそばにいると安堵する。どうしてなのかは分からないが、ゆったりとした気持ちになるのだ。ゆきは笑顔になると、天海を真っ直ぐ見つめた。 「天海、このお城にはお姫様はいないの? だって、お城にはお姫様がつきものでしょう?」 ゆきがワクワクしながら笑いながら言うと、天海はフッと柔らかな笑みを浮かべる。 「ゆき、だったら君がお姫様になれば良いのですよ」 天海にいきなり言われて、ゆきは驚いてしまう。 「私はお姫様じゃないよ、天海」 「いいえ、君はお姫様ですよ……。私の中ではね……」 こんなにもストレートに言われて、ゆきは恥ずかしくなって耳まで真っ赤にしてしまう。 お姫様だなんて、嬉しいというよりは、かなりくすぐったい。 「……直ぐに女官に着物を準備させましょう……。君を着飾りたくなりましたよ」 天海はフッと微笑むと、どちらからともなく女官がやってきた。 「この姫を美しく飾り立てて下さい」 「はい、天海様、かしこまりました」 女官はいきなりゆきの腕をしっかりと握り締めてくる。その力強さに、ゆきは驚いてしまうばかりだ。 「天海!?」 「良いから行ってきなさい」 ゆきが戸惑っていても、天海は微笑を浮かべるだけだ。 ゆきは戸惑っていたが、折角の申し出であるから、受け入れることにした。 天海が着飾ってくれるのならば、少しはお言葉に甘えても良いだろうか。 ゆきはそんなことを考える。 女官に別室へと案内されると、ゆきは武家のお姫様の着物に着替えさせられる。 幼い頃によく見ていた時代劇アニメのお姫様のようにされて、ゆきはドキドキが止まらなかった。 何だか特別なプレゼントを貰ったように嬉しい。 花かんざしを着けて貰って、髪は結える部分だけ結って貰う。 髪を伸ばしておいたほうが良かったかもしれないなんて、そんなことを思ってしまう。 綺麗に着付けをして貰い、この時代風のお化粧をして貰った。 ゆき自体が化粧なんてしたことがなかったから、何だかドキドキしてしょうがなかった。 ゆきはまるで着せ替え人形のように、着飾られてゆく。 「流石は白衣の宰相殿がお見初めになったお姫様だけございますわ。とても綺麗ですわ」 女官にうっとりと言われて、ゆきは恥ずかしくてしょうがない。 女官のひとりが立派な姿見を持ってきてくれて、それで姿が確認出来た。 一瞬、自分ではないかもしれないと思ってしまうぐらいに、ものの見事に化けている。 化粧と着物の威力は大したものだと、ゆきは思わずにはいられなかった。 こんなにも綺麗にして貰ったのだから、この姿を天海には見せてみたいと思わずにはいられない。 天海が用意をしてくれたお姫様スタイル。 肝心の天海が喜んでくれるのだろうかと、ゆきは思わずにはいられない。 こんなにも素敵な格好をさせて貰って、ゆきは天海に深く感謝をしていた。 「では、お姫様、宰相様のところに参りましょうか。きっとお喜びになられると思いますよ」 「有り難う……」 こんなにも褒められると、やはり照れてしまう。 ゆきは頬を桜色に染め上げながら、女官に連れられて天海のところに向かった。 天海は中庭にいた。 相変わらず素晴らしく美しい姿だ。 「……愛しい子……。見えられましたか」 天海は静かに呟くと、ゆきを見つめた。 天海は、ゆきを見つめると、にっこりと微笑んでくれる。 まるでゆきの姿を見て喜んでくれているようだ。 「……君はそのような姿もよく似合っていますね……」 天海は静かに言うと、ゆきを熱く見つめてきた。 静かなのに熱い。 まなざしからそんなことを感じられる。 ゆきはドキドキしながら天海につい笑みを浮かべた。 「暫く、ここで庭でも眺めていましょうか……。君を何処かに連れていったりすることをしたくないぐらいに、君は美しいですよ」 天海の甘くて官能的な声で言われるだけで、ゆきは呼吸が出来ないぐらいにドキドキした。 「ゆき、暫くはじっとこうしていましょうか」 「はい」 ただ天海と一緒にいるだけ。 それでも華やいだ幸せを感じるのはどうしてだろうか。 ゆきはその意味がどうしても解らない。 天海に訊いても、きっと満足な答えは得られないかもしれないし、何処となく訊かないほうが良いと、ゆきは思わずにはいられなかった。 天海のそばにいる。 それだけで手を繋いでみたいなんて思ってしまうが、天海はそれを上手くすり抜けるようにしてしまう。 「……ゆき……。君は、何処の姫よりも美しいですよ……。流石は私の愛しい子ですよ……」 「天海……」 天海は愛しそうに見つめてくれるけれども、ゆきに触れようとはしてこない。 いきなり触れてしまったら駄目だと思っているからだろうか。 それとも、ゆきには触れたくはないと思っているのだろうか。 後者ならば、ゆきは泣きたくなる。 だが、直接天海に訊いても解らないだろう。 きっと優しい天海は何も言ってくれないのに決まっている。 ゆきはそれが寂しい。 どうして天海にこんなにも触れられたいと思っているのだろうか。 どうしてこんなにも、天海に触れられないことが切ないのだろうか。 ゆきの中では結論が出ない。 泣きそうになるぐらいに。 ゆきはちらりと横にいる天海を見つめる。 天海は穏やかな表情をしたままゆきを見つめるだけだ。 庭を見ているのではなく、天海はただゆきだけを見つめている。 どうしてこんなにも見つめてくれているのに、天海はゆきに触れてくれないのだろうか。 切ないまなざしを向けると、天海はゆきを柔らかく見つめた。 「どうかしましたか? 愛しい子」 天海の言葉に、ゆきはただ首を横に振る。 「何でもないよ」 ゆきは呟くと、僅かに俯く。 この想いが何なのか。 ゆきは未だに解らない。 天海への想いが愛であるということに気付くまでには、ゆきにはまだ、精神的な成長が必要だった。 |