たとえ茨の恋であっても構わない。 それを貫く自信はある。 ゆきは、今まで恋や愛なんて茅の外だった。 天海と出逢ってから、恋や愛に命をかけられることを知った。 誰にも言えない秘密の恋。たとえ都にすら言えやしない。 きっと誰もが、ゆきから離れてしまい、この危機から世界を救うことなんて出来やしないだろうから。 天海は倒す。 けれどもその後は傍にいてあげたい。 いてあげたいのではなく、ほんとうは傍にいたいのかもしれない。 ゆきは深い決意を秘めながら、天海と対峙する。ただ、最後の最後まで躰が持つかどうかだけが不安だ。 天海と対峙して倒した瞬間に命が尽きてしまったとしたら、本当の意味で救ってあげることが出来ないから。 天海の腕の中で、本当の意味で救ってあげたら、その時は命が尽きても構わないから。 とはいえ、躰がかなり辛いのは確かだ。 重苦しくて辛い気持ちに、ゆきは溜め息を吐く。 八葉たちにはなるべく明るく振る舞っておきたい。この躰のことは知られてはならない。 ゆきはぼんやりと部屋から月を眺める。最近、ひとりで眠るようにしている。都にもこの躰の不調は知られたくはないから。 起き上がることが出来ない。 もう限界なのだろうか。 そんなことを考えながら、ゆきはぼんやりとしていた。 「……愛しい子……」 甘くて切ない声が聴こえて、ゆきはハッとして思わず前を見据えた。 そこには天海が静かに立っていた。 庭に佇んで、天海は心配そうにゆきを見つめている。 ゆきは天海を見つめながら、驚きが隠しきられない。 「天海、どうやってここに…」 「君が呼んでいるような気がしたのですよ…」 ゆきは息を呑む。天海をずっと求めていたのだから。 逢いたくてしょうがない男性は、ゆきたちにとっては、憎むべき相手なのだ。 それは解りすぎるぐらいに解っている。だからこそ、ゆきはずっと忍びがたきを忍んでいたのだ。 ゆきにとっては、何よりもそれが辛かった。 「……白き龍の神子……」 天海は、ゆきの頬にそっと手を伸ばす。だが、甘く触れられることはないのだ。 それが切なくて、ゆきは涙を溢した。 天海の温もりを素直に感じられたら、こんなにも素敵なことはないのに。 ゆきは潤んだ瞳を天海に向ける。 こんなにも胸が痛いことは、他にはないのだ。 「……白き龍の神子……。君は命を削ってまで、世界を救おうとしている……。それに意味はあるのですか……?」 天海は優しいのに厳しい眼差しをゆきに向けてくる。 「……皆の世界を守りたいの。それだけだから……」 「……それだけ……なのですか?君が命を削って守る程価値のある世界だとは思いませんけれどね……」 天海の美しく整った顔は、冷酷に歪めれる。 天海の冷たい容貌は、震え上がるほどに冷徹で、ゆきは胸が痛かった。 なのに、未だにこの男性を救いたいと思う。ゆきにとって天海は、最早、神様ではなく、ひとりの男性だった。 「……君の命を削って守る程の世界てはないでしょう? 考えれば考える程……。君には命すら残らないのですから……」 天海の言う通りなのかもしれない。だが、それでもゆきは天海に総てを委ねることは出来ない。 ゆきは流されようとしている気持ちを抑えて、なんとか踏ん張りながら、天海を見据える。 麗しく冷酷な異瞳。そこには気づかぬままの天海の哀しみが映し出されているような気がしてならなかった。 「……私はあなたと闘います……。それしか方法が無いことは、解っていますから……」 ゆきは天海を抗うように見据えた。 天海は一瞬、眉を上げて、ゆきを皮肉げに見つめる。 「……私のところにいて、二人だけの世界で漂うことが、君にとっては、一番幸せなことなのですよ?君にはそれが解ると思いますが……」 天海は妖しげにゆきに手を差し出す。なんて魅力的な手。 愛するひとの手だ。 だが、その手には触れることが出来ないのだ。 手を取りたい。 手を取ってあげたい。 だが、それは出来ない。 天海にこのまま総てを任せてしまうと、本当の意味で愛するひとを救ってあげることが出来ない。 ゆきは切なくて苦しくて堪らなくて、いつの間にか涙を流していた。 どうすることも出来ない自分自身の無力さに、ゆきは苦しくてたまらなくなる。 「……白き龍の神子……。君は苦しいのであれば、どうして私の手を取らないのですか……!?私の手を取ってしたえば、総てが上手くゆく。君は楽になれるのですよ……。……なのに、君は……!!!」 いつも穏やかで落ち着いている天海には珍しく、言葉が乱れている。 こんなにも感情的になる天海をゆきは初めて見た。 天海を見つめていると、苦しい。 失いたくはないひと。 なのに、この世界からは消さなければならないなんて。 ゆきはどうして良いかが分からない。 ゆきが立ち竦んでいると、不意に白檀の芳しい香りがした。 この時空で初めて出逢った時と同じように、ふわりと天海の白衣に包まれる。 胸が苦しくてしょうがない。 まだ一緒にはいけない。 ゆきは涙を滲ませた瞳を、天海に向けて、触れられないのは解っているが、想いを込めて、天海の頬にそっと触れる。 「……天海、そのまま聞いて?あなたを倒して、あなたを必ず救います。あなたが幸せになるように、私は頑張ります。だから、あなたと一緒に闇に堕ちるわけにはいかないの……!」 ゆきは自分の意思を明確に天海に伝える。 凛と怯まずに、ただ、自分自身の意思を。 ゆきの揺るぎない瞳を感じたのか、天海は一瞬、子供のように怯む。 神様ではあるけれども、ひとに明らかに近いと感じさせる表情だった。 「……君は馬鹿ですね……。もっと聡い子だと思っていましたけれど……」 天海は皮肉げに唇を歪めて笑う。 神様であっても感情の機微は人間と全く変わらないのだ。 ゆきはそれが何だか嬉しい。 天海と近くいられるような気がするから。 「……解りました……。君が苦しむ姿をずっと見守ることにしましょう……」 天海の瞳は、以前のように冷たく底知れないものに変わっていた。 ゆきは愛しいひとの眼差しに、一瞬、胸が苦しくなったが、直ぐに深呼吸をして意識を整える。 総てを今は受け入れなければ、何も変わらないのだから。 「……私はあなたを倒して、あなたを救います……!」 ゆきは揺るぎない意思を見せつけるために、力強く言い、天海を見据える。 天海は、刹那、苦しげに目を伏せる。余りに陰りがある苦しげな表情をするので、ゆきもまた苦しくなる。 「……君は私と敵対することを……、あくまで選ぶのですね……」 「はい」 ゆきは揺るぎなく明確な答えを出す。 天海は珍しく、激昂した眼差しをゆきに向けた。 「……では、私は、君を消し去ることを考えなければなりませんね……」 天海は静かに言いながらも、拳をギュッと握り締める。 「……君を消し去りたいぐらいに憎いのに、まだ求めてしまうなんて……」 一瞬、天海が苦しげに言った言葉を、ゆきは聞き逃さない。 それはゆきも同じだ。 「……早くお戻りなさい……。躰に障る」 天海は静かに呟くと、姿を消す。 ゆきは残像を追いかけながら涙を溢した。 決して拭っては貰えない涙を。 決別を感じながらも求めている。 天海だけを。 |