鈍い青色でありながらも、春の空は清々しい。 昨日までは重い足取りだったひとたちが、はにかみながらも颯爽と歩き出す季節。 春はそんな時期だ。 春を象徴する、桜の花が咲き誇っている。 鈍色の光を通して輝く花は、切ないぐらいに美しい。 一瞬で咲いて、一気に散るからか、桜の花を見つめているだけで、胸がきゅんと締め付けられる。 まるで初恋のようだ。 昼間は透き通った桜色に見えるのに、夜は何故か白に見える。 それはまるで何かの喪に服しているとすら思えてしまう。 昼間の桜色は初々しい少女のようなのに、夜桜は艶やかな娼婦のように見える。 麗しき二面性。 夜と昼の顔が違うからこらこそ。惹かれてしまうのかもしれない。 桜がいよいよ盛りになり、子猫のくしゃみで散ってしまうのではないかと思うぐらいに、儚くも盛りの美しさを見せている。 ゆきはこの麗しい春の景色を、天海とのんびりと見つめていたいと、思わずにはいられない。 天海とふたりでのんびりと桜を愛でられるのが、何よりも幸せだと思った。 天海に桜が見たいと、ただそれだけを請うと、天海は落ち着いた甘い笑顔で受け入れてくれた。 ただし、特別な場所に連れて行くから、ゆきには和装をして欲しいという注文だった。 ゆきは、和装をして、天海と花見が出来るなんて、こんなにもロマンティックなことはないと、喜んで受け入れた。 嬉しくて、ついダンスをしてしまいたくなるぐらいだ。 ゆきは、天海とのお花見デートの為に、しっかりとお洒落を頑張ろうと、努力をした。 やはり最高の和装をして花見はしたいから。 ゆきは、花見といえばやはり和風のお弁当だと思い、一生懸命作った。 神様である天海が、どのような好みなのかは分からないが、ゆきはスタンダードな食事を用意した。 天海とこんな時間を持てるなんて、思ってもみなかった。 身代わりになってくれるぐらいに優しいひと。 ゆきにとっては、本当に大切なひとだ。 天海に喜んで貰えるように、ゆきは食事を作った。 甘いものも欲しいから、季節柄桜餅を買う。道明寺が好きだから、ゆきは道明寺粉を使ったものを選んだ。 天海との待ち合わせ場所に、和装をし、お弁当を持って赴く。 天海が特別な場所に連れていってくれる。 楽しみでしょうがなかった。 待ち合わせ場所に赴くと、天海が既に待ってくれている。 「ゆき……」 天海は息を飲みながら、称讃するするかのように、ゆきの名前を呼んでくれる。 ゆきはそれが嬉しくて、ドキドキしながら笑顔で天海に向かって走っていった」 「天海! お待たせ……っ!」 燥ぎ過ぎたからか、ゆきはついうっかりと躓いてしまう。 そのまま転びそうになって、お約束通りに天海に受け止められた。 「……おっと」 受け止めてくれた天海の胸はとてもしっかりとしていて厚みがあり、男らしかった。 優美な容姿とは裏腹の逞しい躰に、ゆきはドキドキしてしまい、鼓動を上手くコントロールすることが出来なかった。 胸がドキドキし過ぎて、ゆきはどうして良いのかが解らないくらいだ。 「ゆき、大丈夫ですか?」 「あ、うん。……有り難う、天海……」 ゆきは恥ずかし過ぎて、耳まで真っ赤にしながら顔をあげる。 恥ずかしくて、全身がほてってしまう。 ゆきは、上手く天海の顔が見られなくて、どうして良いのかが解らない。 こうして以前も助けて貰ったことはあるけれども、その時は、天海の実体には触れることが出来なかった。 だが、今は違う。 改めてリアルに触れることが出来る天海は、完全に男のひとだった。 ゆきは、天海をひとりの男として意識をし過ぎてしまい、感情を上手くコントロール出来ない。 どのようにした良いかも分からなくて、ゆきはうろたえるばかりだった。 「ゆき、どうかしましたか?」 天海の低く優しい甘美な声に、ゆきはドキドキが止まらなくなった。 「ゆき?」 「あ、有り難う。天海。私は大丈夫だから」 ゆきが天海から離れようとすると、腰を抱かれてしっかりと支えられているのにゆきは気付いた。 「あ、天海、私は大丈夫だから」 「また転んでしまいそうですよ? 君は」 くすりと子供を見るように笑われて、ゆきは更に真っ赤になる。 「あ、天海、いつまでもここで、ふたりで突っ立っているわけにはいかないから……」 「そうでしたね。では、行きましょうか」 「はい」 天海は改めてゆきの手をしっかりと握り締めると、その手を引いて歩き出す。 「ゆき、君は洋装も似合っていますが、やはり和装がよく似合っていますね。とても美しいですよ……」 天海にストレートに褒められると、ゆきは嬉しいのと同時に、かなり照れてしまう。 こんなに照れてしまうと、恥ずかしくなる。 「……有り難う、天海……。天海は、和装も洋装もどちらも似合うよ。本当に綺麗だなあって思うよ」 「有り難う。君に言われるのが、私は一番嬉しいですよ」 天海が眩しいぐらいに甘い笑顔を向けてくれるから、ゆきは心がとろとろに溶けてしまうのではないかと思った。 「……ゆき、君にそう言って貰えると、私はとても嬉しいですよ」 天海の微笑みは本当に罪だ。ゆきは正視が出来なくて困ってしまった。 「ゆき、暫く歩いたら、私につかまって下さい。君を最高に素敵な場所に案内しますよ」 「有り難う」 暫くふたりで歩いたら後、天海は誰もいない静かな道へと出る。 「さあ、私にしっかりと捕まって下さい」 「うん」 天海にしっかりと掴まるのは、やはり恥ずかしい。ゆきは鼓動をマラソンランナーよりも早く刻みながら、天海に掴まった。 すると一瞬、躰がふわりと浮上ったと思うと、見慣れない場所に到着していた。 こんな魔法は、神様でないと出来ないことだ。 ゆきはただ唖然とすることしか出来ない。 「ゆき、行きましょうか」 「はい」 天海に連れられて歩き出すと、そこは山道だった。しかし、天海がしっかりと手を握っていてくれたので、ゆきはゆっくりではあるが快適に歩くことが出来た。 「直ぐに着きますから……」 天海の後を着いて行くと、目の前には信じられないぐらいに美しい風景が広がっていた。 本当に麗しい。 巨大な桜の樹がどっしりと構えていて、見事なまでに美しい桜を咲かしている。 そして桜の樹の下から眺める風景は圧巻で、桜の樹が麓から綺麗に眺められた。 ゆきは言葉を失ってしまい、ついじっと見つめてしまう。 こんなにも美しい風景は他にはなくて、ゆきは感動する余りに、ただ言葉を無くして見つめていた。 「ゆき……。あなたに見せたかったんですよ。ここは本当に美しい……」 天海はしみじみと呟くと、ゆきを背後からしっかりと抱き締めてくれた。 「君と一緒にこの見事な桜を見たかったのです……」 天海は優しい声で呟くと、ゆきの髪を撫でる。 「君は桜の精のようですね」 天海は言いながら、ゆきの素直な髪に絡んだ桜の花びらを取ってくれた。 「有り難う……」 天海はゆきに微笑むと、そのまま自分方へと向き直られる。 天海の美しい顔がこんなにも近くにあるなんて、かなりドキドキしてしまう。 天海はゆっくりとゆきに顔を近付けてくる。 いつも以上の甘いキスに、ゆきは蕩けてなくなってしまうのではないかと思った。 キスの後、天海はフッと柔らかく微笑む。 「とっておきのお花見になりそうですね」 「はい」 天海の言葉に、ゆきはしっかりと頷いた。 幸せな花見が始まる。
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