*ひだまり*


 高杉の為に着物を縫う。

 特別なことをしているようで、とても華やかな気持ちになる。

 一針でも疎かには出来ないから、ゆきは心を込めて一針、一針ずつ縫い込んでゆく。

 余り器用なほうではないから、一針、一針ずつ縫ってゆくのは大変だが、それでも大好きなひとの為になら頑張れると思った。

 柔らかで温かな陽射しが宿の縁側に射し込んで、とても気持ちが良い気分になる。

 ゆきは猫が陽向で眠るのは、こういう理由なのだろうかと思った。

 着物の生地を見て、思わずクスリと笑ってしまう。

 幸せだと思う。

 例え、どのような状況に巻き込まれていても、困難な状況であったとしても、それでも愛するひとと巡り逢えたことは、ゆきにとっては泣きたいくらいに幸せなことだ。

 しかもこうして、愛するひとの為に、何かが出来る。

 押し付けがましいかもしれないが。大好きなひとの為に、何でも良いからしてあげたかった。

 何でも良いからしたかった。

 大好きなひとにしてあげられることは、それぐらいしかなかったから。

 ゆきは深呼吸をしながら着物を縫う。

 縫い易いように綺麗に裁断して貰ったから本当に縫うだけなのだが、それでも、やはり苦心してしまう。

 ゆきは着物を縫うのに集中する為に深呼吸をすると、更に手を動かした。

 高杉は喜んでくれるだろうか。

 こんなガタガタな縫目でも、笑顔で袖を通してくれるだろうか。

 一針、一針、ゆきは恋情を込めながら、着物を縫い上げていった。

「ゆき、何しているんだ?」

 都の声が聞こえて、ゆきは思わず顔を上げた。

「うん、お裁縫。着物って難しいね。ボタンを付けたり、裾を縢るとは訳が違うね」

 ゆきが苦笑いを浮かべながら言うと、都は興味深そうに着物を見た。

「へえ……。シンプルだけど良い感じだな。えっと……、これってかなりサイズが大きいな。……男物!?」

 あからさまに指摘されてしまい、ゆきは恥ずかしくて思わず目をキュッと瞑ってしまった。

「ははん、このサイズは……」

 だいたい誰の物を縫っているかは想像がついたらしく、都は不意に少し寂しげな表情を浮かべた。

「……高杉のか……」

「…あ、あのっ、み、都っ、そ、そのっ!」

 ゆきが慌てふためいても、都には全く通じないらしく、逆に寂しそうに微笑まれてしまった。

「……ゆきらしいよ……。高杉も喜ぶだろうから、頑張れよ」

 頭をくしゃりと撫でられて、ゆきはくすぐったい気持ちになる。

 大好きで頼ってきた姉のような従姉の愛情が感じられて、とても嬉しい。

「……こうしていると、ゆきは貧乏浪人の奥さんにでもなったみたいだな」

 時代劇の見過ぎなのか、都はくすくすと笑いながら言うと、縁側から出て行く。

「邪魔するといけないから、行くよ、私は。ゆき、頑張れよ、裁縫」

「うん、有り難う、都」

 ゆきは都を見送った後、再び着物を縫うことに集中する。

 時空と運命と戦いながら過ごす、忙しい日々。

 そんなことが本当に嘘のように思えてくる。

 ずっとこうしていたような、そんなことを考えてしまう。

 都が言うように、以前の武家の女性は、このような暮らしをしていたのだろうか。

 夫の健康や無事を祈って、こうして一針、一針、丁寧に着物を縫っていたのだろうか。

 不意に、正式な武家のスタイルをしている高杉と、武家女性の格好をした自分を想像してしまい、ゆきは顔から火が出てしまうぐらいに恥ずかしかった。

 ついモジモジとしてしまう。

 モジモジなんてしている暇はないというのに。

 ゆきは妄想に耳朶まで真っ赤になりながら、着物を縫う。

 高杉がいつまでも健康であるように。

 高杉がいつまでも志通りに生き抜けるように。

 高杉をお守り下さいと、強く願いながら、ゆきは着物を縫った。

「この調子だったらまだまだ時間がかかってしまうかもしれないな……」

 ゆきは溜め息を吐きながら、着物の生地を見つめた。

 ふと柔らかく温かな風が縁側を吹き抜ける。

 まるでゆきを眠りの国へと誘っているようにさえ見えた。

 こうしていると、優しい眠りが瞼を満たしてくる。

 着物を完成させなければならないから、更に頑張らないといけないのは解っているのに、眠気に負けてしまう。

 うとうとしていると、本当に気持ちが良い。

 高杉は今日も国の未来の為に走り回っていると言うのに、居眠りなんて出来ない。

 そんなことを思いながらも、疲れと温もりが一緒になって、眠気を満たしてしまう。

 ゆきはこのままうつらうつらと、夢の世界へと入っていった。

 

「ゆき、ゆきは居ないのか?」

 高杉は宿に戻ると、早速、ゆきがいるだろう部屋へと向かった。

 だが、ゆきはおらず、部屋を探す。

 すると、宿の女将さんがにっこりと微笑みながら声を掛けてきた。

「高杉さん、ゆきちゃんだったらそこの縁側に」

「すまない」

 女将に言われた通りに縁側に出ると、ゆきがいた。

 首を垂れているのが見える。

 高杉は一瞬、不安になる。

 ひょっとして、具合が悪くなってしまったのだろうかと。

 そう思ってしまうぐらいに、ここのところのゆきは躰の具合が悪そうだった。

 慌てて直ぐに横に行くと、僅かな寝息と優しい温もりを感じた。

 高杉はホッと安堵すると深呼吸をする。

 今までならば、こんな些細なことで動揺をするということはなかった。常に冷静に判断が出来ていると自分でも思っていた。

 それがどうだ。

 自分よりもかなり年下の女に恋をして、それだけでこんなにも余裕がなくなってしまうなんて。

 今までは女のことで動揺することなんて皆無だったのに。

 自分でもかなり変わってしまったと認めざるをえない。

 高杉は自嘲気味に笑うと、ゆきの横に腰掛け、そっと肩を貸してやった。

 こうしているだけで尖った気持ちが和らいでゆく。

 ゆきに肩を触れるだけで、優しい温もりが心に染み透った。

 いたいけのないあどけない寝顔。

 まるっきり子どもで、同世代の他の女と比べてもずっと幼い神子。

 最初は、この子どもに何が出来るのかと思っていた。

 だが今は違う。

 何かあれば直ぐに泣いて、いつも子どもみたいで、苛々していた。

 だが、苦しみを乗り越え、哀しみに堪えて、少しずつ強くなり、輝いていった。

 清らかな強さは、ひとりの異性として、高杉をひどく惹きつけてくる。

 前向きでひたむきな姿が、いつの間にか高杉の魂を揺さぶるほどに惹きつけてくる。

 いたいけさとひたむきさ。

 そのどちらも守ってやりたいと、高杉は思わずにはいられない。

 夕陽が優しくふたりを包み込む。まるで安らぎの祝福をしているようだ。

「……んっ……」

 ゆきの瞼が震えて、ゆっくりと開かれた。

 高杉の姿を認めた途端に、目を大きく見開いた。

「た、高杉さんっ!」

 ゆきは驚く余りに躰をしゃんとさせる。それがまた可愛いらしくて、高杉はつい微笑んでしまう。

「起きたか」

「起きました」

 髪を少しだけ乱しながらも、ゆきはシャキっと言う。

 手に持っていた着物を見るなり、ゆきは直ぐに隠してしまった。

「どうした?」

「た、高杉さんにだけはヒミツですっ!」

 ゆきは真っ赤になりながら早口で言うと、ギュッと着物を抱き締めてしまった。

 高杉にだけ秘密。

 それは秘密の殆どを言ってしまったのと同じだということを、きっとゆきは解らない。

「……解った。後で秘密は教えてくれるか?」

 高杉は自分でも信じられないぐらいに優しい声で言う。

 ゆきは瞳を潤ませると、コクンと一度だけ頷いた。





モドル