高杉の視線はいつも厳しい。 厳しさの中に優しさがあることは充分に解ってはいるが、ゆきへの態度は厳しい以外のものはない。 切れるように恐ろしいまなざしを向けて来るだけだ。 それはゆきが白龍の神子だからだろう。 そして、高杉が憎むべき天海を信じていた立場もあるのだろう。 怨霊や陽炎を封印した後、ゆきはかなりの疲労を感じていた。 躰がくらくらとせずにはいられない。 ゆきは、深呼吸をしながら、気分の悪さをどうにかして抑えようとしていた。 この躰の不調は誰にも知られてはならいしし、知られたくはない。 だから何事もなかったかのように、ゆきは振る舞うことにした。 立っていられないぐらいにくらくらとしても、ゆきは何とか踏ん張った。 皆の前では弱音を吐かない。 特に高杉の前では弱音を吐かないと決めたのだ。 ゆきはなるべく明るく振る舞おうと決めたのだ。 「ゆき、なあ、少しでも町を歩かないか? 気分転換に」 「そうだね」 都の提案に、ゆきは笑顔になりながら頷く。 八葉たちの大半は、他にやらなければならないことが沢山あるから、ゆきたちはどうしても小ぢんまりと行動せずにはいられなかった。 怨霊を封印しながら、町を散策するのは良いのかもしれない。 ゆきが頷くと、都は笑ってくれた。 祇園あたりを歩いていると、ゆきは高杉の姿を見掛けた。 声を掛けようとしてゆきはハッとする。 大人びた美しい芸妓と、高杉が親しげに話しているのが見えた。 高杉は、誰にも見せないような、特にゆきには見せないような笑みを芸鼓に向けている。 胸が痛い。 「あれ、高杉だ。高杉も隅には置けないなあ。あんなに綺麗な芸鼓と一緒だ。まあ、高杉みたいな男にはよくあることだけれど」 都は高杉を冷やかすように言いながら笑っている。 ゆきは想いが複雑で、胸が痛い。 高杉がああして綺麗な女性と一緒にいるのが、ゆきには切なかった。 ずっと大人で、ゆきよりも綺麗な大人の女性が似合う。 だから高杉が綺麗なひとと一緒にいるのは、当たり前のことな筈なのに、ゆきはそれを上手く受け入れることが出来なかった。 高杉と一緒にいる美しいひとを、どうしても受け入られないのは、やはり、それだけ高杉のことが好きだからだろうか。 「ゆき、どうしたんだ?」 ぼんやりと高杉ばかりを見ていたからか、都が声を掛けてきた。 「う、うん。何?」 「高杉も高杉の事情があるからさ、そっとしておいてやろうよ」 「そうだね……」 都の言葉は正論だと思いながら、ゆきは頷くしかなかった。 「そうだね。行こうか。まだまだ怨霊を封印して回らないと駄目だからね」 「そうだな。だけどゆき、余り無理すんなよ? 最近、疲れが溜まっているようだからさ」 「うん、大丈夫だよ。有り難う」 ゆきは笑顔になると、高杉から何とか背中を向けた。 胸が痛くて、全く落ち着かない。 ゆきはどうして良いかが解らなくて、深呼吸が上手く出来なかった。 今は高杉から意識を外す必要がある。 高杉のことを思い出さない為には、やはり、怨霊を封印して、一生懸命頑張る必要がある。 ゆきは怨霊を封印しながら、邪念を捨ててゆくことにした。 今日はかなり頑張ったからだろうか。 夕食を食べて、お風呂に入っても、ゆきの疲労は全く消えなかった。 いくら深呼吸をしても、何をしても、疲れ果てた躰は再生してくれない。 ゆきはただぼんやりとすることしか出来なかった。 「……蓮水」 低い声が聞こえて、ゆきは障子を開いた。 高杉が静かにゆきの前に立っている。 「高杉さん……」 「一緒に食おう。広間にお前だけがいなかったからこっちにいると思ってな」 高杉はそう言って、和菓子を差し出してくれた。 おいしそうな豆餅が差し出されて、ゆきはつい笑顔になる。 「有り難うございます。とっても嬉しいです」 「それは良かった」 高杉は静かに言うと、ゆきを見る。 「縁側に出ないか? 庭を見ながら食おう」 「はい」 高杉なりに気遣ってくれているのだろうか。 たとえ小さな気遣いであったとしても、ゆきには嬉しくてしょうがないことだった。 ふたりで宿の庭が見える縁側へと向かう。 そこで腰を下ろして、ふたりで豆餅を食べる。 いつも厳しい高杉が、こうして優しくしてくれるのが、ゆきには嬉しかった。 「有り難うございます。豆餅はとても美味しいですね」 ゆきが笑顔になるが、高杉は相変わらずクールなままだ。 「疲れには甘いものが良いそうだからな」 「有り難うございます。甘いものはちょうど良かったです。疲れていましたから……」 「そうか」 貴重な甘味である豆餅を、ゆきの為に買ってきてくれた高杉の優しさが心に染み透る。 ゆきは嬉しくて、つい屈託ない笑顔を向けた。 「これ本当に美味しいですね」 「評判の菓子屋のものだ。知り合いに訊いて買ってきた」 知り合い。 それは恐らくは昼間に見掛けた芸妓のことを言っているのではないだろうか。それはそれで、ゆきは切なく感じた。 「……そうですか」 「蓮水、長州にも来て貰わなければならないから、しっかりと体力は温存しておいてくれ。陽炎と怨霊を封印出来るのはお前だけだからな」 「はい。体力は充分にあるから大丈夫です。だから心配されないで下さい」 ゆきは、高杉にはかけらでも心配させたくはなかった。 自分のことなどは心配しないで欲しいと思う。 「高杉さんは高杉さんがやらなければならないことだけを考えて下さい。私なら大丈夫ですから。体力には自信があるんですよ」 ゆきはわざと元気に振る舞ってみせる。 こうしていれば高杉が変に気遣うことはないだろうから。 「そうか」 高杉は素っ気無く言うと、それ以降は黙ってしまった。 心配しなくても良い。 今は高杉がやらなければならないことを優先して欲しい。 「蓮水、お前はお前しか出来ないことがある。お前はお前の使命を果たせ。お前がいることで、俺たちのやるべきことが果たされる。その為にも、倒れられたら困るからな」 高杉の声はもう厳しい。 優しいと思ったら直ぐに厳しくなる。 高杉流の突き放し方だとゆきは思う。 高杉の役に立てたら構わないと、ゆきは純粋に思う。 「はい。私がやらなければならないことをやります。私しか出来ないことを」 「そうだな」 ゆきは笑顔で高杉に約束をすると、静かに立ち上がろうとした。 また、くらくらする。 だが、悟られたくなくて、ゆきは何とか踏ん張った。 暫くじっとしていれば治まる。 ゆきはそれだけを信じてじっとしていた。 高杉にだけは体調が悪いことを隠し通したかった。 知られる前に総てが終わってしまったらそれで構わないからと。ゆきは思う。 高杉にだけは。 「蓮水、どうした」 「何でもありませんよ。豆餅、ご馳走さまでした。部屋に戻りますね」 ゆきは何とか立ち上がると、高杉に作り笑いを浮かべた。 「蓮水」 行こうとしたところで、高杉に腕を取られる。かなりの力で腕を握られて、ゆきは息を呑んだ。 「……高杉さん、痛いです……」 「すまん」 高杉は力を緩めると、ゆきを見つめる。 「蓮水、俺には嘘を吐くな」 「嘘なんて吐いていないです」 ゆきは即答したが高杉は納得いかないようだったが、それ以上詮索されたくはない。 「失礼します」 ゆきは高杉からすり抜けると、そのまま急ぎ足で部屋へと戻った。 躰のことは、絶対に知られたくはなかった。 |