*決戦前夜*


 いよいよ天海との最終決戦。

 ゆきは覚悟を決めて望む。

 ゆきを助けてくれたひと。

 ゆきにだけは優しくしてくれたひと。

 だが、同時にゆきの大切な人からは、かけがえのないものを次々に奪っていたひと。

 愛するひとにこれ以上何も失わせたくはない。

 愛するひとを守る為に、ゆきは天海と闘うだけだ。

 ゆきは、天海と闘えると思ったいた。

 愛する高杉の為ならば、もう怖い物なんてないと思う。

 雪が積もる中、躰を休める為に、日光東照宮に近い宿で休むことにした。

 高杉と過ごすことが出来る最期のひとときかもしれない。

 だからこそ貴重な時間だった。

 

 高杉はゆきが丁寧に縫った着物を着て、宿の一室でゆったりと過ごしていた。

 もう何の迷いもない。

 魂が澄み渡っているような気すらする。

 後は総て桂に託してきたから、何の心残りはない。

 あるとするならば、ゆきのことだけだ。

 自らの命を削っても、ずっと高杉のそばにいてくれた。

 共に死ぬことも覚悟してくれている。

 魂が強固に結ばれていると感じる、最高の相手に巡り逢えたと、今は八葉になった運命に感謝すらしている。

 最初は頭の中に花畑が広がっているのではないかと思うぐらいに脳天気で、子どもで、どうしようもないぐらいに鬱陶しい存在だと思っていた。

 だが、様々な過酷な試練を潜り抜けていくにつれて、明らかに成長し、強くなっていた。

 何の意志もないような、チヤホヤされている只のわがままな娘であるという自身の評価を、高杉は改めなければならなかった。

 それぐらいにゆきは、素晴らしい女に成長した。

 魂は磨かれて、もう子どものようなところは一切なかった。

 輝きを増している魂に、高杉は強く惹かれていることに気付いている。

 こんなにも惹かれた人間は、他にいないと思うぐらいだ。

 人生で一番愛する相手に巡り逢えて、こんなにも幸せなことはない。

 高杉は、そんなゆきとのんびりとした時間を重ねて、幸せで穏やかな時間を過ごしながら、季節の花を愛でる夢だけが、叶えられないのが心残りだった。

 ゆきとそんな時間を今でも過したいと思っていることは、自分のただのわがままなのだろうかと、思わずにはいられなかた。

 ふと誰かがこちらにやってくる足音が聞こえた。

 ゆきだろう。

 足音を聞けば解る。

 最近は、この足音がとても心地が良いと感じていた。

「高杉さん、ゆきです」

「入れ」

 高杉の声と共に、ゆきが障子を開けて、中に入ってきた。

 ゆきを見つめると、総ての覚悟を受け入れたようで、落ち着いた表情を浮かべていた。

 高杉と同じように、今や心静かにいられるのだろう。

 ゆきはただ優しい笑みを浮かべている。

「ゆっくりされていたんですか?」

「ああ」

「お邪魔しても平気ですか?」

「無論」

 ゆきは幸せそうに笑うと、高杉の直ぐそばに腰を下ろした。

 顔色が悪い。

 もうギリギリまで命を削っているからだろう。

 体調もすこぶる悪そうなのに、ゆきは幸せそうに笑っていた。

 その笑顔は透明感があり、息を飲むぐらいに美しかった。

 誰よりも純粋な美しいとすら思ってしまう。

「……ゆき、疲れてはいないか? 顔色が余り良くないな? 天海との決戦に備えて、充分休んでおくことが必要だからな」

 高杉は、ゆきの滑らかで柔らかな頬をゆっくりと触れる。

 するとゆきはうっとりと幸せそうに、ただ目を閉じた。

 その顔が驚くぐらいに美しくて、高杉は胸が切なく甘くなるのを感じる。

「しっかりと休ませて貰っていますから大丈夫ですよ。後少しですから、充分過ぎるぐらいに鋭気を養っているって感じですよ。だから大丈夫です。天海のところにいって、決着をつける準備はしっかり出来ていますら大丈夫ですよ」

 ゆきは幸せだと言わんばかりに、輝くような笑顔を高杉に向けて来た。

 本当に強い女だ。

 高杉はゆきを見つめながら強く思う。

 だからこそ、もっと一緒にいたいと、闘いが終われば、ふたりだけでのんびりとしたいと思う。

 ゆきを最高に幸せにしてやりたいと、高杉は強く思う。

 それが出来る可能性が低いことは解っているのに、叶わない願いを叶えたいと思わずにはいられない。

「……高杉さんも、ご無理をしないで下さいね。余り顔色が良くありませんから……」

「……有り難うな」

 高杉が微笑みながら礼を言うと、ゆきは頬を赤らめて、俯いた。

 そんな横顔すらも美しいと思う。

 ゆきに魂ごと溺れている。

 笑顔にしたい。

 幸せにしてやりたい。

 だが、今の自分にはそこまでの力が無い。

 ゆきを心から幸せにしてやれたら良いのに。

 それが出来ないジレンマに、苛々してしまう。

 そんな高杉の心の機微を理解しているからだろうか。

 ゆきは真っ直ぐ高杉だけを見つめると、笑顔を向けた。

「幸せです、高杉さん」

「……ゆき……!」

 高杉は苦しいぐらいに切ない恋情が込み上げてきて、思い切りゆきを抱き締めた。

 華奢な上に弱っているゆきの躰が軋んで折れてしまうぐらいに、抱き締めてしまう。

 ゆきが息苦しそうにして、高杉はようやく抱擁を弱めることが出来た。

「すまない」

「大丈夫ですよ」

 ゆきは健気に高杉を見つめてくる。

 なんて綺麗な瞳で、なんて美しいのだろうかと、高杉は思わずにはいられない。

 高杉はゆっくりと顔を近付けると、ゆきに唇を重ねた。

 冷たくて柔らかい唇は、直ぐに互いの情熱によって温められる。

 こうしてくちづけをしていると、自分達が明るい将来のある恋人同士なのではないかという錯覚に陥る。

 将来が明るく約束されていれば、こんなにも幸せなことはないというのに。

 何度も何度も唇が触れ合う音を部屋に響かせて、ふたりはキスをする。

 何度くちづけても飽きたら無い。

 時間が無限にあったとしても、足りないのではないかと思う。

 互いの息が上がるまでにキスをした後、ふたりはしっかりと抱き合った。

「このまま、横になるか?」

「そうですね」

 ゆきと高杉は、お互いにしっかりと抱き合いながら、畳の上に横たわる。

 どちらからともなく、手をしっかりと繋いだ。

 お互いにひとりではないことを確かめる為に。

 お互いに決して離れることはないことを確かめる為に。

 こうしてふたりで横たわるだけで、幸せが胸いっぱいになって溢れだしてきた。

 ただ手を繋いで一緒にいるだけ。

 これだけで胸が温かくて、幸せになれる相手は、恐らくはゆきしかいないだろう。

 高杉はこのひとときを永遠に閉じ込めてしまえたら良いのにと、思わずにはいられなかた。

 話さなくても、ただ手を繋いでいるだけで、お互いの気持ちが痛いほど理解することが出来る。

 高杉はただこうして時間に漂っていようと思った。

 雪が深々と降る音がする。

 とても静かなのに強い。

 総てを覆い尽くしてしまう強さと、清らかな美しさがある。

 守るようで、本当は守られているのではないかと、高杉は思わずにはいられない。

 ゆきと手を繋ぎながら、高杉はゆきを抱き締めた。

「……ゆき、最期まで何があっても俺はお前を守るから」

「はい。私も命が有る限り、高杉さんを守りますね」

 何の疑いもなくにっこりと笑うゆきを見つめながら、高杉は本当に強い女だと思わずにはいられなかった。

「今は暫くこうしていよう」

「はい、高杉さん」

 今はこうしてお互いの温もりを感じながら一緒にいたい。

 命が尽きる瞬間はゆきと一緒にいたい。

 高杉はそう思いながら、ゆきを更にきつく抱き直した。





モドル