*そばにいて*


 長州にやってきてからというもの、ゆきの躰の調子は悪くなる一方だった。

 だが、それぐらいで立ち止まってはいられない。

 時空の世界の崩壊は待ってくれないのだから。

 ゆきは、貧血でふらふらすることも、気持ちが悪いことも、熱があることも、総てを隠し通したいと強く思う。

 こんなことで躓くことなんて、神子には許されないことのように思えた。

 今日は朝から、起き上がるのが億劫で、そうするには気合いが必要だ。

 ゆきは何度も深呼吸をして、自分の体力を集めようとしたが、なかなか難しかった。

 今日は久々に高杉と一緒に行動が出来るというのに、ままならぬ自分が悔しくてならなかった。

 何とか気力で起き上がり、支度をする。

 すると、先に起きていた都が部屋までわざわざ迎えに来てくれた。

「ゆき、お前、本当に大丈夫なのか!? 何処から見ても、大丈夫なようには見えないよ」

 都は心配するようにゆきを見つめてくる。

 都には心配をかけたくはない。

 ゆきは何とか笑顔を浮かべて、踏ん張った。

「うん、大丈夫だよ。低血圧だから朝に弱いだけだし」

「……だったら良いけれど……」

 都はゆきの対であるから、そのあたりは敏感なのかもしれない。

 ゆきはなるべくならば心配をかけたくなくて、ただ笑顔を向けた。

「朝ごはんまだだろ?」

「うん、ありがとう」

 朝ごはんは食べられそうにない。だが、食べられないと言ってしまえば、かなりの心配をかけてしまうだろう。

 ゆきはそれが嫌で、笑顔で頷いた。

 ゆきが宿屋の食堂に向かうと、皆は食べ終わって、出かけた後だった。

「ゆき、私も用があるから、これで行くけど、無理せずにゆっくりしなよ」

「うん、ありがとう」

 ひとりになったら、食欲がないのもバレないから丁度良い。

 ゆきは笑顔で都を見送った。

 ひとりになり溜め息を吐く。

 この時代は、ご飯はかなり貴重であることは分かっている。

 だから残さずきちんと食べなければならないのは解っている。

 だが、食べることが難しい。

 ゆきは何とか梅干しで食べられるかと思い、白いご飯の上に梅干しを乗せた。

「……何だ、今ごろ起きたのか。随分と朝寝坊だな」

 顔を上げると、そこには高杉がいた。

 厳しい顔をしてゆきを見つめている。

 神子である以上はやることを果たせとばかりに、高杉は睨みを利かせてくる。

 ゆきはそれを甘んじて受け入れようと思った。

 しょうがない。

 気分が優れなくて動けないと思われるよりは、ずっと好いと思った。

「寝坊をしちゃいました」

 ゆきは軽く笑うと、高杉を見る。すると、余計に怒っているような雰囲気になった。

「お前は自覚はないのか」

「ごめんなさい。たまには眠りたいと思っただけです。ご飯をしっかりと食べたら、私も、皆を追いかけますから、高杉さんは先に行かれて下さい」

 このまま食欲がないことを、高杉に悟られてはならない。

 ゆきはご飯を食べるふりをしながら笑った。

 だが、高杉は全く行こうとすらしない。

 まるでゆきが食事をするのを、見守っているかのようだ。

 何だか落ち着かない。

 こんなにも厳しい目で見られると、落ち着かなくなる。

 ゆきが落ち着かない仕草をしても、高杉は微動すらしない。

「高杉さんは行かないのですか?私はあとから追いかけますから」

 わざとのんびりしているように言っても、高杉は動じない。

「……ゆき、さっきから食事が全く進んでいない。食欲が全くないんじゃないのか?」

 厳しく低い声でピシャリと言われてしまい、ゆきは心臓が跳ね上がってしまうぐらいにドキリとする。

 やはり高杉の鋭い眼差しからは、逃れられない。誤魔化せないのだろうか。

 ゆきは深呼吸をして、胸が痛くなるのを感じながら、高杉に笑いかけた。

「高杉さん、大丈夫ですよ。ちゃんと食べられますから。だから、そんなに心配されないで下さい」

 ゆきは笑って、何とか乗り越えようとする。

 梅干しで誤魔化すようにご飯をかきこむ。

 梅干しとご飯だから、何とか食べることが出来る。

 本当は気持ち悪くてたまらなかったが、ゆきは何とか食べた。

 その様子を見つめる高杉は本当に厳しい。

 ゆきは監視をされているような気がして、居心地が悪かった。

「ご飯、ちゃんと食べられましたから、高杉さんは余り心配されないで下さい。本当に大丈夫ですから」

 ゆきが何とか笑顔で言うと、高杉は余計に厳しい顔になる。

 ゆきは泣きそうになるのを必死になって堪えた。

 高杉にだけは、この気分の悪さを知られたくない。

 ゆきは何度も深呼吸をして、堪えようと必死になった。

 すると、高杉にいきなり手を掴んだ。

「ゆき、今日は外出禁止だ」

 高杉はいきなりゆきの手をとると、そのまま部屋へと向かう。

「た、高杉さんっ、大丈夫ですからっ!」

 ゆきがいくら言っても聞かない。

 この顔色だと、説得力なんて全くないのだが。

「……ゆき、余り俺に心配をかけるな。肝が冷える」

 高杉は苦悩するように呟くと、苦しそうに溜め息を吐く。

 ゆきは部屋に連れ戻されてしまった。

「そこで座って待っていろ。布団は直ぐに敷いてやる」

「ありがとうございます……」

 ゆきは高杉が布団を敷いてくれるのを、ただ待つしかなかった。

 静かに待ちながら、高杉の横顔を見つめる。とても精悍で頼りになる横顔だった。

「……休め」

「はい」

 ゆきは深く深呼吸をすると、観念して高杉を見た。

 高杉に言われた通りに、ゆきは横になる。

 こうしているだけで、随分と楽になる。

「明日、また、頑張れば良い。余り無理はするな。後がこたえる」

「はい」

 ふと高杉を見ると、かなり顔色が悪くなっている。

 ひょっとすると、自分よりも具合が悪いのではないかと、ゆきは思わずにはいられない。

「高杉さんもお休みになったほうが良いのではないですか?」

 ゆきが思わず呟くと、高杉は少し思案するような表情になる。

 ゆきはそれが心許ないように思えて、思わず高杉の手を握りしめた。

「……ゆき……」

「私も休息が必要かも知れませんが、高杉さんはもっと休息が必要ですよ。だから、今日は二人揃ってお休みをしましょう」

 ゆきの言葉に、高杉が一瞬、強張りを見せる。

 だが直ぐに、極上の甘い落ち着いた笑みをゆきにくれた。

「……分かった。互いに今日だけな……。休んで、先に備えよう……」

「はい」

 高杉はゆきの手をギュッと握り締めると、優しい笑みを浮かべてくれる。

 ゆきにはそれが嬉しかった。

 幸せでほわほわする笑顔だ。

 高杉もゆきの横に躰を横たえる。

 こうしていると幸せだ。

 手を繋いでいると、高杉の優しさがゆきに流れ込んできて、ホッとした。

「高杉さんにこうして手を繋いで頂いていると、ほっとします。元気になれそうです」

「……俺も、お前の気持ちが伝わってホッとする……。疲れが癒される……」

 高杉の言葉に、ゆきもまた癒される。

 ふたりでこうしているだけで、心が温まる。

 お互いにしか出来ない治療をしているような、そんな気になる。

 大丈夫。

 直ぐによくなる。

 ゆきはそう思いながら、幸せな微睡みに身を任せていった。





モドル