高杉に恋をしていると気づいたのは、無意識にその姿を目で追っていたから。 ごく自然に、広い背中で守られていたから。 この背中に守られていたから、大丈夫。 自然とそんな安心感がいつしか恋心に変っていた。。 今日は久々の自由になる時間が出来た。 のんびりとしたい気持ちもあるけれども、やはり自分のやるべきことをやらなければと、ゆきは思う。 少しの時間ですらも惜しいとばかりに、八葉たちは走り回っている。 本当にいつ休んでいるのかと、思ってしまうぐらいだ。 彼らの強い志に触れるたびに、自分はなんてちっぽけなのだろうかと、ゆきは思わずにはいられない。 だからこそ、少しでも役立ちたいと、思わずにはいられないのだ。 家族や愛するひとを助けたい自分。 自分を犠牲にしても、この国の未来のために、真っ直ぐ見つめている八葉たち。 なんて、スケールが違うのだろうかと、思わずにはいられない。 ゆきは、何だか自分が小さいと感じる。 こんなにも志が高い人のなかで、龍神の神子として召喚されても良かったのだろうか。 間違いなのではないかと、ゆきは何度となく思った。 こうしてひとりで宿にいても、ろくなことは考えない。 都を誘って町を歩いたり、怨霊を封印しても良かったのだが、それだと、また負担をかけてしまう。 ゆきは結局、ひとりで出かけることにした。 使命など何もなくこの町に遊びに来たのならば、きっとのんびりと楽しんだだろうに。 ゆきはそんなことをぼんやりと思う。 落ち着いた風情のある町。 観光する気分でいられたら、きっと素晴らしいことだっただろうに。 ゆきがのんびりと歩いていると、目の前には見かけたことがある、帝王のような雰囲気を醸し出した、広い背中を見つけた。 直ぐに誰かは解る。 高杉だ。 ゆきは、その背中に声をかけようとしたが、寸でで引っ込めた。 高杉が何か重要な案件と関わっている最中だと、色々と迷惑をかけてしまうからだ。 ゆきはあえて声をかけないようきして、見えないように、気付かれないように、甘味処のベンチで腰を掛けることにした。 団子でも食べて、気分転換を図ろう。 ゆきが、みたらし団子をぼんやりと食べていると、不意に陰を感じた。 顔を上げると、高杉が目の前に立っている。 あんなにも距離が離れていたから、まさか、高杉に気づかれるとは、思ってもみなかった。 「……ひとりでこのような場所にいるとは……。八葉をともにはつけなかったのか?」 「ともだとかは、要らないと思って……。ひとりで頑張れると思いまして、皆さんお忙しい雰囲気だし……。町を歩くぐらいは……」 高杉がかなり怒っているのは、その雰囲気で直ぐに分かった。 ゆきは、視線を合わせないほうが良いと思い、団子にばかり視線を向けてしまう。 こうしなければ、何だか怖かった。 ゆきが話終えると、高杉は呆れを通り過ぎた溜め息を吐いた。 「……だから、お前は毎回、毎回、迂闊だと言うんだ。この時勢で何が起こるかは解らないんだ。八葉がいない時に教われたらどうするんだ」 低い声で静かに恫喝するように言われて、ゆきは思わず躰を固くさせる。 高杉の言うとおりだから、反論するなんて、出来るはずもない。 「……ごめんなさい。お団子を食べたら帰ります」 ゆきが唇を噛んで俯くと、高杉はゆきの横に腰を掛けた。 高杉も団子を注文する。 「高杉さんは、やらなければならないことがおありになるのではないですか?」 「俺の用事は終わったから、気にしなくても構わない」 高杉はさらりと言うと、ゆきを見た。 「……ゆき、お前はどうしてひとりで町に出た?」 「皆、やらなければならないことがありますから、出払っていて。都には余り迷惑を掛けるわけにはいかないですし……」 ゆきは俯く。 「ひとりになってしまうと、私自身が、色々と考え込んでしまうので……」 ゆきは苦笑いを浮かべながら、本音を呟く。 ゆきにとって、今は考え込むと、先には進めないことぐらいは、分かっているから。 「……そうか……」 高杉は静かに言うと、男らしく団子を食べた。 ゆきも開き直って同じように団子を食べる。 食べたら、ひとり宿に戻れば良い。 「ごちそうさまでした。宿に戻ることにします」 ゆきが立ち上がろうとしたところで、いきなり腕を捕まれてしまった。 「ゆき、待て」 高杉は命令をするように言うと、ゆきを座らせる。 「高杉さん、宿ぐらいはひとりで帰れますよ」 「ひとりは危険だと伝えた筈だ」 高杉は低い声で厳しく呟くと、そのままゆきの手を離さない。 ゆきは深呼吸をしながら目を閉じた。 緊張してしまう。 ドキドキしてどうして良いのかが解らない。 ゆきは胸がいっぱいで苦しくて、切なかった。 冷たかったり、優しかったり、最近の高杉はよく解らない。 ゆきはただじっとしてしまう。 ゆきと高杉の手がしっかりと握り締められている様子を、人々がチラチラと見つめているのが、見える。 ゆきは恥ずかしくて、俯いてしまった。 ゆきが黙っていると、高杉が更にしっかりと手を握りしめてきた。 「ゆき、行くぞ」 高杉はゆきの手を握りしめたまま、立ち上がる。 「高杉さん、私は何処にも行きませんから。素直に付いてゆきますから」 ゆきが困惑をしながら呟くと、高杉はゆきを見つめる。 「宿に戻る前に、良いところがあるから、そこに寄る」 高杉が言う、良いところというのは、一体、何処なのかは、ゆきには全く想像出来なかった。 甘味処を出ても、ふたりは手を繋いだままで、のんびりと歩いてゆく。 まるでデートみたいでゆきはほんのりとドキドキしながら、何度も高杉を見上げた。 高杉は黙っている。 だが、怒っているような雰囲気はなかった。 一体、何処に行くのだろうか。 そんなことをぼんやりと考えてしまう。 高杉は町の外れにある、小さな寺に入ってゆく。 その奥にある、ご神木目掛けて歩いていった。 「ここなら気持ちも落ち着くだろう……」 高杉は静かに言うと、ゆきをご神木の真下に連れていってくれた。 「ここにいると、気持ちが落ち着いてくる。悩みなんてちっぽけに思えてくるのが、不思議だな」 高杉は樹を見上げながら、達観したような表情をしている。 高杉と同じような気持ちになれるのだろうかと、ゆきはご神木を見上げた。 見上げているだけで、不思議と落ち着いてくる。 高杉がこの場所によく来る理由が、ゆきには分かったような気がした。 目を閉じると落ち着いてきて、今、自分が何をするべきかが見えてきたような気がした。 「ありがとうございます。高杉さん、こうしていると、随分と落ち着きます」 「……それは良かった」 高杉がフッと笑うものだから、ゆきもつられてフッと笑った。 「ゆき、お前は切ない顔をしているよりも、笑っているほうが良い……。お前が笑ってくれていたら、俺たちも嬉しくなるから」 高杉は微笑みながら言ったかと思うと、いきなり背後から抱き締めてきた。 「……た、高杉さんっ……!?」 ゆきが戸惑うのも構わずに、高杉は抱き締めたままだ。 ゆきは最初は戸惑ったものの、高杉に抱き締められているのが心地が良かった。 このままただ静かにじっとしていたい。 ゆきはそう切望していた。 |