*やさしい嘘*


 玄武の呪詛は確実に高杉を蝕んでいる。

 顔色を見ていても、時折見せる疲れたような表情を見ても、ゆきには手に取るように解った。

 高杉が気分が悪いのではないかと、ゆきはつい見つめてしまう。

 心配する余りに、ゆきは高杉ばかりを見つめてしまうものだから、小松には呆れられ、都には困ったように見られる。

 しょうがないと言えばそうなのだが、それもゆきがそれだけ高杉のことを愛しているということだった。

 本当に高杉が心配だ。

 話し合いの間も、ゆきはつい高杉のことばかりを見つめてしまった。

 高杉のことが本当に気になり過ぎて、ゆきはどうしようかと思ってしまう程だ。

「……ということで、明日はゆきくんには休んで貰うことにする。他の皆も、明日はなるべく休養日とするようにね。ここまできて、倒れたら元も子もないでしょ」

 小松の言葉にゆきはようやく我にかえった。

 話し合いをしていたくせに、ずっと高杉のことばかりを見ていた。

 しょうがないとは言え、ゆきは反省することしきりだった。

「ゆきくん、きちんと聴いていた!? 最近は注意力が散漫だよ!?」

 小松の厳しい指摘に、ゆきはうなだれるしかない。

「……ごめんなさい……」

 ゆきがしゅんとしていると、隣にいた都が庇うように肩を抱いてくれた。

「しょうがないだろう!? ゆきは連日、疲労困憊で走り回っているんだから」

 都は小松に対してきつく言いながら、ゆきを庇ってくれる。

 だが、小松の表情は一切変わらない。

「……八雲、蓮水を庇うな。今は蓮水が悪い」

 高杉はピシャリと言うと、都とゆきを睨み付ける。

 怒られて当然だ。

 ゆきは、怒られて当然のことをしたのだから。

 だが、高杉に怒られたのは、切なかった。

 泣きたくなるぐらいに哀しい。

 きっと高杉に恋をし過ぎているから、こんなことになったのだろうと、ゆきは思った。

「では今日は休養日ということで良いね」

 小松の言葉に誰もが頷くと、その場を散会した。

 ゆきは立ち上がろうとしたが、眩暈がしてくらくらする。

 誰にもバレたくはないから、ゆきは暫く、じっとしていた。

「ゆき、どうした? 気分が悪いのか?」

 都が心配そうにゆきを見つめて、手を差し延べてくれる。

 だが、心配させるわけにはいかなくて、ゆきは笑顔を向けた。

 「大丈夫だよ、都。有り難う。ちょっと足が痺れただけなんだ。やっぱり正座って馴れないね」

 ゆきが笑うと、都は苦笑いを浮かべた。

「そうだな。ゆきはずっと椅子で生活しているもんな。手を貸してやろうか?」

「大丈夫だよ。都」

「そっか」

「足って痺れている時に無理矢理立つと、余り良くないでしょ? 暫く、ここにいているよ。だから都はさ、部屋に戻っていて大丈夫だよ。都はそれに今日は町を見たいって言っていたでしょ?私も直ぐに部屋に戻るから。ちょっとここにいるよ」

 ゆきはなるべく自然に対応が出来るように、なるべく笑顔になった。

「解ったよ。ゆきがそう言うんなら。先に戻っているからさ」

「うん、有り難う」

 ゆきは笑顔で都を見送ると、溜め息を吐いた。

 日に日に躰が言う事をきかなくなっている。

 怠さもかなりで、ゆきはじっとすることしか出来ない。

 だが、きっと高杉のほうがもっと辛いのではないかと、思わずにはいられなかた。

 高杉はゆき以上の激務に耐えている。

 想像を絶する程の苦しさだろう。

 だからこれぐらいのことで、音を上げてはいられないのだ。

 ゆきは眩暈が治まるまで、暫く目を閉じてじっとしていた。

 こうしているだけでかなり楽だ。

 そして心が澄み渡ってくるのを感じた。

 おっとりで、いつも皆に迷惑ばかりをかけていた自分だから、今はなるべく迷惑を誰にも掛けたくはなかった。

 ゆきは、静かな気持ちになりながら、暫くじっとしていた。

 愛するひとを、そして大好きなひとたちと、そのひとたちが大切な世界を守りたいと思わずにはいられない。

 そのためにはどうなっても構わないと、ゆきは思わずにはいられなかった。

 ゆきは深呼吸の後、何とか立ち上がろうと踏ん張った。

 まだ少しくらくらする。

 だが、このままここにいると、恐らくは気分が優れないことを、都にはバレてしまうだろう。

 それだけは避けたかった。

 ゆきはふらふらになりながら、何とか立ち上がると、部屋から出た。

「……高杉さん……」

 まさかそこに高杉がいるなんて、ゆきは思ってもみなかった。

 静かに高杉はそこに立っている。

「部屋に戻りますね」

 ゆきは何とか動揺を隠すように言うと、高杉の横をすり抜けようとした。

「……ゆきっ……!」

 一瞬、クラッとしてしまい、ゆきはそのまま倒れそうになる。だが、幸か不幸か、高杉がそばにいてくれたお陰で、倒れずに済んだ。

 高杉がしっかりとゆきを抱き留めてくれる。

「……全くお前は……。何処まで、我慢をするんだ……」

 高杉は苦しげに言うと、ゆきを軽々と抱き上げる。

「高杉さんっ! わ、私は大丈夫ですから、下ろして下さい」

「大丈夫な訳が無いだろう!? お前は阿呆か! そんな顔色で、体調が良いようには見えない」

 高杉はまるで自分自身が苦しいとばかりに言うと、ゆきを見つめた。

「今日は休め。皆、お前の体調を心配しているんだ。ゆき、お前は、今日は無理をしなくて良いんだ」

 高杉は静かに言うと、ゆきを部屋まで運んでくれた。

部屋には入ると、ゆき用に布団が敷かれている。 

「ゆき、ゆっくりと休むんだ」

「有り難う……」

 布団に寝かされて、ゆきは深呼吸をする。横になることが出来て、ホッとしているのも事実だった。

「……高杉さん、有り難うございます」

「今日はゆっくりと休め」

 高杉は切なさと優しさが混じりあった笑みを浮かべると、ゆきを見た。

「休める時には休め」

「それは高杉さんもですよ。休める時にしっかりと休んで下さい。ゆっくりと休んで下さい……。私よりも高杉さんのほうがずっとずっと疲れていて、体調は良くない筈ですから……」

「お前は……」

 高杉はゆきの手をギュッと握り締めると、祈るように目を閉じた。

「ゆき、お前は人の事を心配し過ぎる。たまには、下ろしてに甘えてくれて構わないんだ」

 高杉に言って貰えるのは嬉しい。

 だが、愛している人だからこそ、甘えられないこともあるのだ。

「大丈夫……」

「大丈夫じゃないだろう!?」

 高杉は厳しく言うと、ゆきをギュッと抱き締めてくる。

 ゆきは悟る。

 お互いになくてはならない人なのだと。

 お互いにいなくなってしまったら、きっと自然消滅してしまうに違いない。

 ゆきは抱擁によって、そう感じずにはいられなかった。

「……高杉さんも、今日は一緒に休みましょう……。何かあったら、私があなたを守りますから……」

「ゆき……っ!」

 高杉は苦しいとばかりに声を出すと、ゆきをしっかりと抱きすくめた。

「俺もお前を守ってやる。誰よりも強くお前を守ってみせる」

「はい。私も高杉さんを守りますから、お互い様ですね、私たちは」

 ゆきもまた、高杉の背中にしっかりと腕を回して抱き締める。

 お互いにこうして抱き合って感じあっていれば、愛する者をお互いに感じることが出来る。

 高杉もゆきも、かけがえのないひとの温もりを感じて、安堵を覚える。

 互いに微笑みあった後、幸せな気持ちで瞳を閉じた。

 こんなにも愛し合えるひとはいないと感じながら。





モドル