鈍い青色でありながらも、春の空は清々しい。 昨日までは重い足取りだったひとたちが、はにかみながらも颯爽と歩き出す季節。 春はそんな時期だ。 春を象徴する、桜の花が咲き誇っている。 鈍色の光を通して輝く花は、切ないぐらいに美しい。 一瞬で咲いて、一気に散るからか、桜の花を見つめているだけで、胸がきゅんと締め付けられる。 まるで初恋のようだ。 昼間は透き通った桜色に見えるのに、夜は何故か白に見える。 それはまるで何かの喪に服しているとすら思えてしまう。 昼間の桜色は初々しい少女のようなのに、夜桜は艶やかな娼婦のように見える。 麗しき二面性。 夜と昼の顔が違うからこらこそ。惹かれてしまうのかもしれない。 桜がいよいよ盛りになり、子猫のくしゃみで散ってしまうのではないかと思うぐらいに、儚くも盛りの美しさを見せている。 桜は好きだ。 愛する高杉はまるで桜の花のようだと思う。 控え目な美しさと潔さが同居しているから。 その桜を高杉と一緒に愛でられるのが、ゆきには幸せだ。 高杉の家には桜の樹があり、それを眺めるだけでも価値がある。 だから今年の花見は、高杉の家で行う。 折角のお花見だから、ゆきは和風弁当を作り、近所の和菓子屋で桜餅を買う。 道明寺タイプと2種類を買って、ゆきは本格的な花見に、ウキウキしてしまう。 やはりここまで凝ったら、和装をしたい。 ゆきは和装をして、メイクもそれに合うように、薄いパープルのシャドウを使った。 和装すると、何だかおとなになった気持ちになる。 和装は見た目も大人の女性に見せてくれるのが、ゆきには嬉しいところだった。 高杉には、ゆきがこっそりと縫った着物を持ってゆく。 ゆきはそれを丁寧に持って、高杉の家へと向かった。 着物で高杉の家に行くというのは、何だか嬉しくて、何処か恥ずかしくてしょうがない。 ドキドキしながら、ゆきは高杉の家へと向かった。 和装をしていると、気持ちが引き締まるからか、背筋がピンと伸びるのが不思議だ。 高杉の家がある最寄り駅に降り立つと、駅前で高杉が待っていた。 これにはゆきは驚いてしまう。 だいたいの家への到着時間は言っておいたのだが、まさか高杉が駅まで迎えにきてくれているとは、思ってもみなかったのだ。 「ゆき!」 高杉はゆきを見つけるなり、こちらに向かってくる。 こちらに向かう姿は、ゆったりと堂々としていて、隙がないぐらいに素敵だ。 ゆきが高杉を見つめていると、荷物がふいに軽くなった。 「凄い荷物だな」 高杉は苦笑いを浮かべながらも、優しいまなざしをゆきに向けてくれる。 「折角のお花見なので、凝ろうと思ったんですよ」 「そうか……。だが、家での花見だぞ」 「それが特別なんですよ。だからこそ、凝りたかったんですよ。高杉さんの家の庭は、お花見をするには最高の庭ですから」 ゆきが笑顔で言えば、高杉は嬉しそうに薄く笑った。 高杉は荷物の殆どを持ってくれた後、ゆきの手をしっかりと握り締めてくれる。 高杉の大きくて優しい手のひらに包まれるだけで、ゆきは幸せな気持ちになる。 うっとりとした安心な気持ちが、ゆきを幸せにしてくれる。 「じゃあ、行くか」 「はい」 駅から高杉と手を繋いで家まで歩く。 駅からの道にも立派な桜が沢山咲いていて、本当に美しくて、綺麗だった。 これだけでもかなり立派な花見になる。 桜並木を高杉と並んで歩けるなんて、こんなにも幸せなことはないと、ゆきは思った。 手をお互いに握り締めて、特別な相手だと認識をしながら歩く。 そのふたりを彩るのが素晴らしき桜並木だなんて、こんなにもロマンティックなことはないのではないかとゆきは思った。 「高杉さんのお家の近くも、随分と綺麗な桜並木ばかりなんですね」 「ああ。このあたりは本当に桜が美しくて、俺も落ち着く。このような場所で、桜を愛でることが出来るなんて、俺は龍神に感謝しないといけないな」 「私も龍神には感謝です。きっと、沢山の有り難うの気持ちが、龍神に伝わっていると思います」 「そうだな」 ふたりで笑顔になりながら、のんびりと歩く。 こうしているだけで、本当に嬉しい。 「高杉さんとこうして桜並木を歩いているだけで楽しくて、幸せです」 「ああ。俺もな」 ふたりで日の光を浴びて、宝石よりもキラキラと輝いている桜の花びらを見つめているのが、何よりも幸せで嬉しかった。 高杉の家に着くと、お茶を淹れて、花見の準備を縁側にする。 この縁側は本当に気に入った。 こうして縁側にいるだけで、なんて幸せなのだろうかと思ってしまう。 優しい春の光を浴びながら、薄紅色に輝く桜を見られるだけで、幸せだった。 「高杉さん、着物を持って来たんです。良かったら着て下さいませんか? へ、下手くそですけれど」 ゆきがドキドキしながら着物を差し出すと、高杉は優しい表情になった。 「有り難うな……、ゆき」 高杉は、まるでご褒美ではないかと思うような笑顔で、ゆきの着物を受け取ってくれる。 ゆきにはそれが嬉しくて、泣きそうになった。 高杉は早速、着物に着替えてくれる。ゆきよりもずっと着付けは上手いから、素早く着られた。 高杉は何処か照れるように笑いながら、ゆきの前に現われた。 「ゆき、これはどうだ?」 「高杉さん……」 高杉はやはり和装をすると男っぷりが上がるような気がする。元々、かなりの美丈夫ではあるのだが、やはり和装はそれを引き立てる。 高杉を見つめるだけでゆきはときめいてしまい、鼓動がマラソンをしている時よりもドキドキしてしまった。 「高杉さん、とてもよく似合っています。ドキドキしてしまうぐらいに」 ゆきがはにかみながら高杉を真っ直ぐ見つめると、フッと安心したような柔らかな笑みを、高杉は浮かべてくれた。 「ゆき、有り難う」 高杉の甘いバリトンに、ゆきは頬を赤らめながら頷いた。 ふたりで縁側に並んで、庭の桜を眺める。 こうしているだけで、幸せに満たされて、ゆきはなんて幸せなのだろうかと思わずにはいられない。 ゆきは、愛しい高杉の艶やかな視線に、一瞬、ドキリとしてしまう。 「高杉さん……?」 「あ、ああ……」 高杉は照れ臭いように目の周りを薄く赤らめながら、少しだけ目を伏せた。その仕草が、とても色気がある。ゆきまでもが真っ赤になってしまうほどだ。 「……お前の和装も、たまには良いものだと思ってな……」 高杉の声がぶっきらぼうに照れている。 ゆきはそれがつい可愛いと思ってしまう。 本当に可愛くて、くすりと微笑んだ。 「有り難うございます」 ゆきははにかんで言うと、恥ずかしくて、耳まで真っ赤になってしまった。 ふたりでお弁当を食べながら、のんびりと桜を愛でる。 平和になって充実している証拠だ。 ゆきは静かに高杉と寄り添いながら、いつまでもこうしていられたら素敵だと思った。 食事の後、高杉は眠くなったようで、縁側で横になる。 「膝枕をしてくれないか?」 高杉の申し出は恥ずかし過ぎるけれども、ゆきは真っ赤になりながら頷いて、それを受け入れた。 高杉に膝枕をしながら、ゆきはとても静かな気持ちになった。 高杉の柔らかな漆黒の髪を撫でながら、優しい気持ちになる。 吹き渡る春風はとても清々しくて甘く、ゆきをときめかせてくれる。 桜の香りが乗った春風は、ゆきをときめかせてくれる、文字通り高杉のようだとゆきは思った。 |