|
記念日は欠かさない。
それは、小松にとっては一つの流儀。
愛するひとが喜ぶことが解っているから。
今夜は、白い花束を片手に、自宅へと戻る。
ゆきが喜ぶ顔を思い浮かべるだけで、小松の表情はほころんだ。
こんなにも誰かを喜ばせたいと、献身的な気持ちになったことなど、今までなかった。
今までは気まぐれに女を喜ばせるふりをして、本当は合理的に手に入れていた。
大した感情など持つこともなく。
小松にとって、今まで、恋愛はただの戯れにすぎなくて、暇つぶしの遊びだった。
人を傷つけずに後腐れなく別れのも得意だったから、今までは何もなく過ごしてきた。
それが、逆に夢中になりすぎる相手が出てきた。
ゆきだ。
龍神の神子として、小松は勿論、八葉や狭間の神様までも惹きつけてしまった少女。
真っ直ぐな心根、素直で穏やかな気性、そして何よりも意志の強さを持ち合わせた少女。
最初は、子供としか思っていなかった。
だが、一緒に居るうちに、かけがえのない相手へと変わり、やがて恋が愛へと変わっていった。
愛しくて、生涯離したくない相手に巡り会えたのは、龍神の導きなのだろう。
今、その導きで、ゆきの時空にいる。
ここは実に合理的で、かつ発展した世界だ。
この時空で愛する者を幸せにすること。
それがここに来た自分の最大の使命だと、小松は思いる。
今夜はふたりが正式に付き合い始めた記念日。
こんな日までお祝いするなんて、よほどの愛妻家だと思われているだろうか、そんなことは小松にはどうでも良かった。
ゆきの喜ぶ顔を見たいから。
自分たちのスタートラインだから、お祝いをしたいだけなのだ。
小松はハイブリットカーを車庫に入れると、素早く自宅玄関に向かう。
愛するゆきが迎えに来てくれることだろう。
小松が鍵開けて中に入ると、直ぐにゆきが走ってきた。
「おかえりなさい、帯刀さん!!」
いつまで経ってもゆきは初々しい反応をする。それが小松には可愛くてしょうがない。
「ただいま、ゆき」
小松は、柔らかな笑顔をゆきにだけ向けると、腕を伸ばして抱き寄せた。
「あ、あの、帯刀さん!!」
小松のいきなりの抱擁に、ゆきは驚いてしまったようで、目を見開いて戸惑っている。
初々しい戸惑いに、小松は思わずフッと微笑んだ。
「君はいつまで経っても初々しいよね。私たちが婚姻してどれぐらい経つと思っているの? 子供もいるのに」
小松がからかうように言うと、ゆきは余計に真っ赤になりながら、軽く睨みつけてくる。
「だって、今のは帯刀さんが悪いんです。だって、急に、そ、その、こんなことをするから」
母親で子どもたちを立に育てているとは思えないほどの初々しさで、小松は思わず微笑んでしまう。
「……どうしたの? いつもはこれ以上のことをしているでしょう?」
ゆきにとっては刺激が大きいようにも思ったが、小松はわざと囁いた。
するとゆきは頭から湯気が出てきてしまうのではないかと思うぐらいに真っ赤になってしまう。
ほんとうに可愛い。
「ゆき、それじゃあ、薬缶だよ?」
「……だけど……」
ゆきが大好きな甘くて良く通る低い声で囁くと、ゆきは更にはにかんでしまった。
本当に可愛い。見ていて全く飽きない。
「お父上!!」
息子たちと娘がようやくゆきに追いつて走ってやってくる。
小松は仕方がなく、ゆきから抱擁を解いた。
「お父上、おかえりなさいませ」
「ただいま。お迎え御苦労さま」
父親の言葉に、息子たちはどこか誇らしいように笑顔で頷いてくれた。
家族みんなで、食堂へと向かう。
この瞬間が、とても温かくて、小松は好きだ。
ずっと厳格な武家の家に育ったからこそ、こうした何気ない温かさがかけがえないと、小松は思わずにはいられなかった。
全員で食卓を囲み、愛するゆきが作った食事を口にする。
ゆきは、小松が好きなものを簡単に作れるほどの料理の腕前になっている。それも、また愛しい。
調教したのかと言われたら違う。
良き夫として、父として、逆にゆきに調教されたのは自分ではないかと、小松は思ってしまう。
食事の後、ゆきは、いつものようにデザートを出してくれた。
小松はそのタイミングで、ゆきに花束を差し出す。
「はいどうぞ。君にとって、今日は大切な日でしょ」
小松がクールにさり気なく花束を差し出すと、ゆきは息を呑んで目を見開いた。
次の瞬間、本当に嬉しそうで、大きな瞳から涙が溢れているのが解った。
「……ありがとう、帯刀さん……」
ゆきは泣き笑いの表情を浮かべながら、小松をまっすぐ見つめている。
子供たちは、母親が急に涙ぐんだものだかあ、心配そうにおろおろとしている。
その姿がまた可愛かった。
「お父上、お母上はどうして!?」
「嬉しいからだよ。今日は私とゆきの特別な記念日なんだよ。あ、君たちには内緒。私たちだけの大切な記念日なんだからね」
小松は少し大人げないと思いながらも、さらりと言って、ゆきの涙を指先拭く。
子供たちはまだ小さいせいか、何が何だか分からないような顔をしていた。
「今日は私たちがお付き合いを始めた、本当に運命の日ですね」
ゆきは、自分たちのベッドルームに花を飾った。
「ありがとうございます、帯刀さん。いつも記念日を覚えて下さって、有難うございます。お花とてもきれいでうれしいです」
ゆきは小松に微笑みかけながら、ベッドの傍ら腰を掛ける。
その姿がとても可愛くて、小松は思わずフッと微笑んで、抱きしめた。
「当然でしょ。君の夫なんだからね」
「はい」
ゆきがはにかんで呟く姿が可愛くて、小松は思わずその唇にしっとりと甘いキスをする。
甘くて、柔らかくて、弾力のあるゆきの唇は、小松にとっては、どんなデザートよりも素晴らしく甘いものだ。
「……これからもずっと、沢山の記念日を重ねてゆこう、ゆき」
「はい、勿論です。毎日が記念日かもしれませんね」
「そうだね」
ふたりは微笑みあった後、そのまま抱き合ってベッドに倒れ込む。
恋の記念日に相応しい夜が紡がれる。
|