小松と付き合うようになって、そろそろ5年。 随分と恋人関係を続けてきたものだと、ゆきは思う。 だが、時々思うことがある。 小松は、本当にゆきを恋人だと思ってくれているのだろうかと。 甘い愛の言葉が、ほとんどないからだ。 甘い意地悪はあったとしても、そこには愛の言葉は皆無だ。 ただ、ゆきをからかって楽しんでいるだけなのではないかと、思わずにはいられない。 もしそうならば、ゆきは小松の妹やペットの役割をしているのに過ぎないことになる。 本当の気持ちが知りたい。 本当の事が知りたい。 ゆきはもやもやとした日々を過ごしているのだ。 小松に本当のことを訊いてしまうのが良いのかもしれない。 そうしたら、ゆきは、小松から見捨てられてしまうのではないだろうか。 ゆきはついネガティブなことばかりを考えてしまう。 不安になるのは、やはりそれだけ小松を愛しているということなのだろう。 だから失いたくなくて、ゆきは切ない想いをしてしまう。 小松から別れを切り出されたら、一体、どうして生きてゆけば良いのかも、ゆきは全く解らないから。 小松からのデートの誘いを、ゆきは待ち合わせ場所までいそいそと、そこまで向かった。 折角の貴重な小松とのデートだから、ゆきは大人びたファッションで決めたというのに、待ち合わせ場所近くにまで来ると、急にしおらしくなってしまう。 いくらきれいにしたとしても、小松は何もわかってくれてはいないだろうから。 ゆきは不意に小松が消えてしまうのではないかと、そればかりを見てしまう。 自信がないから、最近は、このようなことばかりを思ってしまうのかもしれない。 小松の姿が見えて、ゆきは緊張してしまう。 甘い緊張というよりは、嫌われていないか考えてしまうような緊張だった。 「ゆき、待たせたね」 小松は相変わらずクールに挨拶をすると、ゆきを見つめる。 こうしてふたりきりで会っているというのに、小松は冷静沈着に見えた。 ゆきは切なさを通り過ぎて、苦しくなる。 どうして小松はいつもこんなにもクールなのだろうか。 ゆきは切なくなる。 ゆきは好きなのは自分だけではないかとつい思ってしまう。 ゆきが感情を湛えた瞳で小松を見たが、全く動じなかった。 「あ、はい」 小松はゆきの手を強引に取ると、そのまま足早に歩いていく。 いつもより力強い。 何処か怒っているようにすら思えた。 車に乗せられて、ゆきは不安な気持ちになりながら、ステアリングを握る小松を見つめた。 どう見ても、小松が怒っているようにしか見えない。 ゆきは更に萎縮をしてしまう。 小さくなりながら、ゆきが小松の様子を伺っていると、彼は視線をこちらに向けてきた。 「ゆき、何か言いたいことでもあるの?」 温かみが余り感じられない声で、小松は呟く。 「……言いたいことって……。小松さんこそ、あるんじゃないですか?」 「私は何もないよ……。君はかなり不安そうにしているけれども、何かあったの?」 「……何も……」 ゆきは、まさか、小松からの愛の言葉がないから、不安になっているとは、なかなか言えなかった。 言葉尻をもごもごと濁していると、小松が不信そうにゆきを見つめていた。 眼鏡の奥の瞳は、剃刀のように鋭く光っている。 「……ゆき、今日のデートは中止だ」 小松はいきなり爆弾をゆきに投げてくる。 ゆきは息を呑んで、ただ目を見開く。 不安と焦り等、嫌な気持ちが心を苦々しく支配した。 ゆきは車から降ろされると思い、周りを見回して、今はどのあたりに居るのかを確認した。 だが、車はスピードを落とす気配はなく、そのまま行き先を変更しているようだった。 待ち合わせをした駅か、ゆきの自宅まで送ってくれるのだろう。 小松のことだから、何処かにゆきを放置するということはない。 ゆきは少しだけホッとしたが、最悪な気分は同じだった。 小松を怒らせてしまったのだから。 ゆきは、小松の顔をまともに見ることが出来なくて、ずっと俯いたままだった。 車内では全く会話はなく、険悪なムードが漂っている。 ゆきも居心地が悪くて、まるで針の筵にでも座っている記聞だった。 車のスピードが緩やかになる。 ゆきはようやく顔を上げると、小松の自宅近くだということに気づいた。 ここからならば、流石のゆきも帰る事が出来る。 交通の便も悪くはないからだ。 ゆきは車から降りたら、謝って素直に家に帰ろうと思っていた。 小松の車が、いつもの駐車場に停まった。 小松は素早く先に車から降りてしまう。ゆきのことを気にかけないぐらいに、どうでも良いことだと思っているのだろう。 ゆきは車から降りたら、直ぐに駅に向かおうと思っていた。 たが、ゆきが車から降りようとすると、小松が助手席のドアをいきなり開けて、ゆきの手を強引に取ると、そのまま強引に車から降ろされる。 「……行くよ」 有無を言わせないような力強さで言うと、小松はゆきを引っ張ったまま自宅へと向かう。 びっくりしてしまうぐらいの力強さに、ゆきは戸惑ってしまった。 小松はかなり怒っているように見える。 小松の自宅でたっぷりと怒られてしまうのだろうか。 ゆきは不安な気持ちで考えてしまう。 小松の自宅に入ると、いきなりリビングのソファーに座らせられた。 小松は、ゆきを見下ろすような格好で、仁王立ちで目の前に立つ。 かなり怒っているのは、オーラで感じられた。 「……ゆき、君は私に何かを隠しているよね。ちゃんと言うまでは、君を返してはあげられないよ」 小松はキッパリと言うと、ゆきを鋭く見据えてくる。 小松の厳しい眼差しには、逆らう事が出来ない。それを分かっているからこそ、眼差しで厳しく威圧をしてくるのだろう。 厳しい駆け引きの世界にいた小松だけあり、やはり目力は相当のものだ。 視線だけで相手を納得させる強さがある。 ゆきなんてひとたまりもない。 小松の追及する眼差しに抵抗出来る人間なんて、そんなにはいない。 ゆきは恐ろしくて揺れる心を落ち着かせようと、ゆっくりと深呼吸をした。 なんとかなる。 大丈夫だと自分言い聞かせて。 ゆきが切なさと怖さで潤んだ瞳を小松に向ける。 小松の眼差しは冷徹なままだ。 それに怯まないようにと自分を奮起させて、ゆきはもう一度深呼吸をして、腹をくくった。 大丈夫だから。 本当の素直な気持ちを話せば良いのだから。 「……小松さん……、私……、不安なんです」 ゆきは素直に小松に告げる。 「不安……?」 小松は眉根を寄せて、ゆきを見つめる。想像していなかったことを、ゆきから告げられたからかもしれない。 「……不安……。どうして?」 小松はゆきの視線と合わせる為に、軽く屈んで手を握ってくれる。 目線が同じに、完全にフラットになると、小松が心配そうに見つめてくれていることが、ゆきには感じられた。 握りしめられた手からは、小松の優しさが伝わってくる。 完全に素直な気持ちが話せる。 ゆきはそう思った。 「……小松さんが、最近、愛の言葉をくれないから、私……、愛されているのかが、不安になって……」 ゆきが涙声で素直な気持ちを告げると、小松はオドロイタ様子で見つめてきた。 「そんなことが、あるはずないじゃないか」 半ば呆れながらも、小松はしっかりとゆきを抱き締めてくる。 息が出来ないぐらいにしっかりと抱き締められる。 切迫した小松の想いを感じて、ゆきは泣きそうになった。 「ゆき……。私は君と一緒にいることが、一番の願いなんだ。それを忘れないで欲しい……」 小松は低い哀しげな声で呟くと、ゆきに甘いキスをしてくれる。 暖かくて甘いキスに、ゆきは愛を感じて涙をこぼした。 「私ばかりが愛していると思っていました……」 「……そんなこと、あるわけないじゃない。私は、ただ、愛の言葉を言うのが、余り好きじゃないだけなんだよ……」 「……好きじゃない?」 「……何度も安売りのように言うと、愛の意味が薄まるような気がして、好きじゃない」 小松は本当に毛嫌いをするように言うと、ゆきをいきなり抱き上げる。 「……え……?」 「……愛の言葉も、愛の証も、たっぷりと可愛がりなから、教えてあげるよ。君をどんなに愛しているかも……ね?」 小松は甘く微笑むと、そのままゆきをベッドルームへと運んでいった。 |