*風邪引き*


 小松と折角のデートだというのに、ゆきは夏風邪を引いてしまった。

 だが、ゆきはどうしても小松とふたりきりの甘い時間を楽しみたくて、夏風邪状態を誤魔化して、デートに行くことにした。

 喉の痛みと少しばかりお腹が痛いだけだから、何とかしようと思う。

 風邪薬も飲んだことだし、何とかなるのではないかと、ゆきは思う。

 眠ってしまわないように、それだけを気をつけて、ゆきはお洒落に専念する。

 ルージュを塗れば、顔色が良くなるから、何とかなるだろう。

 ゆきはそう思いながら、お洒落をする。

 大好きなひとと一緒に、甘い時間が過ごせるならば、風邪の不快な症状なんて、直ぐに何とかなるだろう。

 ゆきはそう思いながら、小松との約束の場所に出掛けて行った。

 

 待ち合わせ場所に行くと、直ぐに小松の車がやってきた。

 忙しいのに、相変わらず時間には正確だ。

「お待たせしたね、ゆき。車に乗りなさい」

 小松はいつものように車から降りて、ゆきをエスコートしてくれる。

 いつも然り気無くレディファーストで優しい。

 それが、小松の良いところなのだ。

 ゆきはふと、小松の顔色が悪いことに気づいた。

 無茶苦茶悪そうには見えないが、然り気無く顔色が悪いのだ。

 これにはゆきも心配になってしまう。

 じっと見つめながら、駒津の様子を見た。

「……小松さん、余り体調が良くないんじゃないですか?」

 ゆきが言うと、小松はあからさまに不快そうな表情になる。恐らくは図星なのだろうと、ゆきは思った。

 ふと、小松もゆきの様子を見る。

 鋭く光る眼差しは、総てをお見通しだと言わんばかりだ。

「……ゆき、君、体調が悪いんでしょ?」

 今度はゆきが小松に痛いところを突かれてしまった。

 確かにゆきも夏風邪で調子が優れない。

 流石にこの指摘には、ゆきも黙りこんでしまう。

 ゆきはただじっとしているしかなかった。

 このままだと、今日のデートは中止だと言われてしまうだろう。

 流石にそれは嫌だった。

 ゆきは泣きそうな表情を浮かべて、つい小松を見つめてしまう。

 気分は余り良くない。

 だが、小松とは一緒にいたくてしょうがない。

 このままあえなくなるなんて嫌だ。

 折角、こうして一緒にいられる時間が出来たのだから。

 とはいうものの、ゆきは上手い反論を思い付くことが、出来なかった。

 ゆきの沈黙に、小松は深々と溜め息を吐いた。

「……これで、行先は決まったね。ゆき、車に乗りなさい。行くよ」

 小松は刀のように切れ味が抜群の声で呟くと、車に乗るように促してきた。

 分かっている。

 今日のデートは中止だということなのだろう。

 それは余りにも切ない。

 どうせ家まで強制送還なのだろう。

 ずっと楽しみにしていた待望のデートなのに、総てが音をたてて崩れていく。

 ゆきはなかなか躊躇ってしまい、車に乗り込むことが出来なかった。

「……早く乗りなさい。君はバカなの!?」

 懐かしの台詞を云われて、ゆきは怯んだ。しょうがない。

 風邪を引いてしまったことは、事実なのだから。

 ゆきは溜め息を吐きながら、仕方がなく車に乗り込んだ。

 車は静かに走り出す。

 ゆきは、切なくてしょうがなかった。

 だが、車は、ゆきの家とは違う方向を走っている。

 家に強制送還でなければ、いったい、何処に行くのだろうか。

 ゆきは、家に帰されないと知って、安堵の溜め息を吐いた。

「……どうしたの、あからさまな溜め息を吐いて」

「……家に帰されなくて済んで良かったって思って……。小松さんのそばにいたかったから……。デートを楽しみにしていたから……」

 ゆきが素直な気持ちを伝えても、小松は冷ややかな反応だった。

 そのまま小松は黙って車を走らせる。その先には、小松の自宅があった。

 小松は、自宅の駐車場に車を入れる。

 今日は、“おうちデート”にしてくれたのだろう。

 小松らしい優しい気遣いに、ゆきは泣きそうになるぐらいに嬉しくなった。

「……小松さん、ありがとうございます……。私、とても嬉しいです。……どうしても、小松さんと一緒にいたかったから……」

 嬉しくて笑っているのに、何故だか涙ぐんでしまう。

 自分の泣き虫ぶりに、また泣きそうになってしまった。

「……ったく。こんなことで泣きそうにならないの。往くよ、ゆきくん」

 小松は呆れ返るように言うと、溜め息を吐いた。

 そのまま然り気無く、手をギュッと繋いでくれる。

 息が出来ないぐらいにしっかりと手を握りしめられて、ゆきは胸が切なく鳴り響くのを感じた。

 小松に手を引かれたままで、家のなかに入る。

 その瞬間に、息が出来ないぐらいに抱きすくめられた。

「……君はどうして、そういちいち可愛いことばかりを言って、可愛いことばかりをするの?」

 小松は声に恋情を乗せるようにして呟いた後、ゆきに深い口づけをしてくる。

 甘いのに幸せで胸が迫るように切なさが秘められている。

 幸せすぎるキスに、ゆきはまた泣きそうになってしまった。

 キスの後、小松はゆきの額に、軽く自分の額をつけてくる。

「……ゆき、無理はするもんじゃないよ。君は無理をしすぎ。私が心配するって思っていないの?」

 小松の言葉から、優しさが迸ってくる。

 それを受け止めながら、ゆきは胸がいっぱいになった。

「ごめんなさい、小松さん……」

「分かれば良いよ、分かればね。ゆき、今日は横になろうか。私も横になろうかな」

 小松の口ぶりを聞いて、やはり気分が余り優れないことを、ゆきは悟った。

「……小松さんも夏風邪ですか?」

「野暮なことは言わなくても良いの。ゆき、行くよ。君と一緒にいれば、私は場所なんて何処でも良いからね」

「私もです」

 ゆきがはにかみながら言うと、小松はフッと笑みを浮かべる。

「さあ、行こうか。お互いに寄り添って眠ったら、風邪も早く治るって思わない?」

「はい」

 互いの癒す力があれば、風邪なんて本当にあっという間に治る。

 小松はゆきを抱き上げると、そのままベッドルームへと向かう。

 いつもと違ってセクシャルな意味合いなんてないから、安らいだ気持ちになれる。

 ゆきは小松に甘えるようにして、総てを預けた。

 ベッドに優しく寝かされた後、小松がその横にするりと入ってくる。

 抱き締められると、とても心地が良かった。

「……ゆき、おやすみ。お互いに良い夢を見ようか」

「はい」

 ゆきは微笑みながら頷くと目を閉じる。

 直ぐに快適な眠りは訪れて、緩やかに風邪を癒すことが出来た。

 勿論、小松も。





モドル