「……ゆき、反省してる?先程のことは、君が悪いんだよ?」 小松にピシャリと言われて、ゆきは頭に来る。 小松をつい睨んでしまう。悔しくて、瞳には涙がたっぷりと滲んでいた。 喧嘩の起こりはつい先ほど。 雨が降ったことがきっかけだった。 小松からは遅れると連絡があったらしいが、ゆきはそれに気づかずにずっと待っていた。 携帯電話の電源を入れるのを忘れていたのだ。 待っているうちに雨が降ってきてしまい、何処かで雨宿りをしなければならなかったが、小松がいつ来るかが分からなくて、雨が降るなかでつい待ってしまった。 その結果が全身ずぶ濡れだ。 小松が車でやってくるなり、真っ先に怒られたのだ。 「君は馬鹿なのっ!? 私は遅れるって連絡をしておいたのに、どうして雨の中で、ぼんやりと待っているの!!」 連絡なんて貰ってはいないと思いながら携帯電話を見ると、電源が入ってはいなかった。 これにはゆきも迂闊だと思った。 「……電源が入ってなかったです……」 ゆきがぼんやりと呟くと、小松は余計に厳しい眼差しを向けてきた。 「本当に、呆れる以前の問題だよ。君は」 厳しい言葉を次から次へと浴びせられて、ゆきは段々小松に対して腹がたってきた。 そもそも、小松が時間通りに来てくれていたら、このようなことにはならなかったのに。 「帰ります。家でこの格好を何とかして、今日は寝ます!!!」 頭ごなしに怒らなくても構わないだろうにと、ゆきは内心思いながら、そのまま走って小松から逃げる。 雨で体はますます濡れて、寒くなる。 頬を濡らすのは、雨なのか悔し涙なのかが、ゆきには解らなくなっていた。 一生懸命走っていたつもりなのに、誰かに思いきり二の腕を捕まれる。 一瞬息を呑むと、そのまま逞しい腕に引き寄せられた。 知っている腕。 本当によく知っている腕だ。 身体を引き寄せられて見上げると、冷たい怒りを滲ませた小松の瞳に捕らえられる。 「君は馬鹿なの!? 君以上の馬鹿とは知り合ったことはないよ!!」 小松はいきり立つようなキツイ論旨で言うと、ゆきを乱暴に引き寄せる。 小松の怒りは相当なもので、ゆきを不安にさせる。 こんなにも小松がおこるなんて、初めてだ。 ゆきは恐ろしくて、もがいて腕の中から逃げ出そうとした。 しかし、小松は許してはくれない。 むしろ、ゆきを憎んでいるようだ。 早く逃げ出したい。 だが、もがけばもがくほどに、強い力で抑え込まれた。 「……私から逃げられると思っているの?」 小松の冷たく怒った顔が近づいてくる。 整った顔で怒られるのが怖くて、ゆきが顔を反らそうとさした瞬間、いきなり唇を塞がれた。 荒々しくて息が出来ない。 こんなにも激しくキスをされるなんて、思ってもみなかった。 総ての酸素が奪われて、痛いぐらいに唇を吸い上げられる。 小松の胸を押し返そうとしても、全く動かなかった。 腰をしっかりと抱かれて、動かないようにされる。 どうしても上手くいかない。 窒息してしまう。 そう思ったところで、ようやく唇を離された。 唇を咬まれたせいで、うっすらと血の味がする。 痛みにゆきは思わず舌先で唇をなぞった。 「……ゆき、行くよ」 腕を捕まれて、そのまま車まで連れていかれてしまう。 泣きたくてたまらなくて、ゆきは顔をくしゃくしゃにする。 「帰りたい……」 「帰さないに決まっているでしょ」 小松に冷たく云われて、ゆきは益々落ち込んでしまう。 帰りたいのに、帰れない。 同時に帰りたくない自分がいることを、ゆきは十分に解っている。 だからこうして抵抗できないのだ。 それを小松はよく解っているからこそ、こうして連れて行くのだろう。 ゆきは惨めな気持ちでトボトボと小松に着いて歩いた。 車の前まで来ると、ゆきは乗りたくなくなって、首を横に振る。 「このままだと風邪を引くでしょ!?」 「風邪を引いても良い……。小松さんの車を洪水にして怒られるよりは良いから……」 頑ななゆきに、小松は呆れ果てるとばかりに、大きなため息を吐いた。 「私もびしょ濡れだから一緒だよ。車に乗りなさい」 小松はまるで父親のように言うと、助手席側のドアを開けてくれた。 結局は、小松の優しさには弱いのだ。 ゆきは車に乗り込んだが、何もしたくなくて、そのままぽんやりとシートに腰かけた。 「……シートベルト」 小松に冷徹に指摘されるのを聴きながら、ゆきはぎこちない手つきでシートベルトをした。 小松は確かめると、直ぐに車を走らせる。 家まで送ってくれるのだろう。 こんな格好で帰ってきたら、母親が驚くだろう。 そんなことをぼんやりと考えていると、車は小松の自宅マンションに着いた。 「行くよ。その濡れ鼠を何とかしないといけないでしょ」 小松はゆきの手を取ると、そのまま引いて自宅へと向かった。 小松の家に入ると、ゆきは玄関先を水浸しにしてしまう。 「……ごめんなさい……」 「謝る前にお風呂に入ったら? 服は今の時期なら吊っておいたら乾くよ」 「あ、ありがとうございます……」 暗い声で言う間も、ゆきは小松とは目をあわせなかった。 小松がしょうがない女だと思っているのは解ったが、ゆきは拗ねることを止められなかった。 バスルームに入って、ゆきはシャワーを浴びた後、バスタブに浸かる。 ゆらゆらと湯船につかっていると、段々と冷静になってゆく。 小松と小さなことで喧嘩をしてしまったことが、悔やまれてならない。 ゆきは何度も溜め息を吐く。 元はといえば、ゆきが携帯電話の電源を入れていないことが原因なのに。 小松に八つ当たりをしてしまった。 ゆきは落ち着いてくれば、くるほど、溜め息を吐いてしまう。 どうしたら上手く謝れるのか。 そればかりを考えてしまっていた。 ふと人の気配を感じて、ゆきは顔をあげる。 すると小松がバスルームに入ってくるのが見えた。 ドキドキし過ぎて、ゆきは慌てて小松に背を向ける。 小松の身体を見たのは初めてではないけれど、美しく鍛えられた小松の身体を見るだけで、妙なテンションが上がって恥ずかしくなった。 肌を震わせて湯船に浸かっていると、小松が湯船に入ってくる。 ちょうどゆきの後ろの部分に腰を下ろすと、いきなりギュッと抱き締めてきた。 「……あ……」 甘い声がつい漏れてしまう。 小松は首筋にキスをすると、ゆきを求めるように何度も唇を肌につけてくる。 やがて、唇にキスが下りてくると、そこからはもう止められなくて、何度もキスを、交わす。 キスが深くなるごとに、お互いに謝罪の想いが伝わってくる。 愛しているからキスを通じて感じられた。 息が出来ないぐらいにキスをした後、ふたりはお互いに額をつけた。 「……ごめんなさい……」 「……ゴメン……」 素直な気持ちになった後、ふたりはキスをする。 今度はとっておきに甘いキスを。
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