*無防備な瞳*

前編


 小松がこの世界に来てくれてから、ゆきの世界は変わった。

 以前と同じ環境を手に入れたというのに、何故だか世界が違う。

 あの世界で経験したことが、ゆきにとっては大きなプラスになったことは確かだが、それ以上に恋をすることを知った。

 それが大きいのではないかと、ゆきは思わずにはいられない。

 以前は、恋なんて全く興味がなかった。

 だが今は、本当に恋は素晴らしいと思う。

 友人たちとも恋の話をするようになった。

 ゆきも年頃になり、所謂、“子供”のカテゴリーからは脱却しつつある。

 ゆきにとっては、恋の更なるステップアップが気になるところだ。

 大好きなひととは、きちんとお付き合いをさせてもらっている。

 大好きなひとは、ゆきに大切な想いを、いっぱい感じさせてくれている。

 だからこそ、更なるステップアップがしたいと思ってしまう。

 彼のいる女の子たちは少しずつ経験を、始めている。

 そんな話を耳にする度に、ゆきは自分も大好きなひとと……。と、つい考えてしまう。

 だが、自分からはそんなことは口に出すことすら出来ない。

 ゆきは胸が切なく疼くのを感じながら、その先のことを言い出せないでいる。

 しょうがないとは思っている。

 ゆきは溜め息を吐くと、どうすれば更なるステップアップに繋がるのだろうと、考えてしまっていた。

 

 今日も小松とデートだ。

 久しぶりのデートに、ゆきはついダンスをしたくなるような、そんな気分になってしまう。

 いつもからかいながらも、小松はあくまで紳士的に対応してくれる。

 いつも家まできちんと送ってくれるし、ゆきを優しくケアしてくれる。

 今日はいつもよりも大人っぽくするために、ゆきはシンプルなワンピースに身をまとい、髪をアップにして、メイクもした。

 こうすれば、少しは綺麗な大人の女性になれるだろうか。

 そんなことを想いながら、ゆきは待ち合わせ場所に向かった。

 友人たちが、「自分から磁石になって彼を引き付けるほうが良いよ」と、話をしているのを聞いて、ゆきは自分がそうならなければと思い、今日は一所懸命お洒落をしたのだ。

 大好きなひとには、いつも、綺麗だと思っていて欲しい。

 ゆきはそれだけの想いで、お洒落をした。

 小松は気に入ってくれるだろうか。

 ゆきはドキドキしながら、大好きなひとがやってくるのを待った。

 すると小松がいつものように颯爽とやってくる。

 やはり姿を見るだけで、未だにドキドキしてしまうぐらいに、小松のことが大好きだ。

「お待たせしたね、ゆき」

「こんにちは、小松さん」

 ゆきが頬を真っ赤にしながら挨拶をすると、まるで値踏みをするかのように、小松にじっと見つめられた。

 それだけで、細胞の総てがざわついてしまうぐらいに、ドキドキした。

 何か言われるのかと思い、ゆきは一瞬、期待をしてしまった。

 しかし、小松は本当に何も言わなかった。

 ただ、ゆきの手をギュッと握り締めてくる。その強さに、ゆきは更にときめきが上がってくるのを感じていた。

 手をしっかりと繋いで駐車場まで行くと、小松は車に乗せてくれる。

 ゆきは車に乗ると、ドキドキしながら助手席に腰かけた。

 今日は妙に緊張してしまう。

 同時に、ゆきはどうして良いかが解らなくて、何だかいつもより小さくなった。

 何だか今日の小松からは、男らしい雰囲気がより感じられる。

 それもゆきがドキドキすると感じられる男らしさだ。

 そばにいるだけで、強く抱き締められたいと思ってしまう。

 それぐらいに小松を意識してしまう。

 本当に大好きなひとで、愛しているひと。

 こんなにも愛しいと思ったひとは他にはいない。

 だからこそ、余計に“異性”として感じてしまうのだろうかと、ゆきは思った。

 いつもよりは大人の女性を意識していることを、小松からは全く指摘を受けない。

 それが何だかしょんぼりとしてしまう。

 まるで小松に女性として認められていないのではないかという気持ちにさせられたから。

「ゆき、何をそんなにぼんやりとしているの。着いたよ」

 小松にいつものようにクールに言われて、ゆきはハッと我にかえった。

「あ、ごめんなさい、小松さん」

 ゆきが慌ててシートベルトを外そうとして、いきなり強く抱き締められる。

「ゆき、今日はぼんやりとしない。命令」

 小松は甘い意地悪さを滲ませながら呟くと、ゆきの唇を甘く塞ぐ。

 いつも以上に大人のキスに、ゆきはうっとりとし過ぎて、更にぼんやりとしてしまう。

 いつも以上に角度が深い大人のキス。愛撫も容赦はない。

 ゆきは、小松にしっかりとしがみついていないと、キスの甘い罠に耐えきられそうになかった。

 肌が震える。

 いつも以上に。

 こんなにも激しい感覚は、他にはないのではないかと思ってしまう。

 車の中で、何度も何度もキスをして、こんなにもキスをされたら、当分、車から出られないのではないかと思うぐらいに、ゆきは何度もキスを受けた。

 今まで以上に大人のキス。

 これ以上ないのではないかと思うぐらいだ。

 息が出来なくなるぐらいまで、しっかりと何度もキスをされた後、ゆきは何も考えられなくなっていた。

 小松に抱き締められながら、アップして剥き出しになったうなじを、意味ありげに撫でられる。

 背筋が震えてしまうぐらいの甘さに、ゆきはつい熱い吐息を溢してしまう。

「……君は私を誘っているの?」

 小松は、ゆきの瞳を真っ直ぐ見つめてくる。

 ぶれることのない真っ直ぐな瞳に、ゆきは逸らすことが出来ない。

「……誘ってなんかいないですよ」

「君の女の部分が、私を誘っているんだよ……。ゆき、解っている?男の前で、無防備と無意識は罪なんだよ?ましてや、相手が君を愛していたなら余計に……」

 小松はくぐもった声で呟くと、ゆきを戒めるように唇をかるく咬んだ。

「行くよ。今日は私からは絶対に離れないこと。命令だから」

 小松はピシャリと言うと、車を走らせる。

 小松に咬まれた場所がジンジンする。ゆきは思わず、唇を舌先でなぞった。

 すると、車が急に止まる。

 小松が呆れ果てるように溜め息を吐いた。

「……君は何を聞いていたの……。私は言った筈だよ。男を無意識に無防備に挑発をするな、と」

「そ、そんなつもりはないんですけれど……」

 ゆきがたじろぎながら言うと、小松はギュッ抱き寄せてくる。

「今日のデートは中止だよ」

 ピシャリと言われて、ゆきは泣きそうになった。

「……私の家に向かうよ」

 言葉の響きにゆきはドキリとする。

 この先に何があるかを想像するだけで、胸が甘くざわめいた。





モドル ツギ