*名前を呼んで*


 一緒にいられる。

 連理の枝と同じように。

 小松もゆきも、それが今、一番の幸せだ。

 異世界だろうが、現代社会だろうが、それはゆきたちには関係ない。

 ただ、ふたりで共に歩いていければ満足なのだ。

 ゆきは、小松の背中をパタパタと追いかけてゆく。

「小松さん!」

 小松の姿を見つけると、つい抱きついてしまいそうになる。

 名前を呼ぶと、小松はフッと甘く微笑んで、その手を握り締めてくれた。

「ゆき、君はいつになったら、小松さんから昇格するのかな?帯刀さんとは、言えないのかな?」

 小松は甘い眼差しを浮かべながらも、何処かがっかりしたように言う。

「……だって、なかなか恥ずかしいですよ。小松さんを、帯刀さんと呼ぶのは……」

「今、呼べたでしょ?」

「そ、それは、意味が違うかと思いますが……」

「とにかく。今後、私を帯刀と呼ばなければ、一切、返事をしないからね」

 小松にピシャリと言われて、ゆきは言い返せない。

 やはり、大好きなひとの名前には特別な意味合いがあるように思えて、ゆきはドキドキし過ぎて上手く言えない。

「……た、帯……刀……さん」

「駄目だね。全くなっていないね。君、名前は大切なものだということは、ちゃんと分かってはいるのかな?」

「それは、分かっています」

 大事なものだからこそ、なかなかきちんと呼べないのだ。

 小松はゆきの手をしっかりと握り締めながら、ゆっくりと歩いてゆく。

 ふたりで落ち葉を踏み締めて歩くのは、幸せなこと。

 この戯れなやり取りも、二人がずっと一緒にいられるからこそだ。

「さあ、ちゃんと名前を呼んで貰えないと、私は返事をしないからね」

 小松はさらりと冷たく言う。それが、わざとであることは、ゆきには充分過ぎるぐらいに分かっている。

「そんな意地悪です」

 拗ねた気分でゆきが言うと、小松はさらにつんとした態度に出た。

「君も知っているでしょ。私は昔から、とても意地悪だってことはね。君の世界では、ドエスとでも、言うのだっけ?」

「 小松さんは、ドエスというよりも、やんわりエスだと思います」

「また、小松さんと言った」

 小松は低い声で、わざとらしく指摘してくる。冷たく低い声は意地の悪さと小松の魅力のどちらも表していた。

「……お仕置きかな?ゆき」

 意地悪さを楽しんでいるような小松に、ゆきは逃げられない。

 それですらも魅力的だと感じてしまうから。

 小松は素早くゆきを引き寄せると、そのまま唇を奪ってきた。

 ほんの一瞬の出来事に、ゆきは心臓を跳ねあげさせる。

 誰が見ているのか分からないというのに、小松はゆきの唇を堂々と奪ってきた。

 これには驚かずにはいられない。

「……ひとが見ているかもしれないのに……」

 恥ずかしくて、ゆきは真っ赤になりながら俯く。

「人が見ていようが、いまいが、私には関係ないよ。それに言ったでしょ?……これはお仕置きだって……」

 艶やかな小松の声で囁かれたら、ゆきは鼓動がどうかなってしまいそうだ。

 ゆきが恥ずかしさの余りに震えていると、小松はくすりと笑った。

「良いお仕置きだったでしょ?」

「知りません!」

 小松の言葉に、ゆきは拗ねる。だが、何処かにんまりとしてしまうのも事実だった。

 ふたりで手を繋ぎ、ただこうしてゆらゆらと歩くこと。

 それだけでも、たっぷりとときめいてしまう。

 とっておきのデートをしていると、感じずにはいられなかった。

 この時間が愛しい。

 この時間がかけがえのないもの。

 ゆきは、それを強く感じることが出来、幸せだと思った。

「さてと。お嬢さんをそろそろ喜ばせないといけないかな。どこかカフェでも入ろうか?」

「カフェよりも、もう少し、帯刀さんと一緒に歩いていたいです」

「では、もう少し歩こうか」

「はい」

 手をしっかりと握り締めながら、ふたりで歩いてゆく。

「こうして、いつまでも一緒に歩いていける関係なら良いね」

「はい」

 人生を小松と一緒に歩いていければ良いと、ゆきは強く思う。

 小松とふたりで手をしっかりと繋いでゆけるのならば、こんなにも素敵な人生はないだろうと思った。

「ゆき……」

 木陰に差し掛かったところで、小松に声をかけられ顔をあげると、いきなり、樹の裏側に引きずり込まれた。

 そのまま抱き締められると、唇が生々しく重ねられた。

 先程の戯れなキスとは程遠い、かなり激しいキスだった。

 ここが外だと思えないぐらいに、小松は激しく口付けてきた。

 ひとりでは立てないほどのキスに、小松はしっかりと抱き締めて、支えてくれた。

 激しい口づけのあと、ゆきはぼんやりとした眼差しを小松に向ける。

「君は本当に可愛いね。その唇で、今度こそ、私の名前を呼んでみなさい……」

 名前を呼ぶのは、やはりまだ恥ずかしい。

「恥ずかしいです」

「外でキスが出来るのに?」

 小松はあくまで意地悪く言う。

「それは小松さんが勝手に!」

「罰金だよ、小松さん呼びは?」

 小松は魅力的な意地の悪い笑みを浮かべる。

「お仕置きの次は罰金ですか?」

「……そうだよ。キスの罰金だ……」

 小松は逆らえないほどに魅力のある眼差しをゆきに向けてきた。

 逆らえるはずがない。

 それほど小松は素敵だった。

「君が私を帯刀と呼ばない限りは、罰金を支払ってもらうことになると、思うけれどね」

 甘い罰金。

 人前でなければ、いくらでも支払いたい罰金だが。

「罰金は必ず人前で払って貰うからね。そのつもりで……」

「……えっ!」

「されて良いことなら、おしおきにならないし、嫌なことをしなければ、罰金の意味なんてないからね。だから、君が一番嫌がる、人前での口づけだよ」

「イジワルです!小松さん!」

「小松さん、ってまた言ったよね。しょうがないね……。また、お仕置きだよ……」

 困ったように溜め息を吐きながら、小松はゆきを見る。だが、その瞳の奥には、いたずらめいた笑みが滲んでいる。

「……おしおき」

 小松は、人通りが途切れた一瞬の隙を狙って、ゆきを引き寄せて、とっておきに甘いキスをする。

 触れるだけなのに、甘くて蕩けるようなキスだ。

 まるで御褒美のようなキスに、ゆきはうっとりしてしまった。

「……これでは、お仕置きにはならなかったようだね……」

 小松はくすりと笑うと、ゆきの手をギュッと愛情込めて握り締めてくれた。

 おしおきもたまには良いかもしれない。




 モクジ