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相手は大人で老成しているが、せめて一緒にいても、おかしくないようになりたい。 それがゆきの願いだ。 いつもその背中を追いかけてばかりだ。 だからこそ、せめて一緒に歩きたいと思っている。 いつも小松は、ゆきを最上級のお姫様のごとくに、扱ってくれている。 だが、本当は、お姫様というよりは、同等のパートナーとして、見て貰いたいと思っている。 デートも、いつも過保護に迎えに来てくれている。それが嬉しいのと同時に、まだまだ子供扱いされていると、不安な気持ちが残ってしまう。 待ち合わせで良いのにと、つい思ってしまう。 ただ、小松がきちんと送り迎えをしてくれているので、両親はかなり安心してくれているのは確かなのだが。 今日も、結局は自宅まで迎えに来てくれたのだ。 ゆきはいつものように、車に乗り込む。 「今日は久々にゆっくりしたいと思っているけれどどうかな?人混みには行きたくない気分でね」 「はい。私も出来たらのんびりと静かにしたいです」 小松は頷くと、薄く笑った。 「この世界はとても刺激的で良いところもあるけれど、私としたら、頭を休める時間がないと思ってね。やはり、頭を休め、気持ちを休める時間は必要だと、私は思うからね」 小松に指摘されて、ゆきは初めて気がつく。確かに、この世界はのんびりとしたところがないように思えた。 「そうですね。私もいっぱい、いっぱいかもしれません」 「そうかもしれないね……」 小松は少し疲れたような表情をする。 ここにいると必要な情報だけではなく、不必要な情報まで沢山入ってくる。 それも自分では、なかなか消化できないほどの量だ。 これに対して、かつていた世界は、今よりもずっと重い難題が山積だったのに、心と頭を休める時間はあった。 怒濤のような時間の流れなのに、何処かのんびりとしているところがあるからかもしれなかった。 「自然を見ると、少しはリラックス出来るからね。少し緑を見たい」 「はい」 車は緑と寺社仏閣が織り成す、古都へと向かっていた。 車を駐車場に置き、のんびりと歩いて散策することにした。 「座禅や写経も出来るそうだよ」 「それは落ち着きそうです」 ふたりで手を繋いで、ゆっくりと歩き出した。 瑞々しい緑が多いせいか、ただ歩いているだけで気持ちが良く、とても癒される気分だ。 色々なことでいっぱいになっている心が、すっきりとこなれてきた。 小松に追い付きたいだとか、そんなことは余り考えなくなっている。 気持ちがすっきりとしてくる。 こうして自然のなかで、ただ手を繋いで歩いていたら、大人だとか大人ではないとか、全く考えられなくなる。 ふたりは、対等な男と女なのだと思う。 背伸びをしてハイヒールを履くとか、大人ぶるとかは、全く必要ないことのように、思えた。 「ゆき、君の表情も、段々と柔らかくなってきたね」 「そうですか?」 「緑は癒しの効果があるからね」 小松は穏やかに微笑んだ後、ゆきの手を優しく握り締めてくれた。 こうしていると、とても癒される。 満たされた気持ちになり、頭の中や心の中でごちゃごちゃしていたことが、どんどんクリアーになってきた。 小松とふたりで、緑を見て歩くだけですっきりした。 「こうして歩いていたら、何だか色々なことがすっきりしてきました。不思議です。緑があって、帯刀さんが一緒だからかもしれないです」 「私もそう思うよ。君と一緒だから、頭と心が一気に整理されたのだと思う。ただ、緑を見るだけでは、こんなにも短時間ですっきりはしない。君が一緒にいるからだ。癒してくれる相手がいるから、そうなるんだろうね。そんな相手を見つけるのは、なかなか出来ない」 小松は穏やかな自然の色彩を見つめたあと、ゆきを見た。 ゆきは思う。 これが本当の対等な関係なのだと。 背伸びをしなくても、小松とはとうに対等な関係なのだ。 それがゆきにはとても嬉しかった。 「私は、早いうちに、癒されるひとを見つけられて、良かったと思っています」 「私も、伴侶を見つけるまでに、そのような相手が見つけられて、良かったと思っているよ」 小松はゆきの手を更に強く繋いでくれる。 「こうして君と手を繋ぐだけで、幸せな気持ちになるね……。それは何よりも代えがたいよ」 互いに癒しあう関係。 なんて理想的なのだろうかと、ゆきは思う。 小松とふたりで、暖かな時間を重ねてゆけるように思えた。 緑のなかで、ふたり並んで座禅を組む。 ごちゃごちゃとして、色々なことを詰め込み、考え過ぎている頭が、すっきりしてくる。 何も考えない。 ただ静けさを感じる。 それだけで、どんどん落ち着いてくる。 頭の中が上手く整理されて、ゆきは心がしゃきんとした。座禅のお陰で、ゆきはすっかりクリアーになった。 「とても良い顔をしているね。頭の中がすっきりしたみたいだよ」 「帯刀さんはあまり変わらないような……。だけど、瞳は今までよりも、ずっとすっきりしているように感じます」 「いつもと変わらないように振る舞ったつもりだったけれど、君には分かってしまうようだね」 小松は苦笑いを浮かべると、座禅から立ち上がった。 「次は写経。それが終われば、食事を取ろうか。精進料理だけれどね」 「楽しみです」 「以前は、こうして気分転換をしていた。熱心に仏を信仰する、タイプでは私は、ないけれどね……。だが、頭を空っぽにして、無になることは、悪くない。より仕事の能率も上がるからね」 小松らしい合理的な方法に、ゆきは納得した。 写経をしている間も、気持ちが落ち着いて、穏やかになった。 今は、随分と慌ただしい環境なのだと、ゆきは再認識する。 同時に、頭を空っぽにして心を休める時間は、本当に大切なのだと、改めて実感せずにはいられない。 その休める時間を、小松と共有することが出来て、ゆきは幸せだった。 写経が終わり、お楽しみの精進料理の時間がやってくる。 「帯刀さん、今日は本当に良い体験でした。頭のなかでごちゃごちゃしたものが、一気になくなったので、すっきりしましたよ」 「それは良かった。このような経験は、誰かと一緒となると、相手を選ぶからね……」 小松はフッと笑うと、ゆきを見つめる。 「君だから一緒に気分転換が出来たよ。きっと、君以外は無理だろう……」 小松はゆきを穏やかな愛情満ちた表情で見つめた。 穏やかな愛情も、激しい愛情も、どちらも共有出来るひと。 背伸びをしなくても、傍らにいられる。 そう確信した。 |