大好きなひとは、相変わらず忙しい。 それは異世界にいた時も、ゆきの世界に来ても変わりない。 異世界では、家老として政務の第一線にいて、こちらでは会社を起こして第一線で働いている。 いつも一緒にいたいのに、一緒にいられないのは切ない。 ずっとずっと年上で大人のひと。 イジワルなのに優しいひと。 だから逢える時にはドキドキが止まらなくなる。 放課後デート。 制服姿で逢うのが嫌で、今日は大人びたワンピースで、逢いたいと思う。 だから急いで家に戻って、制服からワンピースに着替える。 どうしたら大人びて見られるのはだろうか。 ほんの少しだけでも良いから背伸びをして、帯刀を狙っている女性たちに、諦めて貰いたいだなんて、子供染みたことすら考えてしまう。 少しだけヒールの高いサンダルを履いて、ゆきは待ち合わせの場所に出掛ける。 大人で合理的な、意地の悪い恋人に対して、一泡吹かせてみたいなんて、考えてしまうのだ。 待ち合わせ場所に立っていると、車が静かにゆきの前に停まる。 無駄のないシンプルなデザインのハイブリッドカー。 帯刀にぴったりだ。 「ゆき、お待たせしたね」 帯刀は車からスマートに出ると、助手席のドアわ開けてくれる。 ふと、ゆきをじっとみつめる。 まるで値踏みをされているようで、ドキドキしてしまった。 「乗って」 「あ、はいっ! 小松さんっ!」 ゆきは慌てて車に乗ろうとして、躓きそうになる。 お約束通りに、ゆきは帯刀に抱き留められて、怪我をすることなく済んだ。 「有り難うございます。小松さん」 何度も抱き留められたり、抱き締められたりしているというのに、いつまで経ってもドキドキしていて、どうしようもない。 真っ赤になって抱き留められたままでいると、帯刀は呆れ果てたように溜め息を吐いた。 「……全く……。君は学習機能のない馬鹿なの!?」 帯刀の容赦のない言葉も、ゆきには恋のスパイスになる。泣きそうになることもあるが、後で甘い感情がプレゼントのようにやってくるのが、解っているから、こうして、冷たい言葉を言われても大丈夫なのだ。 「早く車に乗って。行くよ」 帯刀は少しばかり苛々するように言うと、車に乗り込んだ。 相変わらずシートベルトをするのは苦手だ。もたもたしていると、帯刀がゆきの躰に覆い被さるようにシートベルトを取り上げる。 こんなにも近くに大好きなひとがいるなんて、心臓がおかしくなってしまいそうだ。 「……どうしたの……? そんなに緊張してどうするの?」 「あ、あの……っ!?」 帯刀は喉で笑うと、イジワルで魅力的な笑みを向けてくる。こんな笑みを向けられると、ゆきは緊張の余り喉がからからになった。 「……そんなに真っ赤になって、……君は何を期待しているの」 耳まで真っ赤にして、ゆきは瞳を潤ませて、帯刀を見つめた。 ゆきが鼓動を乱舞させながら、躰を固くしてしまう。 「そんなに固くならないで。君は馬鹿なの?」 くすくすと笑いながら言われると、ゆきは更に恥ずかしくて視線を逸らせてしまった。 「私をちゃんと見なさい。……じゃないと、このままずっとこうしているよ?」 帯刀の捕らえる腕が強くなる。 「あ、あのっ、車を出さないと……」 「そんなことはどうでも良いよ」 意地の悪さと甘さがブレンドされると、贖えないぐらいに素敵な笑顔になる。 逃げられない。 帯刀の笑みはどうしてこんなにも魅力的なのだろうか。 「……ちゃんと私を見なよ。君は私に何を期待しているの?」 掠れた声で耳元で囁かれたら、背筋が華やいで止められない。 「……イジワルです。小松さん……」 「そのイジワルを好き……なのは、誰なの?」 帯刀に甘く追い詰められて、ゆきはもう心臓が爆発してしまうのではないかと思った。 「君をからかうのはこれぐらいにしておくよ」 帯刀は素早くシートベルトをしてくれると、体勢を整えてステアリングを握った。 静かに車が出る。 ハイブリッドカーであるからか、本当に静かだった。 車を運転する帯刀の姿を見つめるだけで、ゆきはついうっとりと見つめてしまう。 「……何、私ばかりを見ているの?」 「あ、あのっ」 不意に小松に訊かれると、ゆきは飛び上がりそうになった。 「……小松さんが車を運転しているのを見ているだけで楽しくて……、その……、素敵で……」 ゆきは小さくなりながら、真っ赤になって呟く。すると、帯刀はフッと甘く笑った。 「素直な子は嫌いじゃないよ」 帯刀はからかうように甘く言うと、ゆきの手を一瞬だけ握った。 「……今日は、君が好きなフランス料理が美味しい店に行くよ」 「はい」 フランス料理なんて、帯刀は本当に順応が早いと思う。 ゆきはそれがきっと、時代の変革をもたらした気質を持ったひとなのだと思った。 「楽しみです」 ゆきは笑顔で言うと、ほんの少しだけドキドキしながら、帯刀に少しだけ寄り添った。 帯刀と食事をしながら、ゆきはずっと破顔したままだった。 帯刀と一緒にいられるだけで幸せだから、つい笑ってしまう。 フレンチも良いけれど、大人の落ち着いたデートも良いけれども、本当は帯刀のそばにいるだけで、ゆきは幸せだった。 「君は実に幸せそうな顔をしているね」 「だって、こうして帯刀さんと一緒にいるだけで、本当に嬉しいんです。つい笑顔になってしまうんですよ」 ゆきが素直な表情になりながら言うと、帯刀は目の周りをうっすらと真っ赤にさせる。 たまに見せる、こうした照れ臭そうにする表情が、ゆきは好きだ。 ついじっと見つめてしまう。 「どうしたの、そんなに私を見て」 焦るのを何とか抑えようとしながらこちらを見つめている帯刀が可愛くて、ゆきはついくすりと笑った。 ゆきが笑うと、帯刀は更にバツの悪そうな顔をする。しかも、耳朶まで真っ赤にさせて、本当に可愛いと思った。 「……可愛いです」 ゆきが言うと、帯刀はあからさまにムッとした表情を滲ませた。 「……そんなことを言うと、君にお仕置をしなければならなくなるよ?」 お仕置だなんて、ドキドキしてしまう。 帯刀がくれるお仕置は、たっぷりと甘いものであることは、ゆきが一番解っているのだから。 つい甘いお仕置を想像してしまい、逆に耳朶まで真っ赤にしたゆきを、帯刀は楽しそうに眺めていた。 食事の後、このまま車に戻るのがとても勿体なくて、帯刀と手を繋いで歩いた。 また値踏みをするように帯刀に見つめられて、ゆきは手を握り締めながらも、頬が紅くなった。 「……そんな格好をして、そんな表情をしたら、ずっと大人びて見えるけれど、君はまだまだ子供だね」 帯刀はフッと微笑みながら、空を見上げる。 「子供ですね、私はまだ……。小松さんに釣り合うように頑張ります」 まだまだふたりの間には溝があることは充分過ぎるぐらいに解っているから、ゆきは素直に認める。 「早く大人になれるように」 ゆきが誓うように言うと、帯刀は首を横に振る。 「努力をしなくても良いよ。君を大人にするのは、私の楽しみだからね」 帯刀は甘く呟くと、ゆきの頬を両手でしっかりと包み込んで、顔を近付けてくる。 帯刀からの甘い甘いキスは、大人へのプレリュード。 これからもふたりで大人の世界へと彫刻してゆく。 ゆっくりと、甘く。 素敵な瞬間を重ねてゆくのだから。 |