小松のことが大好きでしょうがない。 だが、なかなかそれを上手く表現することが出来ない。 小松はかなり大人だから、なかなか背伸びをしても追い付かない。 それよりも、どうして背伸びをして良いのかが、わからない。 そのせいか、小松が望むようなことを、なかなか出来ないのが、本当のところだ。 真夏だから、夜になっても、まだまだ時間があるような気がしてくる。 それが、冬とは違うところだ。 手を繋いで、のんびりと夜空を見上げることも、夏の夜の醍醐味だ。 ブラブラと散歩をしながら、夜空を見上げる。 なんて贅沢なのだろうかと、思わずにはいられない。 ゆきは隣を歩く大好きな小松の手をギュッと握りしめた。 ふと、小松が立ち止まって、美しい空を見上げた。 「……節電をするようになったからかもしれないけれど、随分と星が見られるようになったね……。この世界は、今まで明るすぎたのかもしれないね」 「そうですね。私はアメリカに留学をしていたけれど、確かに日本はかなり明るいと思います。今ぐらいが、丁度、良いのかもしれないです」 「そうだね……」 小松は夜空を見上げながら、何処かノスタルジーを感じさせる眼差しを向けた。 ロマンティックな眼差しではあるけれども、何だか寂しそうに見えた。 だが、寂しいですかとは、訊けなかった。 「……ね、ゆき。薩摩に旅行に行かない?見てみたいんだよ、君と一緒に薩摩の空を……」 小松はゆきの手をしっかりと握り締めながら、抱き寄せてくる。 「……私も、小松さんと、一緒に、見たいです……。鹿児島の夜空を……」 ゆきは耳まで真っ赤になりながら、小さな声で呟いた。 恥ずかしくてドキドキする。 どうして良いかが分からなくて、ゆきは小松を見上げた。 「……君にしては大胆なことを言うよね……」 小松は喉を鳴らして笑うと、ゆきの手を更に強く握り締めた。 こんなにも強く手を握り締められると、躰が熱くなる。 ゆきにはその意味が解らない。 ゆきは真っ直ぐ小松を見上げる。 「……君とこうして、朝まで手を繋いで空を見上げられたら良いけれどね。私と一緒に鹿児島に行くということは、そういうことだよ」 「……あ、えっ!?」 ゆきは驚いてしまい、あわてふためく。 嫌じゃないけれども、妙に意識をして、緊張してしまう。 息が上手く出来ない。 ゆきは小松をまともに見ることが出来ない。 ときめきと恥ずかしさで、どうしようもないぐらいにドキドキしてしまっている。 「……あ、あの、そ、それはっ!」 ゆきが焦るのを楽しんでいるかのように、小松は意地悪にも微笑んでいる。 ゆきにはそれが何処か憎らしい。 小松はゆきよりもずっとずっと大人であるから、余裕がある。 しかし、ゆきはといえば、そのあたりの経験値はゼロだから、あたふたとすることしか出来なかった。 「君は本当に可愛い初々しい反応をするよね。最高に可愛いよ」 小松がからかうように言うものだから、ゆきは益々恥ずかしくてたまらなくなった。 「……予行演習が必要かな?君にはね」 小松はゆきが焦ったり、恥ずかしそうにしたりしているのを、本当に楽しんでいる。 それが。ゆきにとっては微妙に癪に障った。 「予行演習なんて必要としませんよ」 ゆきはそっぽを向いて、小松から離れようとする。 「……今日は素直に帰ります」 ゆきは小松から離れるために手を離そうとした。 しかし、小松は離そうとはしない。 それどころか、小松が何も出来ないようにと、逆に手を強く握り締められる。 「こ、小松さん、離して下さいっ」 「離すつもりなんて、ないって言ったら?」 小松は低い声で囁くと、ゆきをいきなり抱き寄せてきた。 これにはドキドキしてしまい、ゆきはつい固まってしまう。 小松はといえば、その様子を面白がって見ていた。 ゆきは、小松と上手く視線を合わせることが出来なくて、ただ目を伏せてしまう。 「……ゆき、君は私の腕の中にいなさい。こうして、私の腕のなかで、ずっといて」 小松は命令口調で言うのに、その声の響きはこのうえなく優しく甘美だ。 無理やり離れたくなくなる。 このままじっとしていたいと、ゆきは思わずにはいられなくなる。 小松の腕のなかに、いたいという気持ちは強いのに、なかなかそれを口に出すことが出来ない。 上手く言えたら良いのに、それが、どうして良いかが分からない。 恥ずかしいから。 経験がないから。 そんなことよりも、小松を好きすぎるからかもしれない。 「黙ってばかりいても解らないよ?君はどうしたいの?とうされたいの?」 小松は甘さの含んだ冷たい声で囁いてくる。 「……言いなさい。言葉じゃないと伝えられないことって、あるんだよ……」 小松はゆきを柔らかく抱き締めながら呟く。 恋人になってから、どうすればゆきに本音を言わせられるのか。 そのあたりのつぼはきちんと心得ているらしい。 「……恥ずかしくて、どうして良いのかが解らないだけなんです……。本当にただそれだけなんです……」 ゆきは素直に困惑している気持ちを小松に伝える。 「……そう……。だったら、君は私にこうされていても、良いということなのかな?」 小松はこの上なく艶やかで、この上なく甘く、そして、この上なく意地悪に呟く。 ゆきは心臓が走り出して、このまま限界に到達して止まってしまうのではないだろうかと、思った。 「……だったら、私はこうしているよ……。君を離す気はないからね……」 小松はゆきを腕の中に閉じ込めたまま離さない。 こうして抱き締められていると、恥ずかしいのだけれど、嬉しくなる。 「うちに戻ろうか……」 「……はい」 小松に抱擁を解かれると、ゆきは何だか寂しい気持ちになった。 小松はゆきの手をしっかりと握り締めると、ゆっくりと家路を急いだ。 家に入るなり、小松にいきなり抱き締められる。 幸せで息が出来なくなる。 「……ね、ゆき。私は生涯、誰にもこの言葉を言わないよ……。君にしか言わない……。君が欲しい。私のものになって欲しい……」 小松の想いが滲んだ甘いテノールに、ゆきは泣きそうになる。 ゆきも小松が欲しい。 欲しくてたまらない。 ゆきは、小松の胸に、涙で滲んだ頬を押し当てた。 「……私のものになる覚悟は出来た?」 小松の声が胸に響いて聴こえる。 ゆきはただ頷いて、微笑んだ。 |