*甘えて欲しい*


 ゆきとふたりで過ごすじかんがとても愛しくてしょうがない。

 誰かと過ごす時間が、こんなにもかけがえのないものになるなんて、小松は思ってもみなかった。

 ゆきは、日に日に透明感を増してくる。

 それは、神子としての自覚が出てきただろうと、最初は思っていた。

 だが、それが違うことは、段々と解ってきた。

 命を削り、文字通り命懸けで神子としての使命を果たしているからだ。

 それに他ならない。

 ゆきは美しい庭で、ぼんやりとしている。

 その横顔が儚くて綺麗で、小松はついうっとりと見つめてしまう。

 完璧な横顔。

 ゆきにはその表現がとても似合う。

 ゆきが最近疲れているのが解っていたから、小松は、じゃんぼ餅を薩摩から取り寄せて持ってきた。

 これなら、お腹がいっぱいになるし、何よりもゆきは充たされるだろう。

「ゆきくん」

 声をかけると、ゆきは笑顔で振り向いて手を振る。

 仲間には誰にも見せる、明るく屈託のない笑顔。

 誰にでも見せる笑顔ではなく、自分だけに見せてくれる笑顔が欲しい。

 ワガママだとは解ってはいても、小松はついそう考えてしまう。

 ゆきを独占したい。

 以前の自分ならば考えられないことだ。

「神子殿に、薩摩の銘菓をお持ちしたのだけれど、如何かな?」

「嬉しいです!」

 小松が持つ、じゃんぼ餅を見て、ゆきは本当に嬉しそうににっこりと笑った。

 その笑みに、小松も思わず微笑んでしまう。

 小松がゆきの横に腰を掛けると、ほんのりと頬を赤らめてくれる。

 それがまた可愛らしい。

 ただ、じゃんぼ餅を見ると、甘い物が好きな女の子らしい、幸せそうな表情をした。

「……私はじゃんぼ餅に負けたのかな」

「え?」

「何でもないよ。食べなさい。少しは元気になるでしょ?」

 小松はいつものように素っ気なく言うと、じゃんぼ餅を差し出した。

 小松の意図が知れたのか、ゆきは泣きそうな顔になる。

「……有り難うございます。元気になれますよ。小松さんが下さったものですから」

「それは良かった。さ、食べなさい」

「では、いただきます」

「召し上がれ」

 ゆきは、小さな子どものようにあどけない笑顔を浮かべて、じゃんぼ餅を食べる。

 その姿がそこはかとなく可愛かった。

「そうしていると、共食いしているみたいだねぇ、君は」

 小松は、ゆきを見つめるだけで幸せに満たされていると感じながら、じっとその様子を伺う。

 桜智のことを笑えないとすら、今は思ってしまう。

「小松さん、私はお餅じゃありませんよ」

 ちょっとだけ頬を膨らませて、可愛く睨み付けてくるゆきが、とても魅力的だ。

「その頬なんて、そっくりだと、私は思うけれどね」

「そんなことないですよ」

 ゆきは唇を尖らせながら、小松を上目遣いで見つめた後、自分の頬を、自らの力で、びよーんと伸ばした。

 その姿が、また可愛い。

 小松は思わず喉をくつくつと鳴らしながら笑った。

「そんなに伸びる頬の持ち主は見たことがないよ。そっくりでしょ、お餅に」

 小松はわざとさらりとゆきに呟くと、余計にゆきが拗ねた。

 拗ねたと言っても、とても可愛らしくて、小松は余計に微笑ましく、好ましく思ってしまう。

「ほら。こうやると、とても伸びるでしょ!?」

 小松がびよーんとゆきの頬を伸ばすと、かなり伸びた。

 その伸び具合も可愛かったが、何よりもゆきの弾力のある頬の感触と、滑らかな肌が、小松をそそる。

「こ、小松さんっ、いひゃいですっ!」

 ゆきの反応が楽しくて、小松はついからかってしまう。

 本当にここまで可愛いのはゆきだけだ。

「これで君がじゃんぼ餅に似ているって、解ったでしょ?」

 小松がクスクスと笑いながら呟くと、ゆきは納得いかないとばかりに、そっぽを向いてしまった。

「知りませんっ!」

 ゆきの反応は、いちいち面白いし、飽きることを知らない。

 小松はゆきの反応を楽しみながら、その横顔を見た。

「じゃんぼ餅のように、甘くて美味しいってことでしょ?」

 小松が低く甘い声のトーンで呟くと、ゆきは恥ずかしそうに俯いた。

 どうしてこんなに可愛いのだろうかと、小松はつい抱き締めたくなる。

 総ての反応が、初々しくて、可愛い。

「ね、納得した?」

 小松の問いに、ゆきは首を横に振って、直ぐにたてに振り直した。

「……納得しました……」

 ゆきが消え入るような声で呟くのも、また、愛しかった。

 この愛しいゆきを、いつまでも守ってやりたい。

 いつまでも笑顔を見つめていたい。

「そう、それは良かった……。ゆきくん」

 小松は、美しく澄んでいるのに、何処か切ない青空を見上げる。

「ゆきくん、私の前では、強がりを言う必要はないよ。無理に笑顔でいる必要はないよ……。私の前では素直でいなさい。疲れてどうしようもないとき、力が削られてしんどい時も、立っていることがやっとだと思うときも、無理をするのは止めなさい。君のしんどさや疲れ、思い気持ちは、総て私が受け止めてあげる……。だから、無理はしないの。解った?」

 小松はゆっくりと視線を、空からゆきへと落としてゆく。

 真摯で何処か温かさが滲んだ小松の瞳に、ゆきは泣きそうな瞳を向けてきた。

「有り難うございます。小松さん。だけど、大丈夫ですよ。小松さんが傍にいて下さるだけで、私は幸せですから」

 儚い笑みを浮かべるゆきに、小松は無性に腹が立ってしまい、思わず強く抱き寄せた。

「君は馬鹿なの!?」

 ゆきをしっかりと抱き締めたまま、小松は更なる力を入れる。

「……小松さん……」

「それが無理をしていると言うんでしょ!?私は素直に甘えなさいと言った筈だよ。だのに君は、私のことを気にしすぎて、気を遣うばかりで、本当のことをどうして言わないの?君って子は本当に始末が悪いよ」

 小松は珍しく自分の感情をぶちまける。 

 愛するゆきに、遠慮されるということ。

 それがどれ程苦痛か、ゆきには分からないようだ

「素直になりなさい……。いや。素直になって欲しい……」

 小松がゆきを柔らかく抱き締めながら、その背中を撫でると、ゆきはフッと体から力を抜いた。

「……有り難うございます。小松さん。では、少しだけこうさせて下さい」

 ゆきは泣きそうな声で言うと、小松の胸に顔を埋め、そのまま抱きついてきた。

「……そうだよ。それで良いんだ、ゆきくん」

 小松は優しく低い声で囁くと、背中を優しく叩く。

「……もっと私に甘えて……」

 小松はまるで子守唄を歌うように囁いた。

「……はい」

 素直なゆきの返事を聞きながら、小松はゆきを守っていくと、固く決意をした。




モドル