*秘密のKISS*


 小松とふたりきり。

 それだけでドキドキする。

 風の噂で、最近、婚約をしたと聞いた。

 小松が他の女性のものになる。

 切ないけれど、何処かしょうがないとも思う。

 元々、生まれた世界が違うひと。

 元々、結ばれる運命ではないひとだから。

 何度もそう言い聞かせてはいる。

 だが、それでも、心の中のもやもやは消え去らない。

 小松とはいずれは別れなければならない運命である。

 ゆきは、神子の役目をはたしてしまえば、帰らなければならない運命だ。

 だからこそ、好きになれない。

 好きにならないようにと、いつも我慢していた。

 傷つきたくないから、自分をおさえようとしていた。

 けれども、それはかなり難しくて、ゆきには出来なかった。

 小松を愛しいと思う気持ちを消すことなんて出来なかった。

 こうして二人きりでいると、また好きだという想いが強くなってくる。

 つい、小松のことばかりを見つめてしまう。

 冷たいぐらいに整った横顔に、ゆきは切ないぐらいに惹かれてしまう。

 本当に氷の彫刻を見ているぐらいに、美しい。

 綺麗すぎて、ゆきはどうして良いかが分からない。

 ただ、芸術品のようにじっと小松を見つめていた。

「……ゆきくん」

 咎めるように名前を呼ばれて、ゆきははっと目を見開いた。

「あ、こ、小松さんっ」

「ゆきくん、ぼんやりしている暇はないよ。調べなければならないことは、沢山あるんだからね」

 小松はうんざりとしたように言う。

 ゆきがじっと見つめていたことが気に入らないのだろう。

 ゆきはうつむくしかなかった。

「ごめんなさい」

 ゆきはあいまいに笑うと、再び調べものをする。

「……やれやれ」

 小松もまた、再び調べものを始めた。

 

 横にゆきがいる。

 しかもふたりきりだというところが、小松を落ち着かせない。

 落ち着かなければと思いながらも、それがなかなか思うようにはいかない。

 ふたりきり。

 この事実がこれほどまでに落ち着かせないなんて、小松は思ってもみなかった。

 ゆきなんて、ただの小娘だとしか思っていなかった。

 本当にそれしかなかったのだ。

 最初は。

 白龍の神子なんて、利用出来るだけ利用してしまえば良いとぐらいにしか、思ってもみなかった。

 なのに、八葉として一緒にいるうちに、真っ直ぐで素直で愛らしい気質に、いつのまにか惹かれていた。

 最初は、とんでもないほどの甘えた神子だと思い、遣える気などさらさらなかった。

 都合の良い時だけ利用すれば良いと思っていた。

 それが、今や、そばにいたくてしょうがない。

 ゆきをそばに置きたくてしょうがない。

 誰かをこれほどまでに求めてしまうなんて、小松には初めての経験だった。

 ゆきは恐らく、白龍の神子としての使命を果たしたら、元の世界へと戻ってしまうのだろう。

 それは分かっている。

 なのに、縁談を断ったりしてしまった。

 ゆきが帰ってしまうのが分かっているから、有意義な縁談に決まっているものだったのに。

 合理的な結婚であるはずなのに。

 最も好ましい「合理的」という言葉を、こればかりは受け入れられなくなっている。

 計算外だ。

 恋というものは、冷静に予測することが出来ない。

 それが小松にとって悔しくてしょうがなかった。

 切ない気分になる。

 小松はちらりとゆきを見つめる。

 相変わらずの一生懸命さについ笑顔になってしまう。

 ゆきの真っ直ぐな眼差しも、小松にはとても好ましかった。

 ゆきを見つめているだけで、幸せな気持ちになる。

 このひとときは、本当に至福だ。

 先ほど、ゆきがこちらを見つめてくれていたことは、本当に嬉しかった。

 ゆきだから嬉しいのだ。

 他の女性だと絶対に思わないことだ。

 嬉しいのに、それを表現するのは、自身の矜持が邪魔をして、出来なかった。

 本当は嬉しかったのに。

 ゆきが、仕事をそっちのけで見つめてくれた。

 それは小松にはかなり大きなことで、幸せなことでもある。

 ゆきにそれを伝えられないことへの歯痒さに、苛ついてしまう。

 一生懸命調べものをしているゆきはとても魅力的で、小松は見つめずにはいられなかった。

 このまま抱き締めてしまえたら良いのに。

 口づけを贈ることが出来れば良いのに。

 だが、今はそれは難しい。

 いや、本当は難しくはないのかもしれない。

 小松さえその気であれば。

 少し悶々としながら、小松はじっとしていた。

 その間も、ゆきを見つめることをやめることは、小松には出来なかった。

 

 小松がこちらを見ている。

 恐らくは、ゆきがきちんと仕事をしているかを監視する為なのだろう。

 そんなことをゆきは思いながら、小松に視線を向けた。

「ちゃんと調べものをしていますよ」

 ゆきはにっこりと笑うと、小松を見た。

 小松は一瞬、うろたえているようにも見えたが、またいつものクールな小松に戻っていた。

「先ほどは、君がサボっていたからね。きちんと監視をしなければならないと思っただけだよ……」

 小松は相変わらず意地悪な物言いをする。

 それを含めてゆきは小松のことが好きなのだからしょうがない。

「ちゃんとしますよ。神子ですから」

 ゆきはさらりと言うと、書物に視線を落とす。

 だが、小松に見つめられていると思うだけで、ゆきのドキドキは止まらなかった。

 こうして見つめられるのは後少しなのに、ときめかずにはいられない。

 胸が痛いぐらいに高まっている。

 ゆきは切ない恋心をしっかりと抱き締めた。

 胸が切なくて集中できない。

「ちょっと休憩します。また直ぐに頑張りますから」

「サボっちゃいけないよ、ゆきくん」

 厳しい言葉が飛んできて、ゆきは深呼吸をする。

「……まあ、それで効率が上がるのならば、少しぐらいは構わないかな」

「ありがとうございます」

 ゆきはほっとして、再び深呼吸をした。

 何かを飲むや食べるやするのではなく、ゆきはただ座り込む。

 泣きたくなるぐらいにドキドキして、ゆきは膝を抱えた。

 小松がゆっくりと近づいてくる。

 顔をあげると、小松の顔が近づいてくる。

 驚いてそのまま目を見開いていると、唇を重ねられた。

 これにはゆきも驚いてしまい、つい硬直をしてしまう。

 小松はその反応を楽しむかのように、更に唇を深く重ねてくる。 

 いつの間にか、ゆきも小松のキスに夢中になってしまう。

 何度も何度もキスをする。

 キスの後、小松は意地悪に微笑んだ。

「……これはふたりだけの秘密だよ……」

 小松の低い声にゆきは酔いしれながら、ただ頷くことしか出来なかった。

 ふたりだけのヒミツ。

 甘美な響きにゆきは頷く。

 ふたりだけのヒミツを持てる。

 ゆきはそれだけで幸せな気持ちになった。 





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