小松はいつも眼鏡越しにシニカルな視線を向けてくる。 冷静で意地悪な視線を。 眼鏡を外して見つめられたら、少しは温かな眼差しと出逢うことが出来るのだろうか。 ゆきはついそのようなことを考えてしまう。 またじっと、小松を見つめてしまう。 だけど、本人に見つめていることがバレてしまうと、後で叱られてしまうのではないかと思うから、なかなか、堂々と見つめられない。 ゆきはこっそりと、小松を見つめる。 見つめずにいられないというのは、やはり恋をしているからだろうか。 ゆきはそんなことを考えてしまう。 恋とは具体的にどのようなものなのかは、ゆきにはイマイチピンとはこない。 だが、小松を見つめているだけで幸せだし、何よりも楽しく感じる。 だからつい見つめてしまうのだ。 「ゆきくん、どうしたの?」 小松ばかりを見つめていたからか、咎めるように声をかけられてしまい、ゆきは驚いてしまった。 「あ、あ、あの、何でしょうかっ!?」 ゆきはつい焦ってあたふたとしてしまう。小松に用なんてない。ただ見つめていただけなのだから。 「私に用事があるのかと思って。君は私の様子を見るように、チラチラとこちらを見ていたからね」 「用事は、あるというのか、ないというか……」 まさか小松を見つめたかっただけだなんて、ゆきには言えなくて、ついシドロモドロしてしまう。 上手く誤魔化す術もゆきにはないから、どうして良いのかが解らなかった。 「用があるの、ないの?」 小松はため息を吐きながら、半ば呆れるように呟いた。 きっとしょうがない女だと思われているだろう。 だが、しょうがない。 小松を見つめたかったのだから。 だが、そのようなことを小松には話せる筈もない。 軽蔑されるのがおちだからだ。 「何、何もないの?それとも何かあるの?」 小松は明らかにゆきに不快感を表している。だが、ゆきは本当のことを素直に話せなかった。 そうしてしまえば、小松に完全に嫌われてしまうことは、ゆきには解っているからだ。 嫌われたくないから、つい、笑って誤魔化そうとしてしまう。 だが、それがまた誤解を招いている。 悪循環であることは解っているが、なかなか、本当のことを話せない。 そんなゆきに業を煮やしたのか、小松は、眼鏡の奥から厳しい眼差しを送ってきた。 「ちゃんと言いなよ。きちんと伝えて貰わないと、私には解らないよ」 小松にピシャリと指摘をされても、ゆきはまだ言えない。 とうとう小松は、失望したとばかりに大きなため息を吐いた。 「ゆきくん、君は世話の焼ける子だね……」 小松はうんざりとばかりに呟くと、いきなりゆきの手を思いきり強く握り締めてきた。 「君がきちんと話をするまでは、私は君を離さない。解放する気はないからね」 キッパリと小松は言うと、更に手を強く握り締めてくる。 小松の大きな手に包み込まれて、ゆきは緊張でなにも言えなくなってしまう。 だが、それは決して嫌な感覚ではないことを、ゆきは充分に解っている。 それどころか、離して欲しくないなんてことを思ってしまう始末だ。 「ゆき、どうするの?離れたいの?それとも離れたくないの?どっち?」 小松はどこか甘さを含んだイジワルな声で呟くと、眼鏡の奥の艶やかで魅力的な甘い眼差しを向けてきた。 ドキドキし過ぎて、どうしたら良いのかが分からない。 だが、少なくとも離して欲しくはなくて、ゆきは小松ばかりを手を無意識に握り返した。 「……ああ、そういうことなんだね……」 小松はわざと意地の悪い声でクールに呟くと、ゆきが離れられないように、絡んだ指を更に強く絡めてきた。 これで完全に離れられない。 ゆきは真っ赤になりながら、小松の顔を見上げる。 すると何でもないことのように、涼しげにしていた。 「ちゃんと私に言うまでは離さないから、分かった?だけど君は私から、どうしても離れたくはないみたいだけれどね」 からかうように言われて、ゆきは拗ねるような気持ちになった。 悔しくて憎らしくて、ゆきはチラリと小松を上目遣いで見る。 「そんな顔をしてもダメ。きちんと話すまでは、離さないから」 喉で笑う小松は、この状況を完全に楽しんでいるようにしか、見えなかった。 「……あ、そ、それは……」 「私は君から離れられなくなってしまったから、君も私の仕事に着いてこないといけないからね。手伝って貰うから」 小松は冷静に淡々と呟くと、ゆきの手を引いて、仕事がある薩摩藩邸に向かう。 いきなり連れていかれて、ゆきは動揺をかくしきられない。 こんなことをして良いのかと、ゆきは一瞬、小松を心配しながら見つめる。 だが、小松は全く気にはしていないようだった。 眼鏡の奥からは、相変わらず冷たくて意地悪な眼差しが向けられている。 こんなに厳しい眼差しをするのに、どうしてドキドキするような甘いからかいをしてくるのだろう。 小松には趣味なのだろうか。 だとしたら、かなり趣味が悪い。 眼鏡を外したら、もっと優しくて甘い眼差しを向けてくれるのだろうか。 少し興味がある。 もしそうならば、こんなにも嬉しいことはないと、ゆきは思ってしまう。 小松の眼鏡の奥にある、甘くて魅力的な瞳を直接見つめたい。 そんな想いで、ゆきはつい盛り上がってしまう。 ゆきが余りにも小松ばかりを見つめていたからだろうか。 小松はうんざりするかのように溜め息を吐いた。 「……どうしたの。何かあるんなら、ハッキリ言って。きちんと言って貰わないと、困るんだけれど」 小松はあからさまな不快な表情を出すと、ゆきを切れるような厳しい眼差しで見据える。 「……あ、あの……」 小松の整った顔が近づいてきた。 細部にまで整っているから、ゆきは心臓が飛び出してしまうのではないかと思うぐらいに緊張してしまった。 「ゆき、君は何をしたいの……?」 小松に囁かれて、ゆきはもう逃げられないことを悟る。 「……小松さんを見つめていたかっただけで……、眼鏡を取って欲しかっただけで……」 ゆきは恥ずかしすぎて、声を段々とフェイドアウトさせながら呟く。 「ゆき、君は全く、ズルいね…。君の言うとおりにしたくなってしまうよ……」 小松はゆっくりと眼鏡を外して、ゆきに顔を近づけてくる。 眼鏡を外した小松は、完璧なまでの美しさだ。 本当に冷たいぐらいに美しい。 ドキドキし過ぎて、なにも出来ない。つい見つめてしまう。 小松は唇をゆっくりと近づけてくる。 そのまま唇を重ねられて、ゆきは思わず目を見開いた。 だがそれも一瞬で、直ぐに目を閉じてしまう。 甘いキス。 ゆきがうっとりとキスを受け入れた後、直ぐに唇を離された。 目を開けると、そこには小松が艶やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。 「続きは、君がきちんと言えるようになったら……ね?」 イジワルで魅力的な笑みを向けながら、小松は眼鏡をかける。 眼鏡があってもなくても、小松はやはり甘いイジワルだと思った。 |