*決戦前夜*


 いよいよ天海と対峙する。

 愛するひとをこれ以上傷付けないためにも、天海とは真っ直ぐ対峙しなければならない。

 たとえ助けて貰ったとしても。

 闘いには何が何でも勝つつもりでいる。

 決着をつけて、どちらの世界も救いたい。

 これがゆきの願いだから。

 だが闘いが終わるということは、小松との別れが訪れるということだ。

 愛しいひとと別れなければならない。

 それを想うだけで、ゆきの胸は苦しくてたまらなくなる。

 量ることが出来ないぐらいに愛しているひとと別れなければならないなんて、こんなにも苦しいことは他にはない。

 ゆきは心が激しく揺れるのを感じながら、何とか平静を保とうとしていた。

 自分の世界から小松がいなくなってしまったら。

 きっと世界は色褪せて、灰色へと変わってしまうだろう。

 灰色の世界に色付く時はやってくるのだろうか。

 決戦前夜、宴を開いて、誰もが楽しげにいる。

 解っている。

 明日は無いかもしれないのだ。

 だからこそ。

 誰もがこの瞬間を掛け替えのないものとして、大切にしているのだ。

 ゆきも笑顔で宴に参加しながらも、ちらりと小松を見る。

 小松は、龍馬や高杉、桜智と酒を楽しそうにちびりちびりと飲んだり、チナミをからかったりしている。

 高杉にチナミの父親だと言いながらも、その行く末の為に綿密に根回しをしていることを、ゆきは知っている。

 ゆきは、小松を何度も見つめながら、別れなければならない運命を呪った。

 八葉と神子としてではなく、異世界で出会うのでもなく、普通の男女として同じ世界で生まれ育った者として出会いたかった。

 ゆきは泣きそうになる。

 出会えただけでも幸せなのに、それ以上のことを求めてしまうのは、やはりそれだけ小松を愛してしまったからだろう。

 ゆきは想う。

 愛するひとに出会ったから、わがままな感情が頭を擡げてしまうのではないかと思う。

 明日は愛するひとのために、ゆきは一生懸命闘おうと思う。

 それがゆきが示すことが出来る唯一の愛の証ではないかと思った。

 ゆきは大切な仲間たちと一緒に、宴を楽しむ。

 こうして皆と一緒に笑顔でいられるのは最後だから。

 八葉たちとも言葉を交わして、ゆきは彼らの信頼に応えるべく頑張らなければならないと思う。

 だが、小松からは視線を外せない。

 小松以外のひとを見つめられないぐらいに恋をしているから。

 ゆきは本当に心から小松を愛している自分に苦笑いすら覚えた。

 こんなに好きで恋に溺れていたら、元の世界に戻った時に、帰れなくなってしまうのではないかと、ゆきは思った。

 宴もたけなわになる。

 ゆきは、なかなか小松と話すことが出来なくて、どんよりと暗い気持ちになるのを感じてしまう。小松はわざとかもしれないと思うぐらいに、綺麗にゆきを避けている。

 見事なぐらいだ。

 ゆきは、小松に完全に嫌われていると思いながら、どんどん暗い気分になった。

 このままではいけないと思い、ゆきは気分転換に外へと出る事にした。

 席から立ち上がると、都がゆきを見る。

「どうした、ゆき」

「ちょっと席を外すね。外の息を吸いたいんだ」

「解ったよ。危ないから早く戻っておいでよ」

「うん、有り難う、都」

 ゆきは笑顔で従姉に言うと、それ以外のメンバーには気付かれないようにと、そっと外へと出た。

 外の空気はとても澄んでいて、呼吸をするだけで、躰の中が浄化されるような気がした。

 ゆきは、冬の透明で張り詰めた空気の中で、凛と美しく輝く星々を見上げる。

 ゆきの世界のように、夜の灯が明るいわけではないから、星がとても綺麗に見える。

 キラキラと輝く星は、ゆきを慰めてくれているようだった。

 この星空の透明な美しさを、ゆきは忘れないと思う。

 これほどまでに数多の星を見られたのも初めてだからだ。

「……気分転換って、君は随分と非合理な方法を選択したものだね」

 意地悪なのに優しくて、魅力的でクールな声が背後から聞こえる。

 ゆきは導かれるように振り返る。

 するとそこにはお約束のように小松がいた。

「……小松さん……」

「明日は大事な闘いが控えているというのに、君は随分と迂闊なことをするものだね。風邪を引いてしまったら元も子もないことぐらい、聡い君には解るはずだと思っていたけど?」

 小松らしい言葉ではあるが、ゆきは答えることが出来ない。

「直ぐに戻ります。外の空気がとても澄んでいて気持ちが良かったから」

 ゆきは小松に笑顔で言うと、中庭から宿の中へと向かおうとした。

 だが、それを阻止するかのように、小松がいきなり抱き締めてきた。

 まさかこんなにも力強くしっかりと抱きすくめられるとは思ってもみなくて、ゆきは思わず大きな瞳を見開いた。

「寒いのなら……、こうして抱き合いながらいれば、合理的じゃないの?」

 小松はクールに言いながらも、ゆきを決して離さないとばかりに、強く息が出来ないぐらいに抱き締めてくれた。

「……小松さん……」

「……どうして外に出たの? 風邪をひくでしょ」

 小松はゆきの頭を何度か頭を撫でてくれる。その手がとても温かくて、ゆきは好きだった。

「……小松さんとなかなかお話しが出来なくて、何だか重たいなって自分でも思っていたんです……。外の空気を吸ったら、重たい気持ちも落ち着くのかなあって思って……」

「……ゆき……」

 小松は苦しげに名前を呼ぶと、ゆきを抱き締める。

 この力強い抱擁が、永遠に自分のものであれば良いのに。

 だが、そうはいかないのだ。

 小松はゆきのものではないのだから。

「私も、君と話したかったが、ふたりきりで話したかった。他の八葉たちがいない場所で」

 小松はゆきを抱き締めたまま、甘えるようにその肩に額をつける。

「ゆき……」

 小松の声がこの上なく甘くて、ゆきは切ない幸せが胸に滲んでくる。

「君が外に出て行くのを見て、私は慌てて外に出て、君を追いかけたんだよ」

「小松さん……」

「……決戦前の夜ぐらいは、君とふたりきりになりたい……。たとえ、ひとときであっとしても……」

 小松は声が裏返ってしまっているぐらいに感情を高まらせながら言うと、ゆきを更に抱き締める。

 愛するひとの激情を受け取りながら抱き締められるなんて、なんて女冥利に尽きるのだろうかと、ゆきは思う。

「……小松さんと一緒にいたかったです。私も……。決戦前の夜だから。だけど、なかなかお話が出来なくて……、小松さんが私のことなんかどうでも良いのかなって思って……」

 ゆきが素直に言うと、小松はフッと微笑む。眩しいくらいに甘い微笑みだ。

「……ゆき……。君も私と同じ事を考えていたんだ」

「はい」

 小松は幸せそうに笑うと、ゆきの頬を柔らかく撫でた。

「ゆき、明日は頑張ろう。ふたりで心と力を合わせて」

「はい」

 ふたりは互いに想う気持ちを重ね合わせるように見つめ合う。

 小松はゆきの唇に自らの唇をそっと重ねる。

 唇から力と勇気が貰える。

 互いに与え合って、ふたりは想いを重ねていく。

 キスをすることで、お互いの魂が繋がっていることを感じる。

 唇を離した後で、ふたりはただ無言で抱き合いながら、お互いに芽生えた勇気と愛を分け与える。

「明日は一緒に闘おう」

「はい」

「頑張るための御守り」

 小松はもう一度キスをする。

 キスの御守りを貰って、ゆきは頑張れると思う。

「有り難うございます、頑張りましょう」

「ああ」

 ふたりならどんなことも頑張れると思った。





モドル