小松が女性にかなりもてるのは解っている。 地位が地位であるし、その上、あの容姿だ。しかも、かなり紳士ときていれば、当然だ。 ただし、ゆきの前ではかなりのイジワルであるのは間違いない。 きっと、ゆきのことなどただの子供だと思っているのだろうと思った。 子供を女性として扱う趣味などないからだろう。 小松に子供のように扱われるのは、正直、気に入らない。 それはどうしてかは解ってはいる。 小松にはきちんと女性として扱って欲しい。 ゆきはどうすれば小松に、女性として認めて貰えるのだろうかと、さまざまな考えをらせていた。 ひとりだけ女性として扱われない。 こんなにも切ないことはない。しかも、相手が小松だとは。 ゆきにはハードルが高い。 きっと周りには美しく素晴らしい女性ばかりなのだろう。 自分がまだまだ子供で、小松とはバランスが取れないことぐらいは解ってはいる。 だが、ゆきは憧れを持って、その横にいたいと思わずにはいられない。 小松のことを本当に大好きだから、傍にいたい。 ゆきは、ただ、ずっと小松だけを見つめている。 京の北に位置する小松の屋敷へと向かう。 ゆきはドキドキしながら、大好きなひとのところへと向かう。 京においては、こうして自由に動ける時間が少ない。砂時計が落ちるまでにやるべきことを総てやらなければならないから。 だけど、隙間時間に、小松に逢いたい。 これが、恋だと気付いたのは、小松の死を一度は目の当たりにしたからだ。 もう二度と大切なひとを失いたくはない。 その強い想いが、ゆきを突き動かしている。 出来たらずっと傍にいたいと思っているけれども、なかなかそういうわけにはいかない。 運命を変えなければならないところと、変えてはならないところがあるから、そのバランスを考えてはいる。 そうなると本当にやらなければならないことが多くなってしまう。 ゆきは、その合間に、小松の屋敷に通っている。 ゆきが屋敷にお伺いを立てると、すっかり顔馴染みになってしまった、屋敷の使用人が出てきた。 「これは神子殿、ご家老ですかな?」 「はい、小松さんをお願いします」 「ご家老には来客がございましてな、少しお待ち頂くことになりますが宜しいですかな」 「はい」 小松に来客ならばしょうがない。 ゆきは暫く、待たせて貰うことにした。 待つあいだ、控えの間に通される。 「……ご家老に縁談がございましてな。それで来客があるんですよ」 「……縁談……」 ゆきは嫌な予感がする。 背筋に嫌な感覚が走り抜ける。 「神子殿からもご家老にご進言下さい。正妻はおろか、側室も持とうとされない……。お世継ぎが必要でありますのに。早く、縁談を決めて欲しいものだと……」 使用人は困ったように溜め息をつきながら、ゆきに助けを求めている。 胸がズキリと傷んだ。 ゆきが一番、したくない進言だ。 小松のように地位のある人間は、家を存続させるために、結婚しなければならないことは、ゆきは誰よりも解っているつもりではいる。 だが、小松の近い存在からこのようなことを聞かされるのは、やはり辛い。 小松が誰かのものになるとしたら、ゆきは身を引かなければならないのだから。 ただし、身を引くも何も、ゆきは付き合ってもいないのだから、ないのだが。 ただ、気持ちは引かなければならないとは思っている。 それがゆきには苦しい。 ゆきは思い詰めたように、つい考え込んでしまった。 「神子殿……?」 「あ、う、うん。大丈夫……」 ゆきは大丈夫ではないくせに、つい癖で言ってしまう。 胸が苦しい。 どうしてこんなに辛いのだろうかと思うぐらいに。 「……お願いしますよ、神子殿。あなた様の言葉ならばご家老も聴かれるかもしれませんから」 使用人は藁をもすがるとばかりにゆきに言った後、控えの間から出た。 ひとりになってしまったゆきは、ただ重い気持ちを抱えていた。 ゆきが苦しさの余りに溜め息を溢していると、すりすりっと小松が可愛がっている猫が脚に絡んできた。 その可愛さに、ゆきは思わず抱き上げた。 気まぐれで、小松が大好きな猫をゆきはギュッと抱き締める。 小松が使っている香の香りがして、ゆきをドキドキさせる。 こんなにもドキドキしてしまう香りは、他にはないのではないかと思わずにはいられない。 「……小松さんと同じ香りがするね……」 ゆきは思わず猫をモフモフとして、匂いを確かめてしまう。 小松はやはり正式に良家の女性を妻として迎えるのだろうか。 そう想うだけで、ゆきは胸が苦しく、拗ねてしまう。 猫が嫌がったので、行儀が悪いが、横に転がった。 そのままゆきは小さな子に戻ったように目を閉じた。 柔らかな日差しが射し込んで、ゆきはつい微睡んでしまう。 とても気持ちが良くて、うとうととしていると、ふと優しい影を感じた。 「……全く、君は何をしているの!?こんなところで」 冷たいのに何処か温かい声に、ゆきはゆっくりと目を開ける。 そこには、小松が呆れたような表情を浮かべながらも、微笑んでくれているのが見えた。 「……小松さん……」 ゆきがぼんやりとしながら、小松の名前を呼ぶと、そっと手を差し伸べてくれた。 「ほら、起きて、ゆきくん」 「はい」 呆れているとばかりに溜め息をつきながら、小松はゆきを起こしてくれた。 「有り難うございます」 「こんなところで眠るなんて、君はバカにも程があるよ!?」 小松に言われると、ゆきは凹んでしまう。ゆきはついしゅんとしてしまった。 「ごめんなさい……」 小松はこんな迂闊な女を選ぶことはないのだろうと、ゆきは思った。 「……謝らなくて良いよ。で、ゆきくん、君は何の用なのかな?」 用と言われても、ゆきには特に用があるわけではない。ただ、小松に逢いたかったでは、いけないのだろうか。 ゆきは素直には答えることが、出来なくて、小松を見上げる。 「……小松さんは縁談を受けられるんですか?」 ゆきは、答えられないから逆に質問をしてみた。 「……どうしてそんなことを……」 ゆきがきちんと答えられなかったからだろう。小松は怒ったような表情でゆきを見た。 当然だ。はぐらかすようなトンチンカンなことを訊いたのだから。 「……どうせまた、うちの者が言ったんだね!?」 小松はやれやれとばかりに溜め息を吐いた。 「そんな暇、あるわけがないでしょ?今は、宰相を何とかすることが、大切でしょ」 小松の一言に、ゆきは嬉しくてつい笑顔になった。 その表情を見逃すことなく、小松はゆきに顔を近づけてくる。 「……それよりも、どうしてここにきたのか教えてくれるかな?」 小松のイジワルで甘い声に、ゆきはもう逆らえなくなる。 「……小松さんに逢いたかったから……」 消え入るような声で、ゆきが答えると、いきなり抱き締められた。 「……小松さん……!」 「君は私を喜ばせることが得意だね」 小松は微笑みながら耳許で囁くと、ゆきに口づける。 「……私が結婚しない理由はそのうち解るよ……。君だけに教えてあげる」 小松の甘い言葉に、ゆきは楽しみにしながら待とうと思った。 |