*恋草子*


 小松のことが好きなのに、相手はといえば、とてもつれない。

 大好きなひとだから、その素っ気ない態度が辛い。

 相手は大人で、大藩の家老ということもあるから、ゆきのような子供は、そもそも相手にしないのかもしれない。

 ゆきは溜め息を吐きながら、つい小松ばかりを見る。

 だが、見つめれば、見つめるほど、ゆきを無視しているような気がしてしまう。

 だから小松を見ないことに決めた。

 小松を見なければ、切ない気持ちになることはないだろうから。

 小松を避ければ、見つめることも出来ない。

 だからゆきは、小松と距離を取ることにした。

 だが、八葉と一緒に怨霊を退治することになると、小松と一緒に行かなければならない。

 その時はなるべく距離を置くようにはしているが、なかなかそれも難しいのだ。

 小松と協力をして怨霊を退治する。

 ゆきはその時に、左足に違和感を覚えた。

 かなり痛い。

 泣きたくなるぐらいにだ。

 しょうがないからゆきは休憩まで我慢することにした。

 ゆきはわざと笑顔を作りながら、みんなに何でもないように振る舞う。

 そうしなければ、誰もが怨霊退治をやめてまうから。

 困っているひとも沢山いるのだから止めるわけにはいかない。大丈夫だと思いながら、ゆきはなるべく誤魔化して闘っていた。

 爽やかな小川がある地域に差し掛かったところで、小松が声をあげた。

「このあたりで休憩しない?集中し過ぎていると仕事の能率が落ちるよ」

 小松の言葉に、誰もが頷いて休憩に入ることになった。

 ゆきもホッとして休憩をする。

 痛む足首を何処かで冷やさなければならない。

 小川のほとりが休憩場所だというのは、正直、ホッとしていた。

「……良かった」

 ゆきはポツリと呟くと、誰にも見つからない場所を探すことにした。

 捻挫だと思うから冷やしてしまえば大丈夫だと、ゆきは思ったのだ。

 ゆきはひとりでこっそりと抜け出すことにした。

 大丈夫だ。

 恐らく。

 誰にも見つからない筈だ。

 それだけを思って、ゆきは上流へと向かうことにした。

 素早く足首を冷やして帰ってくるのだ。

 みんなの前で冷やしていると、腫れ上がった足首を見せてしまうことになる。

 それはどうしても避けたかった。

 ゆきは足首を冷やすにはちょうどよい場所を見つけて、足を浸けることにした。

 本当に気持ちが良くて、思わず深呼吸してしまう。

 本当に気持ちが良い。

 これで冷やせば、何とかやり過ごすことが出来るだろう。

 ゆきはそう考えて、堪えることにした。

 何とかなるだろう。

 足首を見るとほんのりと腫れ上がっている。

 今夜は熱が上がってしまうかもしれないが、ゆきはそれでも良かった。

 熱なんて、眠ったら治るだろうから。

 ひとりで足首を冷やしていると、誰かの気配を感じる。

 陽炎か怨霊なのかもしれない。

 今はひとりだけだ。

 何とかなるだろうか。

 ゆきが構えようとすると、溜め息が聴こえてきた。

 お馴染みの溜め息だ。

「……まったく……。そんなことだろうと思ったよ……」

 呆れ返る声に振り返ると、そこには厳しい眼差しをした小松がいた。

 かなりキツい眼差しに、ゆきは思わず唇を噛んだ。

「……だ、大丈夫です。これぐらいは何ともないですから……。本当に……」

 誤魔化して笑いながら、ゆきは小松を見上げる。

 しかし、小松は更に呆れたような表情をする。

 これにはゆきも切なくなった。

「あ、あの、小松さんが心配されなくても大丈夫ですよ。今日は暑いから、足首を冷やしているだけですから」

「……ゆきくん、そんな言い訳が通用すると思っているの?」

 小松はゆきにピシャリと言い放つと、更に冷たい眼差しを向ける。

 見つかった相手が本当にまずかったと、ゆきは思った。

 よりによって小松だなんて。

 大好きだけれども全く反応のないひと。

 ゆきをひとりの女の子として見てはくれないひと。

 ゆきは溜め息を吐きたくなる。

「……足が相当痛むんじゃないの?」

 小松の怜悧な眼差しからは逃れられないし、嘘を吐けない。

 ゆきは再び胸が痛んだ。

 このままでは誤魔化すことなんて出来ないだろう。

 だが、意地を張りたくなる。

 厳しい小松にこれ以上心配も迷惑もかけたくはなかった。

「……君も強情だね……」

 呆れ返るように溜め息を吐かれて、ゆきは益々躰を小さくさせた。

「……痛いんでしょ?怒らないから、私にみせなさい」

 小松の声がこの上なく優しくなり、ゆきにそっと近づいてくる。

 その優しさに、心が甘くとろとろに蕩けてくるのを感じた。

 甘い優しさに勝てるはずがない。

 ましてや、大好きで大好きでしょうがないのだから。

 ゆきはここは素直になることにした。

 それが自分にも一番良い。

 ここは、強情になるところではないだろう。

「……ごめんなさい、小松さん……。痛いです……。足首……。痛くてしょうがないです……」

 素直に言いながら、ちらりと小松を見つめると、表情を曇らせる。

「痛いってどれぐらい痛いの?」

「じんじんと痛いです。瞬兄には言いたくなくて……。誰にも言いたくなくて……」

 ゆきが泣きそうになりながら言うと、小松は困ったようにゆきを見た。

「……私にはどうして言ったの?私からは逃れられないぐらいに思った?」

「……いいえ。それは……。小松さんだから素直に言わなければならないって思っただけで……」

「……そう……。素直にならなければ、怒られるとでも思ったの?」

「……そこまでは……。だけど、小松さんには迷惑だと思って……」

 ゆきは声が段々小さくなるのを感じながら話す。すると、小松はまた溜め息を吐いた。

「迷惑じゃないよ。だから、辛いときとかがあったら言って。いつでも言ってくれても構わないから」

 小松のイジワルのようで優しい気持ちに、ゆきは泣きそうになる。

「小松さん……。ずっと避けられてたから、迷惑だと思っていました……」

「迷惑じゃない。甘えて貰って構わないから……。だけど、ゆきくん、私以外には甘えてはいけないよ」

 小松は艶やかな眼差しを向けると、ゆきの足首にそっと触れる。

 足首の痛みなのか、甘いドキドキからなのかはわからないが、ゆきは鼓動を早める。

 大好きなひとに触れられるというのは、それだけで鼓動がおかしくなった。

「このあたりが痛いの?」

 小松に触れられて、ゆきは思わず躰を捩った。

 熱を持っているのは足首だけなのに、全身が熱くなる。

「……痛いんだね……」

 小松はゆきの足首を、丁寧に水に冷やした後、足首をそこから出した。

「ゆきくん、今日の遠征はこれまで。おぶさりなさい。帰るよ」

 小松はゆきに背中を見せると、おぶさるように促した。

 だが、ゆきは恥ずかしくて上手く出来なかった。

「おぶさらないの? おぶさらないなら、こうするまで」

「きゃっ!?」

 小松はゆきを強制的におんぶをすると、すたすたと歩き始める。

 ゆきは真っ赤になりながらおぶさる。

 小松の広い背中に、ゆきは総てを預けるようにすがりついた。

 切ない幸せを噛みしめながら。




モドル