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それは職務についてでもそうだし、人についても同じだ。 特に、『龍神の神子』である、蓮水ゆきに関しては、それが当てはまるのではないかと、小松は思う。 いくらこちらが好きであっても、一方的な感情をぶつけているだけでらないかと、思わずにはいられない。 いくら愛しても、好きになっても、相手が全く気付かないなんて、不毛すぎる。 小松は不快すら感じてしまう。 それが苦しい。 ひとりに対して、これ程までに複雑な感情を抱いてしまうなんて、小松は思ってもみなかった。 こんな気持ち、止めてしまえば良いのに。 なのに止められないのは、きっとそれだけゆきのことを愛しいと思っているからに違いない。 深みにはまってしまっていることは、誰よりもよく解っている。 小松は、不条理な感情をもて余すしかなかった。 呼吸が苦しくなるほどに、もて余していた。 怨霊封印を重ねると、ゆきの顔色はかなり悪くなる。 苦しそうになると言っても良い。 それだけ体力を使っているということなのだろう。 顔色の悪さが、小松は常に気になる。 他の八葉たちが気付かない、ゆきの機微に気を付けているからか、小松はいち早くゆきの異変に気付けている。それは有り難いと思っている。 「ゆきくん、今日は随分と怨霊封印が進んでいるんじゃないかな。少し休んだほうが良いよ。あ、平田殿も待っていることだから、邸に来なさい」 小松はなるべく自然に、誰にも気付かないように提案をする。 するとゆきは嬉しそうに笑った。 「平田さんに逢いたいです!」 ゆきの表情は、一気に晴れ上がる。 本当に猫が好きなのだろう。 ゆきの表情は明るい。 他の八葉たちには、きっと猫を使って出し抜いていると思われているだろう。 そんなことはどうでも良い。 「さあ行こうか。甘いお菓子もあるからね」 「有り難うございます」 ゆきの眩しい無邪気な笑顔を見ていると、どこまでも甘やかせたくなる。 だが、神子として、とことんまで甘やかせることは、小松には出来ない。 そこは厳しく接しなければならないと、小松は思っていた。 ゆきを邸に案内する。 すると家人たちは、ゆきを歓迎するように出てきてくれた。 家人たちの眼差しが輝くのは、きっとゆきが、将来は小松の妻になると、そんな期待があるからだろう。 最初は、それが合理的だと思っていた。 だが、今は、そんな無機質な理由を凌駕してしまうぐらいに、ゆきのことを本気で妻にしたいと思っている。 勿論、ゆきの気持ちを一番に優先してではあるが。 ゆきのことを、それほどまでに大事に思っているということなのだ。 小松がここまで思っていても、当の本人はさっぱりなのだが。 ゆきとふたりで、平田殿がいる、小松が執務をとる部屋に向かう。 小松が仕事をしている間に、ゆきは平田殿と楽しめば良いと、小松は思った。 「平田さん!」 平田殿は、相変わらず小松が愛用している座布団の上で、気持ち良さそうにまんまるになって眠っている。 小松もそのまんまるな可愛い姿に、とても癒された。 「直ぐに甘い団子を持って来させるから、平田殿と戯れていなさい」 「有り難うございます」 ゆきはさっそく、平田殿のぷくんぷくんとした体を、気持ち良さそうに撫でていた。 その間、小松は仕事に注力する。 ゆきには少しでも癒しの時間を持って欲しかった。 甘いものを食べれば、少しは癒されるだろう。 暖かいものに触れたら、きっと優しく疲れは凌駕するだろう。 小松はそのようなことを考えながら、ゆきを見つめていた。 団子を食べながら、ゆきは猫と寛いでいる。 本当に心から癒されているのが感じられて、小松は内心ほっとした。 「……小松さん、私たちは小松さんのお仕事の邪魔にはなっていないですか?」 ゆきは、ふと心配するように眉をひそめた。 「気にしなくて大丈夫だよ」 小松があっさり言うと、ゆきは安心したように笑顔になった。 その笑顔は屈託がなくて、とても可愛いものだった。 見つめているだけで、小松は癒される。 「良かったです。平田さんも私も小松さんのそばにいたかったので」 なんてことを、屈託なく言うのだろうか。 小松はついドキリとしてしまう。 こんなことをさらりと言うなんて、本当に自覚がないのだろう。 これには小松は苦笑いをするしかなかった。 ゆきは団子を食べて、猫を撫でて、本当に幸せそうだ。 厳しい状態でいるゆきが、少しでも癒されれば、小松はそれで良いと思っていた。 小松もいつもよりもかなり穏やかな気持ちで、仕事を進めることが出来る。 これはかなり大きなことだった。 いつの間にか、平田殿のゆきが静かになった。 小松が振り返ると、ゆきも平田殿も、気持ち良さそうにのんびりと、まんまると眠っていた。 「……疲れているんだろうね……。可愛そうに……」 小松は、決してゆきの前では言わない一言を呟くと、その頭を撫でた。 あどけない少女が背負っているものを考えると、小松は苦しくなる。 どうか。 せめて自分と一緒にいるときには、安心して欲しいと思わずにはいられない。 安らいでいて欲しい。 本当に命を削って、試練と向き合っているのだということを、考えずにはいられない。 「……ゆき、私と一緒にいる時には、力を抜いて、甘えてくれたら良いから……」 小松はじっと眠るゆきの身体を、ゆっくりと撫でる。 穏やかな優しい気持ちを持てる。 ずっとゆきの癒しでありたい。 ゆきが、そばにいる間は、ずっと護ってやりたい。 心も身体も。すべてを護ってやりたかった。 「ふにゃふにゃ」 平田殿が寝言のように鳴く。 「平田殿、ゆきくんが眠っているから、静かにね……」 小松が声をかけると、平田殿はまんまるになって、また寝息を立てる。 野性的で可愛い。 ゆきもまた、すやすやと寝息を立てて、とても可愛らしい。 見つめているだけで、くすぐったいほどに幸せだ。 小松はゆきを見守りながら、自分も癒されているのを感じていた。 これからどのようなことがあっても、ゆきを護る。 護ってやりたい。 ゆきが大義を果たすまでは、絶対にそばにいると、小松は誓った。 |