*その手を離さない*


 手を繋ぐ。

 その行為は、とても親密だと思う。

 素直な“好き”だという気持ちが、沢山詰まっているから。

 義務ではなく、自ら手を差し伸べたい時、自ら手を繋ぎたいと思うとき、溢れかえるぐらいの“好き”という気持ちが満ちているから。

 小松と手を繋ぎたい。

 けれども、こちらから手をさしのべたら、拒絶されるような気がして、上手く手を差しのべることが出来ない。

 小松が女の子の手を引いて歩くなんて、あり得そうであり得ないのだ。

 女性にはかなりモテることは知っているし、扱いだって上手いことも、噂で聞いたことはある。

 だが、あくまでそれだけなのだ。

 ゆきには、小松は大人の男性過ぎて、何をして良いのか、どうすれば更に近付くことが出来るのかが、よく解らない。

 ゆきにとっては、どうアプローチをして良いのかが解らない相手なのだ。

 恐らくは小松自身もそうなのかもしれない。

 だが、小松がどう感じて、どう思ってくれているのかということは、残念ながらゆきには想像出来ない。

 それは恐らく、ゆきに余りにも恋愛経験が無さすぎるから。

 ゆきは小松に、どうしたら好きだと言う気持ちが伝わるのかが、解らなかった。

 なかなかふたりだけで話す機会も、ふたりきりになるチャンスもない。

 かといって、自分から小松に好きだと伝えられるかと言えば、そんなことは出来なかった。

 出来るはずがなかった。

 

 今日はどのように動くのか。

 毎朝のように確認しあう。

 小松は、薩摩藩のことで忙しいから、ゆきと行動することはかなり少ない。

 だから、なかなか一緒にはいられない。

 小松の姿が見られるのは朝しかないから、ゆきはただ小松を見つめてしまっていた。

「じゃあゆきくん、君は今日、私と一緒に行動だね」

「え、あっ、はいっ!」

「ゆきくん、何だ、聞いていなかったの?」

 小松がげんなりとしたように呟く。

 ゆきは、聞いていなかった自分を恥じた。

 小松を見ると、うんざりしたような表情になる。

 こんな表情を見せられると、ゆきは思い気持ちになった。

 小松以外のひとならば、気にはならないかもしれない。だが、小松だからこそ気になってしまうのだ。

 ゆきは深呼吸をした後で、小松を見た。

「今日一日、よろしくお願いします、小松さん」

 ゆきは深々と頭を下げると、小松を見た。

「よろしく。お手柔らかに頼むよ」

「はい」

 ゆきは頷くと、もう一度深呼吸をする。胸がほんのりと痛んだ。

 小松とふたりで折角、出かけることが出来るというのに、ゆきの心は切なく沈んだままだった。

 小松とふたりきりだと、甘い雰囲気と言うよりも、厳しく見られているのではないかと、半ば思ってしまう。

 厳しくされると、やはり気持ちが沈む。

 小松の眼差しを見ると、相変わらず厳しい。

 眼鏡の奥から見つめられると、厳しく見られているのが丸分かりで、ゆきはその視線を避けるようにした。

 小松の表情に、一喜一憂している場合ではない。

 今は神子としての務めを果たさなければならない。

 ゆきは背筋を伸ばすと、ただ前だけを見た。

 怨霊や陽炎を封印してまわるというのは、体力も気力も時間も使うから大変だが、それでも笑顔を見せてくれる市井の人々のために、頑張るかいがあるというものだと思った。

「ゆきくん、少しは休憩を取ったほうが良いよ。疲れたでしょ」

「はい、ありがとうございます」

 ゆきは素直に礼を言うと、ホッと深呼吸をした。

 ちょうど疲れが身体に滲み始めたところだ。

 小松は、小さな飯屋に入り、そこで食事を注文してくれる。

 小松の身なりのよさに、店主は驚いて恐縮していたようだったか、小松は平然としていた。

 そこは小松らしいと、ゆきは思う。

「ここで少しのんびりとしたほうが良いでしょ。余り顔色が良くないからね」

「ありがとうございます。ここで少し休憩をすれば、大丈夫だと思いますよ」

「余り無理をするもんじゃないよ。ここから先も長いんだから」

 小松はゆきをたしなめるように言うと、食事を続けた。

 食事が終わると、小松は店を出る。

 ゆきはその後をおたおたと着いていくだけだ。

「小松さん、ありがとうございます。お陰さまでしっかりと休憩することが出来ました。ありがとうございます」

 ゆきが笑顔で礼を言うと、小松は一瞬だけ落ち着いた笑顔になった。

「ゆきくん、本格的な休憩はこれからだよ」

「え?」

「君は疲れているんでしょ。余り無理はしないほうが良いでしょ。だから、ゆっくりと長く休憩したほうが良いよ」

 小松は静かに言うと、町の外れに向かって歩いてゆく。

 町の賑やかな雰囲気とは異なり、とても静かでかつ美しい光景が、視界に広がっているのが見えた。

「この先に君が好きそうな場所があるから、ゆっくりするよ」

 小松は、草花が麗しいほどに咲いている自然が溢れる一角へと入ってゆく。

 目の前に広がる風景に、ゆきはしばし、我を忘れて見入ってしまった。

 美しい自然が溢れる、癒される空間だ。

「ここで暫く休憩をすると良いよ」

「ありがとうございます。嬉しいです」

 ゆきが素直な笑顔を向けると、小松はほんのりと微笑んでくれる。

 草花が瑞々しいぐらいに美しくて、ゆきはついうっとりと見惚れてしまう。

 そこに生きている。

 それが充分に感じられて、ゆきは嬉しかった。

「良い顔をしているね」

 声を掛けられて甘くドキリとする。顔を上げると、優しい眼差しを向けてくれている小松がいた。

 ゆきは恥ずかしい嬉しさに、つい表情を綻ばせる。

「……ありがとうございます」

「もっと素直な表情を私にも沢山見せてくれると、嬉しいけれどね。それが君の一番素直な表情でしょ?」

「……それって……」

 いつも意地悪で厳しい小松が、甘い言葉をくれる。

 それがゆきには嬉しい。

 心臓が走り出しそうになるぐらいにドキドキしてしまい、ゆきは耳まで真っ赤にしてしまう。

 喉がカラカラになるぐらいにドキドキするものだから、ゆきは上手く呼吸が出来ない。

「それはどういう意味ですか?」

 ゆきが訊くと、小松はフッと意味ありげな笑みをにじませる。

「そのままの意味だよ、ゆき。まだ意味が解らないということは、君には早いということかな? だけど、私は少しも早いとは思わないんだけれど」

 小松の言葉に、ゆきは更に訳が解らなくなり、小松を見上げた。

 すると甘く意地悪な笑みが返ってくるだけだ。

「か、考えてみますっ」

「君が考えられたらね?」

 ゆきが立ち上がろうとしたところで、いつもの癖のように躓いてしまった。

「……おっと。君はやっぱり慌て者だね」

 小松がくすくす笑いながら呟くと、ゆきの手をギュッと握りしめてくる。

「君はこうやって手を繋いでおかないとダメみたいだね」

 小松は離す気はないらしく、強く繋いでいる。

「さてと、そろそろ行こうか。君の表情も君らしくなったからね……」

 小松はゆきと手を繋いだまま、歩き始める。

 しっかりと手を繋がれて、ゆきは安心する温かさと、華やいだときめきを感じる。

 手を繋ぐ。

 それは、とても親密で、大好きなひとに近づいていること。

 ゆきは小松をとても近くに感じながら、幸せを感じた。

 もっと近づきたいと感じながら。





モドル