大好きな人が生きているだけで良い。 ゆきの大好きなひとは、生き急いでいるような気がしてならない。 今は困難が待ち受けてばかりだが、これが何れは素晴らしい幸せや大団円に繋がっていることを、今は信じている。 だが、ゆきの大好きなひとは、大団円に必ずしも自分がそこにいる必要はないと考えている。 自分は、大団円までの苦難を縁の下の力持ちとして、目立たずに支えきられたらそれで良いと。 明るく輝かしい未来に、必ずしも立つ必要はないと。 そんなことを考えているひと。 自分がやるべきことは、輝ける未来が見える場所に人々を送り届けること。 たとえそれが、自分だけがそこに行けないことを示していてもだ。 そんなひとなのだ。 一番の苦しみを引き受けても、その先の光はいらない。 一番輝かしい光を受け取ってもかまわないひとなのに、それを受け取ろうとしないひと。 ならば。 せめて、一緒にいることは許して欲しいと、ゆきは思う。 小松と一緒にいられたら、それだけで幸せなのだ。 それ以上も以下でもない。 ゆきは切なく思いながら、小松を見つめている。 ゆきがあからさまに小松ばかりを見つめているからだろうか。 小松は、何処か迷惑そうに溜め息を吐いた。 「全く……、君は私ばかりを見つめてばかりいて。他にやることがあるでしょ?うっとりと見つめてくれているのは良いけれど、今の君は思いつめたような不審者のようだよ」 小松に指摘をされて、ゆきははっと気がつく。 余りにもガンを飛ばしていたのだろう。 どうしても小松に、消えても構わないなんて、切なくも寂しい気持ちを抱かないで欲しいと、思わずにはいられない。 「……あ、あの……」 だが、ゆきは上手く言葉には出来なくて、シドロモドロになってしまう。 「そんなにしどろもどろになるなんて、何か言いにくいことでもあるの?」 「……それは」 上手く答えられないゆきに、小松は何処か苛立ちを覚えているようだった。 「小松さん、あの」 「気が散るから、何処かに行きなさい。私はやらなければならないことがたくさんあるからね……」 小松のきつい言葉に、ゆきは結局は屈するしかなかった。 ゆきは静かに押し黙ると、小松の部屋から出た。 結局は、小松の邪魔をして終わってしまったということだ。 ゆきは溜め息を吐くと、庭に出てぼんやりとしていた。 消えるだなんて言わないで欲しい。 本当にそれだけなのだ。 小松のそばにいたい。 ずっとそばにいたい。 ゆきにはそれだけなのだ。 なのに、小松はゆきに許可をくれないのだ。 そばにいることを。 大好きなのに。 ゆきがぼんやりとしていると、誰かの陰で周りが翳る。 顔をあげると、そこには小松が半ば呆れるように見つめてくれていた。 「……小松さん……」 「こんなところでいじけてどうしたの。言いたいことがあるなら、きちんと言いなさい。私は忙しいからね」 ゆきは小松を見上げると、泣きそうになりながら視線を向けた。 「……総てが終わったら消えるなんて言わないで下さい……。総てが終わっても、そばにいて下さい……」 ゆきはたったひとつの願いを、小松に真っ直ぐ伝えた。 「……私のような人間がいつまでもいると、明るい未来を作るのは難しくなる。だから引いた方が良いと思っているよ。総てが終わったら消えようとは、今は思ってはいないよ。ずっとそう思っていた時期はあったけれど、今はその先を悔いなく生きるために、今やらなければならないことをしているだけだよ。きちんと後始末をしておかないと、後を任された人間が大変だからね。こればかりはきちんとしておかなければならないからね」 小松は淡々と言うと、ゆきに手を差しのべる。 「この世界はまだまだやらなければならないことは沢山ある。だけど、私の役割は、それを総て手掛けるわけではない。明るい自由な未来を作るための下地までが、私の仕事だよ。それ以降は、私はやりたいことをやろうと思っている。やりたいことが見つかったからね……。有り難いことにね。これは八葉になったから出来たんだろうけれどね」 小松は先程までの厳しい表情ではなく、とても晴れ晴れとした表情だった。 それにゆきはほっとする。 消える。 その意味が前向きなものであることに、ゆきは安堵した。 「泣きそうな顔をして、どうしたの?そんな顔はしていられないでしょ?やらなければならないことは、山積みだよ」 「はい、そうですね」 ゆきはようやく笑顔を向けることが出来た。 「……ゆき、君が辛そうに思い詰めているのは、どうしてなの?」 小松は単刀直入に訊いてくる。 「……小松さんが、消えるって言っていたから、死んでも良いとか……、そんなことを考えていないかなって、思っていただけです……」 ゆきは“死”と口にするだけで、泣きそうになる。 だが、そんなゆきの切ない心を受け入れるように、フッと柔らかく微笑んだ。 「……確かに最初はね、そんなことを考えていたこともあったよ。だけど、今は違う……」 小松は真っ直ぐゆきを見つめる。 「私のお姫様が、死ぬなんて言ったら嫌がるからね。お姫様のために死ねないよ」 お姫様。 小松にはやはり大切なひとがいるのだろう。 ゆきは胸が苦しくなりながら、小松をまともに見つめることが出来ない。 泣きそうだ。 「……小松さんには、とても大切に思われる方がいるんですね。そのひとのために生きなくちゃならないですね」 笑おうとしたが、ゆきは上手く笑えない。 「……君、何か勘違いしているよね?」 小松は呆れたように溜め息を深々と吐くと、ゆきの顔を覗き込んできた。 「え……?」 涙目を見られたのかと、ゆきはつい慌ててしまう。 「……ゆき、君はバカなの?私のお姫様は、君に決まっているでしょ?」 小松は艶やかな声で囁くと、ゆきをギュッと抱きすくめた。 「……こ、小松さんっ!?」 「ゆき、君は私のお姫様だよ」 小松の言葉に、今度は幸せに満たされる余り泣きそうになる。 「……はい。私は、小松さんが死ぬことを許さないです」 「だから私は、総てが終わったら君のそばにいると決めた。それだけだよ」 小松はうっとりとするような笑みを浮かべると、ゆきを抱き締める。 「私もそれだけは決めています。小松さんのそばにいるって」 ゆきが柔らかく呟くと、小松は頷いた。 小松はゆきにゆっくりと唇を近づけてゆく。 甘い甘いキスに、未来は必ずふたり一緒だと感じずにはいられなかった。 総てが終われば。 |