*すれ違い*


 小松のことが好きだということは、ゆきも充分すぎるぐらいに自覚をしている。

 だが、肝心の相手は、本当に好きでいてくれているのか、そうでないのかがはっきりと区別することが出来ないでいる。

 ゆきにとっては、それが一番重要なのだ。

 小松はいつもストイックで、ゆきを翻弄する。

 そばにいるように言われたかと思えば、急に突き返されたりもする。

 ゆきにはそれがどうしてなのかが解らない。

 推し量れない小松の心に、胸が痛くてたまらなくなる。

 

 また、小松は京の藩邸で執務をしていて、ゆきのそばには来てはくれない。

 切なくて泣きたくなる。

 だが、そんなことを誰にも知られたくなくて、ゆきはただ静かに過ごす。

 ちょこちょこと怨霊を退治しに行くのだけれど、直ぐに体力がなくなってしまい、ゆきはひとり休んでいることも多い。

 ゆきはひとりぶらぶらと薩摩藩の藩邸近くに向かった。

 ゆきはただひとり、共をつけずに歩く。

 藩邸の前に向かうと、ちょうど小松がそこから出てくるところだった。

 つい小松を見つめてしまう。

 相変わらず小松はクールな表情をしていた。

 ゆきの存在に気づいたのか、ちらりとこちらを見たが、直ぐに籠に乗ってしまった。

 小松を見送りながら、ゆきは心が沈んでいるのを感じた。

 これ以上この場所にいてもしょうがないから、ゆきは静かに宿に戻る。

 宿までの道中、ひとの気配を感じて、ゆきは振り返った。

 すると薩摩藩士が何人か着いてきていた。

 恐らくは小松が寄越したのだろう。

 小松の計らいにゆきは感謝しながら、宿に入った。

 こうしていると、小松が本当に優しいのかそうではないのかが、ゆきには全く分からなかった。 

 

 宿の部屋に入ると、ゆきは横になった。

 最近は誰もが忙しくて、なかなか護衛を、つけられない。

 護衛は必要ないと、ゆきは思いながら、躰を横たえた。

 躰がかなり重い。

 辛いといっても良いかもしれない。

 それぐらいに最近はダメージがあった。

 

 ゆきは小松と会えない日々が続き、かなり参っていた。

 こんなにも苦しいぐらいに好きな相手は、他にはいないから。

 宿にゆきに届け物があり、下に呼ばれた。

「……花ですか。ありがとうございます」

 ゆきは花を受けとると、その香りに酔いしれる。

 こうして花の香りを嗅いでいると、心が安らぐ。

 苦しい状況も、恋心も総てを癒してくれるから。

 ゆきは花の香りを堪能しながら、もう少し頑張らなければならないと痛切に感じた。

 小松のいる、このかけがえのない世界を守りたい。

 自分自身が生まれた世界を守りたい。

 この二つを実現させるためには、本当に頑張らなければならないのだ。

 ゆきは背筋がしゃんとした気持ちになった。体力がどれぐらい持つかは解らないけれども、全力で頑張らなければならない。

 今は目の前にあることを頑張ろう。

 ゆきはそれだけを考える。

 花を香りながら、ふと愛しいあのひとを思い出す。

 花は小松からかもしれない。

 もしそうだとしたら、これ以上に嬉しいことはないかもしれない。

 ゆきは深呼吸をすると、気合いを入れて頑張ることにした。

 小松のために。

 そして、自分自身のために。

 

 張り切って働きすぎたからかもしれない。

 ゆきは疲労を蓄積させて、まる一日寝ていなければならないはめになった。

 しょうがない。

 ここのところ、自分で頑張れることをと、張り切りすぎたのかもしれない。

 今までならば、これぐらいで体力がなくなるなんてことはなかったのに。

 やはりそれだけ、神子の力の代償は大きいのだろう。

 ゆきは溜め息を吐いた。

 他の八葉は、戻ってきて闘いに参加してくれているというのに、小松だけが来ない。

 分かっている。

 小松は誰よりも忙しい。

 そして、ゆきのことを気遣いながらも、近づいては来ない。

 最近は特にそうなのだ。

 それがゆきには辛い。

 ゆきは、小松に会いたいと願いながらも、それが叶わないことに胸を切なくさせていた。

 

「花か。有り難う。この花は責任を持って、渡しておくよ。送り主に言っておいて。受け取れないぐらいに本人は弱っているけれど、私たちで何とかするからしんぱいないってね」

 都は宿の入り口でゆき宛の花を受けとると、わざと大袈裟に伝えた。

 こうでも言わなければ、あのイジワル眼鏡には通用しないだろうと思ったからだ。

 本当に始末におえない。

 ゆきのためにたまには顔を出してやれと思う。

 子供の頃からずっと一緒で、しかも対の存在だから、ゆきの気持ちは痛いほど解る。

 小松のことが好きで好きでしょうがないのだろう。

 だからこそ、この苦しみを少しで良いから取ってあげたかった。

 それがゆきを愛する者の役目だと、都は感じていた。

 

 スタスタと凛とした足音が聴こえる。

 すぐ誰かは解る。

 都だ。

「ゆき、起きている?」

「うん、大丈夫だよ」

 ゆきが躰を起こすタイミングで、都が部屋に入ってきた。

「ほら、また花。多分、サドキザイヤミメガネだろうけれど」

 都の表現に、ゆきはふと、笑ってしまう。

「姿は見せないのに、ったくマメだよね、こういうことは。サドキザイヤミメガネは」

「だけど嬉しいよ……。こうやって花を贈ってくれるぐらいに、気にして下さっているなら……」

 ゆきは花の香りをゆっくりと嗅ぐと、心が満たされる気持ちだった。

「……ゆき……。そんなに気になるなら、顔ぐらい出したら良いのに。ホントイヤミなエリートって嫌だよね」

 都の言葉にくすりと笑っていると、品行方正なのに焦っているような足音が聞こえた。

「ゆき、お出ましみたいだよ。ったく、そんなに心配ならば、初めから会いに来たら良いのに」

 都はやれやれとばかりに立ち上がると、部屋の外に出た。

 都が部屋を出て直ぐに、ゆきが一番聴きたいひとの声が響く。

「……ゆきくん、入るよ」

「どうぞ」

 ゆきが声をかけると、小松が静かに部屋に入ってきた。

「……小松さん、こんにちは。お花ありがとうございます」

 ゆきが笑顔で挨拶をしても、小松はクールな表情のままだ。

「ゆきくん、具合はどうなの?」

「……ちょっと頑張りすぎただけみたいなので、じっとしていたら治りますから大丈夫です」

 ゆきが笑顔で答えると、小松にいきなり抱きすくめられた。

「……どうしてそんなにも無理ばかりをするの!?」

 小松は切迫したような声で呟くと、ゆきを更に抱きすくめた。

「……小松さん……」

 小松が本当に心配してくれていたことが、抱擁で伝わってくる。

「……ありがとう……」 

 ゆきは小松を思いきり抱き締めると、暫く、じっとしていた。

 かけがえのない幸せを感じながら。





モドル