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好きだと言うことが、相手を困らせるだけだということは、小松は充分に解っていた。 だからこそこの感情を圧し殺すべきだと思う。 自分さえそうしておけば、なんの問題もないのだ。 ゆきは、ここからはいずれいなくなるのだ。 そして、元の世界に還してあげなければならないことは、小松が一番解っている。 それをゆきが望んでいるのだから。 だからこそ、なるべく近づかないようにする。 これ以上の感情をゆきに対して抱いてしまえば、離せなくなることは、誰よりも小松自身が解っているのだから。 感情をぶつけてはならない。 誰よりも愛するものの幸せを願いたいから。 それには、ゆきの望むように助けてやることしか、小松には出来ない。 なのに近づいてしまう。 手を伸ばしてしまう。 決して折ってはならない、摘んではならない花であるというのに。 つい手を伸ばさずにはいられない。 こんなことは合理的でないのは、小松が一番解っている。 深入りをしてはならない。 それは解っている。 これ以上の感情をゆきに対して抱いてしまえば、いざという時に行かせてやれないのだから。 夜になり、ひとりになると、どうしても両親のことを考えてしまう。 助けたい。 助けて、再び両親に逢いたいと思う。 夜は特に両親のことを思い出してしまう。 寂しくて泣きそうになる。 特にこうして夜空を見上げると、恋しくて堪らなくなった。 仲間たちがいるから、寂しいということはない。 だが、こうして泣きたくなるぐらいに、両親が恋しくなるのも事実だ。 昼間は仲間がいるから、構わない。 何にも寂しいことはない。 だが、夜になると途端に切なくて寂しくなるのだ。 夜の闇がそうさせているのかもしれない。 ゆきは月を眺めながら、溜め息を吐いた。 綺麗な月は、やはり家族を思い起こさせる。 「溜め息を吐くと、幸せが逃げて行くと私に言ったのは、君だと思うけど?」 透明で何処かゆきを突き放すような声に、思わず振り返った。 そこにはクールな表情で佇む小松がいた。 「どうしたの?溜め息ばかりだね」 「小松さん、何でもありませんよ」 ゆきは自分の気持ちを誤魔化すように、わざと月の光のように明るく呟いた。 「そんな風に見えないけれど?寂しそうに見えたけれどね……。私には……」 小松の真を突く言葉に、ゆきは思わず黙る。 今夜の月光と同じような冴えざえとした眼差しを向けられて、ゆきは息を止めた。 このひとの前では、嘘を吐くことなんて出来ない。それは愚か極まりない行為なのだろう。 ゆきは止めた息を一気に吐き出す。 こうすると幾分か気持ちが落ち着く。 「お見通しですね」 ゆきは降参しながら笑った。 素直に認めた上で、心配をかけないように、からりとした笑みを浮かべた。 「やっぱりね。夜の闇は優しいけれど、優しいからこそ、不安や寂しさを生むからね。温かなものと同じ優しさだからこそ、きっとそれを思い出し、それがたなごころにないことを思い知らされるからこそ、恐怖や不安といった感情が出てくるんだろうね……」 このひとはどこまで冷静なのだろうかとゆきが思ってしまうぐらいに、小松の指摘は理にかなったものだった。 小松は柔らかで温かいのに、何処か冷たい夜の闇を見つめる。 まるで小松のようだと、ゆきは思った。 冷たいのに、柔らかい優しさと温もりを持つ人。 相手のためだからこそ、厳しくも突き放すようなことをストレートに言えるひと。 こんなひとは、なかなかいない。 ゆきはじっと小松の横顔を見つめた。 「恋しい?」 「え?」 いきなり小松に言われて、ゆきは驚いてしまった。 「ご両親に会えなくて……」 小松は遠回しではなく、率直に訊いてきた。 「小松さん……」 「図星だよね」 小松はフッと寂しそうな笑みを浮かべる。冷たい影などどこにもない、とても優しい笑みだった。 「恋しいです。家族はとっておきの存在だから……」 ゆきが泣き笑いの表情を浮かべると、小松は苦笑いを浮かべた。 「だろうね」 「いつか、お父さんとお母さんには会えると信じています。そのためにがんばっていますから」 ゆきはキッパリと言い切ると、小松に笑顔を向けた。 本当は泣きそうだったが、ゆきは何とか堪えた。 小松の前で両親に逢いたいと言うと、泣きそうになった。 このひとの前では無防備になってしまうのは、きっと総てを見透かされているからだろう。 丸腰で闘うのと大差がないと、ゆきは思わずにはいられなかった。 どうしてこのひとの前では、心がこんなにもさらけ出されてしまうのだろうか。 どうしてこんなにもスキダラケになってしまうのだろうか。 ゆきは、答えが見つからない迷子のような気分になった。 瞳にはいつの間にか涙が滲んでいた。 「……ゆきくん、君がご両親に早く会えるように、そして私たちが大義を為すことが出来るように、精一杯頑張らなければならないね」 小松は柔らかな闇のように落ち着いた声で言う。 ゆきの心に優しくそれが下りてきて、前を向いて歩いていける気持ちをくれた。 背中を後押しされたような気持ちになった。 両親に会える。 そう思うと、励みになって優しい笑みを素直に浮かべられた。 「そう。君は素直な笑顔が似合うからね」 小松は笑いながら頷くと、ゆきの頭を撫でた。 「君には仲間がいるから、ご両親に会えるまで頑張れるよ。それに、寂しいと感じなくなるほどに、これからは忙しくて大変だからね」 「そうですね」 ゆきは納得しながら頷く。 小松と話していると、心の重しがすんなりと取れる。 ゆきは素直な笑顔を浮かべられた。 「……全く、参ったね……」 小松は溜め息を吐く。 ゆきが両親と再会すること。 それは小松との別れに他ならない。 ゆきの願いが叶うときには、小松はゆきから離れなければならない。 果たしてそのようなことが自分に出来るのだろうか。 小松は闇に問いかけるように、真っ直ぐ夜空を見上げた。 だが、答えなど見つかるはずがない。 自分の心の中にそれがあることは、小松が誰よりも一番理解していた。 だからこそ苦しい。 ゆきにとっても自分にとってもベストな答えは、なかなか見つからなかった。 この甘美な苦しみはまだ続く。 だが、この苦しみがあるうちが一番幸せなのではないかと、小松は思わずにはいられなかった。 |