*幸せの秋*


 小松とようやくふたりで、のんびりとした時間を持つことが出来た。

 これには本当に感謝している。

 誰よりも愛するひとと、かけがえのない時間を持つのが、何よりも嬉しい。

 秋は良い季節だからと、のんびりと自然が楽しめる場所に連れていってくれるのだ。

 小松がこの世界で一番気に入っている車に乗り込んで、ふたりで笑顔を浮かべて向かう。

 小松とのドライブは大好きだ。

 安全運転をしてくれるが、とても快適で爽快なドライブにしてくれるのだ。

「車は良いね。実に合理的で、しかも美しい」

 小松は満足するように呟きながら、ステアリングを握りしめている。

 ゆきは、小松の運転する姿を見つめるのが、すっかり大好きになってしまった。

 本当に素敵なのだ。

 これもドライブの醍醐味のひとつだ。

「ずっと忙しくて、君との時間が取れなかったから、申し訳ないね」

「こうして素敵な時間が取れたので、帳消しですよ」

 ゆきがクスリと笑いながら言うと、小松は嬉しそうに優しく笑ってくれた。

 とても温かくてロマンティックな気持ちになる。

 ほわほわとした温かな気分だ。

 幸せで堪らない。

「ドライブするだけでも幸せです」

「今日はのんびりとした気持ちになる場所に向かっているから楽しみにしておいて」

「はい」

 小松と行く場所は、いつも素敵に決まっている。

 小松がいれば、何処でも素敵な場所になるのだから。

 車はハイウェイから、郊外に向かって走っている。

 都会の景色を見るのも良いが、のんびりしている郊外の景色もとても素敵に思えた。

 まだ、秋の始めのせいか、葉の色が僅かに変わっているぐらいだ。

 それでも清々しい気持ちになる。

 小松とふたりで郊外に赴く、シチュエーションは素敵だ。

 ふたりきりで羽根を伸ばせる時間がとても貴重だと思う。だからこそ、思いきり楽しもうと思った。

 車はハイウェイを下りて、山道へと向かう。

 この世界で生まれたわけではないのに、小松はカーナビを駆使して走る。

 すっかりこの世界に馴染んだようだった。

「静かに過ごせるから楽しみにして。こちらの世界は、私が生まれた世界に比べたら、かなり音と光に包まれているからね。それを取り除くことは、たまには必要だよ。勿論、防犯面ではきちんとしているところを選んでいるつもりだけれどね」

 小松は微笑むと、のどかな山道へと進んでいった。

 

 ついた場所は、山の中にある別荘のような宿だった。

 客室が、一室ずつ独立しており、宿泊客同士で気兼ねすることもないうえに、出入口のセキュリティが万全だ。

 安心してのんびりすることができる環境だ。

 何事にもきちんと手筈を整える小松らしいと、ゆきは思った。

 これから帰るまでの間、心からのんびりすることが出来るのが、ゆきは嬉しかった。

 用意された部屋も落ち着くような調度品に囲まれていた。

「荷物を置いたら、散歩でもしてゆっくりする?」

「はい。ゆっくりと散歩したいです」

「そう。それは良かった」

 小松は静かに微笑むと、ゆきの手を取ってくれた。

 小松に手を握られると、心から安心する。こうしてのんびりするだけで幸せだ。

 ふたりで、羽根を思いきり伸ばすために、落葉が始まった山道をのんびりと歩き始めた。

 まだ紅葉には随分と早いが、それでも秋になったことを実感する。

 陽射しが随分と柔らかく優しくなったからだろう。

「帯刀さん、誘って下さって有り難うございます。歩いているだけで、幸せな気持ちになります」

「そうだね。こうして手を繋ぐのがとても気持ちが良い季節になったね……」

 小松は離さないとばかりき、ゆきの手を思いきり握り締めた。

 こうして力強く手を思いきり握り締められると、ゆきは華やいだ気持ちになる。

 とても幸せな気分だ。

 流石に山のなかだからか、少し気温が低いのか、ほんのりと寒い。

 ふるりと軽く震えると、小松がゆきをじっと見つめた。

「寒いの?」

「流石に町中と同じようにはいかないみたいです……」

 ゆきが苦笑いを浮かべると、小松は直ぐにジャケットを脱いだ。

「これを着ていなさい。少しはましなはずだよ」

 小松の声は突き放したように冷たいのに、とても温かい。

 大切にされていると、ゆきは実感せずにはいられない。

 本当に小松には、『感謝』という言葉しかないのではないかと、思わずにはいられなかった。

「温かいです。有り難うございます」

 ゆきがほわほわとした幸せを滲ませながら呟くと、小松は柔らかく頷いてくれた。

 小松と他愛ない話をしながら、のんびりと歩く。

 これだけゆっくりとしていると、癒される。

 大好きなひととと、話をしながら、自然の中を歩く。

 これ以上に素敵な時間の使い方はないだろうと、ゆきは実感する。

「贅沢ですね」

「何が贅沢なの?」

「帯刀さんとこうして一緒に、手を繋いで、自然の中を散歩をする。これ以上に素敵な時間の使い方はないように思えます」

 ゆきが屈託のない笑顔を小松に向けると、納得とばかりに頷いた。

「確かにそうだね……。何にも急かされることなく、のんびりと時間を使えるのだからね……。これ以上に素晴らしいことはないね」

「はい。同じ季節のうつろぎを感じられて、幸せです」

 ゆきはごく自然に小松に寄り添った。

 ふと、足元に、季節をやや外した蝉の死骸を見つけた。

 ゆきは思わず立ち止まると、そのまま視線を死骸に落とした。

「秋なんですね……。夏の脱け殻みたいです」

 ゆきの自然に、小松も重ねてくれる。

「秋は生死が交差する季節だからね……」

 小松の声が何処か郷愁的だ。

「そうかもしれませんね」

 ゆきが何とも表現し難い表情をすると、小松はフッと寂しげに微笑んだ。

「このような季節の移り変わりを、ずっと君と見て、時間を重ねてゆきたいね」

 小松は穏やかに微笑みながら呟く。

 その言葉の甘さと重さに、ゆきは泣きそうになる。

「私もずっと帯刀さんと季節を重ねてゆきたいです……」

 ゆきの言葉に、小松は穏やかに頷く。

 穏やかなのに、決意を秘めたような力強さがある。

 小松はゆきをそっと抱き寄せる。

「これからもずっと一緒にいよう。約束、だからね」

「はい」

これからもずっと同じ季節を重ねてゆきたい。

 小松と同じ時間を季節を、瞬間を重ねてゆきたい。

「素敵な時間を有り難うございます」

「こちらこそ、有り難う、ゆき」

 ふたりで共に重ねる時間が、何よりも素晴らしいことを、変えがたいことを、ふたりは実感していた。



モドル