*妻になる事情*


 小松が妻になれと言っているのは、戯れに過ぎないのではないかと、ゆきは思う。

 そうでなければ、こんなことは言わない。

 小松が「妻になれ」と言えば、喜んで妻になる女性が大勢いることも、ゆきは分かっている。

 結婚なんて望めばいくらでも出来るひとだ。

 なのに、困っているとばかりに、ゆきだけに「妻になれ」と言うのはどういうことなのだろうか。

 もし、もし、心から望んでくれているというのなら、これ以上のことはない。

 だが、本当に、政争の具にされたくはないと純粋に思っているというならば、こんなにも厳しいことはない。

 小松のこころが読めない。

 だからこそ、ゆきはその手を取ることが出来ないのだ。

 

 妻になりなさい。

 そう言われてから、小松と二人きりで過ごすのは、何となく気まずい。

 重い気持ちにすらなる。

 小松のことが本当は好きなのに、ふたりでいることは幸せである筈なのに、あれから何となくギクシャクしてしまう。

 小松の気持ちが読めないからかもしれない。

 色々と考えているうちに、小松に対する態度が更にぎこちなくなってしまう。

 そんな悶々とした状況なのに、小松と二人きりになってしまった。

 小松は相変わらずクールで、ゆきを冷静に見ている。態度もいつもと全く変わりはない。

 これに対してゆきはと言えば、つい、つい、不自然な態度に出てしまう。

 小松をチラチラ盗み見すらして、様子を伺うことしか出来ない。

「何が言いたいの?さっきから君の態度はかなりおかしいよ」

「お、おかしいでしょうか?」

「かなりね。ま、最近、ずっとおかしいけれどね……」

 冷たく分析するように言われて、ゆきはため息を吐きたくなった。

「理由は分かっているけれどね」

 小松はさらりと言い、これ以上は追求はしないようだった。

 ゆきはホッとしながら、小松を見上げる。

「さ、行くよ。時間が惜しいからね。無駄には出来ない」

「はい」

 怨霊についての聞き込みの最中なのだと、ゆきは自分自身に言い聞かせながら、歩みを進めた。

 ぼんやりと歩いていたからだろうか。

 不意に人とぶつかりそうになった。

「あっ!」

 だが、直ぐに力強い腕に引き寄せられ、ゆきは目を丸くする。

 逞しい安心感に顔を上げると、涼しげな小松の眼差しが突き刺さってきた。

「ぼんやりしない。命取りになるかもしれないよ」

 小松はゆきを静かに叱る。そこには、何の感情もないのではないかと思うぐらいに、とても冷たい。

 ゆきは胸が切なく痛む。

 やはり、妻になれという言葉の裏には、恋愛感情などないのだろう。

 そう考えるだけで、ゆきは重いものを心に抱えた。

 ゆきの雰囲気が重いものだと感じたからだろうか。

 何の前触れもなく、小松がいきなり手を握りしめてきた。

 その力強さにゆきは驚いて目を見開く。

「こうでもしなければ、君は危なっかしいからね。いつも、本当に危険だよ、君は……。だからこそ、私が見ていなければならないのだろうけど……」

 小松の低くて甘い声が、ゆきの胸にゆっくりと染み込んでくる。

 もしかして、ゆきを守るために、小松は、妻になれと、言ってくれているのだろうか。

「君は無防備過ぎるよ。強くなってきてはいるけれど、それでもまだまだだよ。強くなるには時間がかかる。だが、強くなるには誰かが支えなければならない。私はそう思うけれどね」

 小松はゆきをじっと見つめる。

 お姫様だと思っているのだろう。

 そのようなところがあるのは認める。

 神子は、八葉に守られているから、こうして無謀なことに立ち向かえるのだから。

「守られているから頑張れている自覚はあります。ですが、私も八葉のみんなを護っているという想いはあるんです」

 ゆきは真っ直ぐ小松を見る。小松は驚いたように目を見開いたが、直ぐに笑みを浮かべる。

「流石は私が妻にしたいと思うだけあるよ。君は。守られながらも、本当は私たちを護ってくれている。その意識は私にもあるよ。だから、君を妻にしたいと思った」

 小松はフッと微笑む。

「君がしがらみがないお嬢さんであるからだけではないよ。私は気に入らない相手だったら、結婚なんてしないよ。いくら、良い条件だったとしてもね……」

 小松はしらっと何でもないことのように言う。

 そのクールさは、憎らしい程に素敵だった。

「だったら、私のことを気に入って下さっていると、いうことですか……?」

 ゆきは鼓動が期待で乱高下するのを感じながら、上目遣いで小松を見た。

 だが、小松は相変わらずからかうような眼差しと、クールな表情のままだ。

「さあね。私にはよく解らないとだけ、言っておこうかな。君が自分で感じることでしょ?」

 小松はゆきの鼻を柔らかく弾く。

「分かっている?これは自分で見つけることだよ。君が自分で手にする感情だよ。誰にも頼ってはいけないね」

 小松はあくまで突き放したように言うが、何処か面白がっているようにも見えた。

「そう……。だから、無防備にならないように、私が監視しないといけないね」

 小松はギュッと手を握りしめてくれる。

 その強さに、ゆきはドキドキせずにはいられない。

「見つけられますか?」

「君が、私がどうして君を妻にしたいのか、突き詰めて考えると、分かるよ」

 突き詰めて考える。

 突き詰めて考えると、恋愛感情があるということになる。

「……私を好きだということですか?」

 ゆきが思いきって訊いてみると、小松はフッと微笑んだ。

「……否定はしないよ。私は、なんとも思わない女性には、こんなことをしないからね」

 小松はフッと笑いながら、肝心のことを教えてはくれない。

「戯れないでください」

「戯れてはいないよ」

 小松はくすりと笑いながら、ゆきの額に人差し指をあてる。

「君は、私が守って、そして君も私だけを守ってくれたら、それで良いの。私だけを、ね。今はまだ無理だろうけれど、全てが終わったら、私だけを守って……」

 全てが終わったら、小松を守る。

 そうなったら素敵だと、ゆきは思わずにはいられない。

「全てが終われば、私の妻になりなさい……。今は返事をしなくても、良いから」

 小松の指先が優しく頬に触れる。

 柔らかく触れられると、優しさと温もりを感じる。

 それが愛情であると知るのは、全てが終わってからのこと。

 



モドル