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上流社会だとか、セレブリティだとか、そんな言葉を聴いても、全くといって良いほどにピンと来ない。 自分自身がその世界にいるからではないかと、友人たちには言われるけれど、そんなことはないと、反論してしまう。 自分がいる世界は、ごくごく普通だとは思っている。 とてもナチュラルなことだと。 親はとても自由なひとだし、しきたりだとかに、がんじがらめになるということもない。 だからこそ、ゆきは今まで、普通だとは思っていた。 見合いの席を設けられるまでは。 いくら自由な精神の持ち主であるとはいえ、親も娘の満たされた幸せを願うようで、やはりそれなりに幸せになれそうなひとに、嫁がせたいというのかが親心なのかもしれない。 なに不自由なく育ってきたゆきだからこそ、両親は苦労させたくはないと思っているのかもしれない。 だからこその見合いの席なのだが、ゆきはまだ早いような気がしていた。 誰かと結婚を前提にお付き合いをするのは、まだまだ時期尚早なのではないかと、つい思ってしまう。 ゆきは、父親に用があり、父親が経営をする会社に来ていた。 父親が忘れた書類を届け、いつものように束の間のティータイムを取ったあと、ゆきは父親が使う役員室を後にした。 ぼんやりとエレベーターを待っていると、到着を知らせるベルが鳴り響き、ドアが開く。 それと同時に、ゆきがエレベーターの中に入ろうとした時だった。 誰かの逞しい肩とぶつかり、そのまま躓きそうになる。 躰のバランスを崩したはずなのに、いきなり逞しい腕に支えられて、躓かすにすんだ。 白檀の香りがして、どきりとしてしまう。 「あ、ありがとうございます」 顔をあげながら礼を言うと、そこには眼鏡がよく似合う、冷たく整った容姿を持つ、男性が立っていた。 「ぼんやりするのは、非効率的だよ。迷惑がかかる」 男は冷たく言いはなったかと思うと、「失礼」と言いながら、父親がいる役員室へと消える。 余りに印象的で、ゆきはただ男の抜き身の剣のような背中を視線で追いかけることしか、出来なかった。 ゆきは綺麗に振り袖に着付けられて、髪を短いながらも結い上げられた。 薄くではあるが、きちんとメイクまでして貰った。 鏡を見ると、いつもよりも綺麗にして貰ってはいるが、何だかとても子供っぽいような気がした。 両親と一緒に、高級外資系ホテルに連れて行かれる。 何だか落ち着かない。 軽い気持ちで、社会経験の為にと、見合いを了承をしたというのに、何だか妙な緊張感が漂ってきた。 ゆきは落ち着かずに、車で移動している間も、何だかモゾモゾとしてしまった。 「ゆき、緊張しているのは解るけれど、もう少し落ち着きなさい。相手は立派な大人の方だから」 「うん」 見合い相手が大人の男性。 ゆきは余計に落ち着かなくなってしまった。 自分よりは年上だとは思っていたが、かなりの大人の男性かもしれない。 それを聞かされると、更に緊張してしまった。 「今回は社会経験だと思って頑張りなさい。とはいえ、相手の方はしっかりとした立派な方だから、きちんとした対応は心がけなさい」 父親に諭されるように言われてしまい、ゆきは更に躰を硬くしてしまう。 ゆきは余計に居心地が悪い。 緊張も高まる。 ただの社会経験だと思っていたのに、大それたことになりそうだ。 ゆきは背筋を伸ばして覚悟を決めると、前をまっすぐ見つめた。 見合いのセッティング場所は、雰囲気の良い老舗のホテルだった。 落ち着いた和テイストがとても心地が良い。 ゆきは緊張しながらも、なるべく笑顔で対応をしようと決めた。 いつもよりはおしとやかに歩いてゆく。 ゆっくりと歩いてゆくと、落ち着いた気分になってくる。 案内された部屋の前に立つと、ゆきは緊張を緩和させながら深呼吸をした。 するといきなり、部屋の障子戸が開かれる。 そこに現れたのは、父親の会社で見かけた、冷たい雰囲気の男だった。 ゆきは思わず息を呑む。 まさか、あの男が、ゆきの見合い相手だなんて思ってもみなかったのだ。 ゆきは言葉に詰まってしまう。 「何しているの? そんなところでつっ立っていても時間の無駄。早く入りなさい」 冷たい口調で言われて、ゆきは思わずたじろいでしまう。 「ぼんやりするのは時間の無駄だと、私は君に言ったよね」 男に言われると、まるで叱られているような気持ちになり、たまらなくなる。 「ご、ごめんなさい」 ゆきは慌てて謝ると、部屋の中に入った。 まさか相手がよりによって、あの男だなんて、ゆきは思ってもみないことだった。 先程よりも緊張感がしてしまう。 しかもかなり嫌な緊張であるのは間違いなかった。 和室であるから当然のことながら正座をしなければならない。 だが、ゆきの席には正座がしやすいように、小さな腰掛けのようなものが置いてあった。 これならば、痺れることなく、なんとか正座をすることが出来る。 ゆきはホッとして、正座する。 「小松さん、こちらは蓮水ゆきさん。ゆきさん、こちらは小松帯刀さんです」 帯刀だなんて、随分と古式ゆかしい名前だと、ゆきは思う。だから、固いイメージがあるのだろうかと、ゆきはぼんやりと思った。 「蓮水ゆきです。よろしくお願いします」 「小松帯刀です。よろしく、ゆきくん」 小松の明らかな上から目線を感じながら、ゆきは頭を下げた。 目の前の小松を見つめる。 正直、面と向かって見つめることが出来ないぐらいに、ゆきは緊張してしまっていた。 相手が相手なだけに、どうせ断りを入れてくるだろう。 ちらりと横にいる両親を見つめると、かなり緊張しているようだった。 両親をこんなにも緊張させてしまうなんて、小松は余ほどの人物なのではないかと思った。 話をするにも、ゆきは話す話題なんてほとんどないと思った。 しかも、相手はゆきに余り良い印象がないようだ。 この緊張が、ゆきにはある意味社会勉強だと思うしかなかった。 ゆきは笑顔になりながら、殆どをセッティングをしてくれた女性と話してしまう。 どう小松と会話をして良いのかが、ゆきには全く解らなかった。 これではいけないとは思いながらも、ゆきは小松と話さず、つい仲立をしている女性と話をしてしまう。 これでは見合いは明らかに失敗だ。 「ゆきさん、小松さんは鹿児島の有名名家のご出身なのですよ。ですけれど、お一人で起業されまして、成功されたんですよ」 「そうなんですか」 ゆきには正直な気持ちを話しても、全く構わないと思っていたせいか、さらりとかわすように言う。それで劇的に態度を変えることはなかった。 するといきなり小松が立ち上がると、ゆきの前にやって来る。 最初は怒られると思って、ゆきは躰を小さくさせる。 だが、小松はいきなりゆきの手を取った。 |
モドル ツギ