*背伸びの恋をしても*


 恋するひとは、いつもクールで意地悪で、リアリストだから、当たっても砕けちってしまうのではないかと、ゆきは思う。

 ステイタスもある上に、容姿も端麗。性格は落ち着いた大人のリアリスト。

 だから、女性が放ってはおかない。

 完璧な冷たい男だ。

 恋をすれば、傷ついてしまう相手であることは、十分に解っているつもりだ。

 なのに、どうしてこんなにもこのひとのことが、好きなのだろうか。

 好きで、好きで、堪らないのだろうか。

 ゆきは自分の気持ちが訳が分からなくなる。

 イジワルだし、優しいのか冷たいのか、全く分からないひとだからだ。

 恋をしない方が良い。

 いや、なのに堕ちてしまうのが、恋なのかもしれない。

 

 高校三年生にもなって、恋人ひとり作ることが出来ないのは、ひとえにあの男のせいなのではないかと、思わずにはいられない。

 もうすぐ大学生なのに。

 あの男以外の男性と恋が出来ないのは、ひとえにあの男を好きすぎている自分に原因が有るのだろう。

 ゆきは溜め息を吐いた。

 春からは大学生。

 なのに、心模様はブルーグレーだ。決して美しきスカイブルーにはならないのだ。

 授業が終わり、ゆきは友達に声をかけられた。

「ゆき、今日さ、皆で、元町に出てお茶をしようよ?」

「うん、そうだね。ケーキとか食べたい気分だよ」

「そうだよね」

 友人たちの屈託のない笑顔に癒されて、ゆきも笑顔になった。

 友人たちと連れ立って元町のカフェへと向かう。

 同級生の男の子たちも加わって、クラスメイトでわいわいと騒ぐのが、とても楽しかった。

 彼らは“男の子”だ。少なくとも、ゆきの中では。

 だが、小松は違う。小松はしっかりとした男性なのだ。

 ゆきにとっては、異性として意識せずにはいられないひとなのだ。

 小松は、ゆきにとっては、素晴らしき男性だといっても、過言ではなかった。

 それに対してクラスメイトの男子生徒には、異性の艶やかさを感じ取ることが出来なかった。

 近くの老舗のカフェに入り、ゆきは大好きなイチゴのショートケーキと紅茶を注文する。

 皆で話をするのは、本当に他愛ないことで、大学生になったら、恋愛を謳歌するだとか、そんな話をわいわいとしている。

 何だか幸せでほっこりする。

 ゆきはニコニコと笑いながら、みんなの話を聞いていた。

 ふと、新しい客がカフェに入ってくる。

 いつもならば、それぐらいのことに、気になんてしないというのに、今日は妙に気になってしまい、ゆきは顔を入り口に向けた。

 すると、小松といかにもよく出来そうな女性が、一緒に入ってきた。

 ふたりとも書類のようなものを持っていたので、ゆきは打ち合わせに来たのだろうと思った。

 だが、心の中がひどくモヤモヤとする。

 原因は分かる。

 恐らくは、小松が綺麗な大人の女性と一緒にいるからだろう。

 いくらビジネスであったとしても、気にならずにはいられなかった。

 ゆきが余りに見つめていたからだろうか。小松がこちらを見たような気がして、慌てて気付かないふりをした。

 小松と女性は、ゆきたちがよく見えるような場所に案内されてしまう。

 マズイ。

 ゆきは、なるべく見られないように身体を潜めて小さくした。

「ね、今、入ってきたカップル、美男美女でお似合いじゃない?素敵よね!あんなにも完璧なふたりもいるんだよね。ふたりとも大人で素敵だよね。特に男のひと!あんなひといるんだねえ……」

 友達がうっとりと、小松と連れの女性のことを話している。

 話を聞きながら、ゆきは複雑怪奇な気持ちになった。

 ふたりは確かにお似合いかもしれない。だが、ゆきの中では、それは認めることが出来ないことだった。

 小松に恋をしている以上は認められない。

 それが切ない。

 あの女性はビジネス上だけの付き合いなのだろうか。それ以上の付き合いがあるというのだろうか。

 ゆきはそんなことばかりを、先程から気にしてしまう。

「あのふたり、雰囲気が良いよね。何だか憧れるよね」

 友達のひとりがうっとりと言うものだから、ゆきは何だか面白くはなかった。

 だが、個人的な感情で仏頂面をするわけにはいかなくて、ゆきは笑顔で同調するしかなかった。

「ゆきさ、そんなに可愛いのに、どうして彼氏を作らないの?」

 友人があまりにもストレートに訊いてくるものだから、ゆきは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「チャンスがなかっただけだよ」

「だったら、大学生になったら、カレシを作ろうとか、考えている?」

「……そこまでは考えていないけれど……」

「だったら作っちゃったら!カレシ!」

「え……!?」

 友人の言葉に、ゆきは息を呑む。

「ゆきなら、直ぐに出来るよ。可愛いのに。ここにだって、ゆきを良いなあって思っている男子も多いんだし」

 友人がたちは囃し立てるように言って、男の子たちをけしかける。

「あ、あの、その」

 ゆきがあわてふためくと、友人たちは更にけしかけてくる。

 恥ずかしくてしょうがない。

 同時に、すぐ近くに小松がいると思うと、不安でしょうがなかった。

 小松は恋人でも何でもないのに、誤解されたらだとか、良いように思わないのではないかと、そんなことばかりを考えてしまう。

 複雑怪奇だ。

「私たちももうすぐ卒業なんだからさ、新しい一歩を踏み出しても良いんじゃないかな?ゆき」

 友人の言葉が違う意味でゆきの胸に突き刺さってくる。

 小松を諦めて、ほかの男性を好きになれば良いのではないか。

 そんなことすら考えてしまう。

 だが、なかなかそこまでは実行できないのが悩みの種だ。

「ゆきは本当に可愛いよね。照れてさ。その可愛さを放っておかないよ、男ならね」

 友達が余りに褒めるものだから、ゆきは恥ずかしくてしょうがなかった。

「俺、立候補するかな」

 真面目に言われて、ゆきは戸惑ってしまう。

 ドキドキして、何だかおかしな気分になった。

「有り難う」

「真剣に考えてくれよ」

 冗談ではないことは、その表情で分かる。

 ゆきは返事を上手くすることが出来ずに、黙りこんでしまった。

 

 カフェでの賑やかなティータイムが終わり、ゆきは友達と別れた。

 ゆきたちが騒いでいる間に、小松もいつのまにかカフェを出たようだった。

 きっとかなり五月蝿いと思っていただろう。勿論、煩いの意味を込めてだ。

 しょうがない。

 ゆきは高校生でしかなく、小松は社会人でしかも会社を経営しているのだから。

 違いすぎる。

 それを思い知らされるような気がして、切なかった。

 ゆきはとぼとぼと帰る。

「ゆきくん」

 艶のある冷たさの含んだ声に、ゆきはハッとして顔をあげる。

 目の前には、氷よりも冷たい、小松がいた。




モドル ツギ