*晩秋の雨*


 秋は短い。

 最近は特にそう感じるのだ。

 夏が終わると、直ぐに短い秋が過ぎ、寒くなる。

 秋をじっくりと堪能する暇なんてないと、ゆきは思う。

 しかも今日は休日なのにも関わらず、朝から激しい雨だ。

 溜め息しか出てこないような、激しい雨だった。

 秋の雨は冬を呼ぶ雨だ。

 一雨ごとに、みるみるうちに寒くなって行く。

 こんなにも寒いと、秋を通りすぎてあっという間に冬になる。

 寒さに柔らかく震えながら、ゆきは窓のそとを見る。

 このような天気ならば、何処にも行きたくはなくなる。

 小松とおでかけするのは好きだが、これだけ激しく雨が降っていると、それも億劫になる。

「今日のおでかけは中止ですね」

 ゆきはついつい溜め息を吐きながら言った。

「車を出せばショッピングモールぐらいになら顔を出せるかと思うよ。こんな天気なら、きっとがらがらで見やすいだろうけどね」

 小松は、あくまでも選択はゆきに任せるとばかりに、さらりと呟いた。

 確かに、今日はいつもよりも空いているだろうから、並ばずに入れる見世も沢山あるだろう。

 雨のなか、ひとの少ないショッピングモールを歩くのも良いが、のんびりと小松と家で過ごすのも、また素敵なことだとも思う。

 車なんて便利なものがあるから、雨に殆んど濡れることなく、デートにも行ける。

 迷ってしまう。

 外は、雨で煙ってしまうほどにひどく降り続いている。

「雨のドライブも悪くないけれど、事故の確率は確実に上がるかもしれないね」

 小松も窓のそとを確認しながら呟いた。

「そうですね。ここまでなら、家でのんびりしたほうが良いですね」

 ゆきは、外出は意味がないと思い、家にいることにする。

「そうだね。確かに賢明な選択だね」

 小松はゆきに薄い笑みを浮かべた。

 こうしてひどく雨が降っている様子を見ていると、小松とふたりきりで、守られた空間にいることを実感する。

 ふたりだけが守られている空間。

 そこにいるという事実が、ゆきを幸福にする。

 何だか雨に閉じ込められた、ロマンティックな空間のように感じられる。

「さっきから窓のそとばかりを見ているけれど、そんなにも楽しいものなの?」

 小松は不思議そうに言うと、ゆきと同じ視線で雨が降る街を見つめた。

「何だかロマンティックな気がしませんか?」

「ロマンティック?私はそんな感じはしないね。これほどのひどい雨だと、川が決壊しないか心配になってしまうよ」

 小松は苦笑いを浮かべた。

「こちらでは、自然災害が随分と減っているのを分かっているのにね。悪い癖だよ。まだ、家老の頃の癖が抜けないね」

「帯刀さんらしいです」

「こうしていれば、安心していられるけれど?」

 小松は甘く呟くと、ゆきを柔らかく抱き締めてくる。強く抱き締められると、ゆきはそれだけで、胸がいっぱいになるぐらいの幸せを感じた。

「大雨が降っても、君と一緒にいると、君以外が気にならなくなるね。雨の音も素晴らしい音だと思うぐらいだからね」

「雨音って、素敵な響きですね。今まではそんなこと思ったことはなかったですが、とても優しい音に聴こえます」

「そうだね。あんなに忌々しいと思っていたのに、今はとても好きな音になったよ」

 小松はゆきを更にギュッと抱き締めてくる。

 こうしていると、ふわふわと温かくてとても気持ちが良い。

「一雨ごとに、冬が近づいてくるけれど、こうして君がいれば、寒くもないし、安心かな?」

 小松はくすりと笑うと、更にゆきの熱を奪うように、しっかりと抱きすくめてきた。

 温かい。

 今度はふたりの情熱と想いで。

 こうして昼間からしっかりと抱き合っていられるのは、きっと雨だからだ。

 雨だからこそ、こうして明るいうちから抱き合うことが出来る。

 そう思うと、雨で閉じ込められているのも、そう悪いことではない。

 ゆきは雨は幸せを運んでくれると感じずにはいられなかった。

 キスをして、お互いに幸せな気持ちで笑顔になりながら、しっかりと抱き合う。

 こんなにも気持ちが良いことは他にあるだろうか。

 少し退廃的かもしれない。

 だが、フランス映画のようにロマンティックだ。

 ふたりはそのまま、ロマンティックな雰囲気に溺れていった。

 

 雨音で目が覚めた。

 なんて素敵な音楽だろう。

 ゆきは、自然が奏でてくれる素敵な音楽につい笑顔になってしまう。

 傍らには大好きなひとが、日頃の疲労を取るために、目を閉じて眠っている。

 こうしているだけで、ゆきは幸せでたまらない。

 大好きなひとの寝顔を見ていると、本当にほっこりとした優しい気持ちになった。

 こんなにも気だるい時間を過ごせるのも、大雨の日だからだ。

 ゆきはそう思いながら、小松にそっと寄り添う。

 小松はまだ眠っている。かなり疲れているのだろう。

 日頃は厳しい時間を過ごしているのだから、休んでいて欲しい。

 今は静かに休息を取らせてあげたかった。

 小松が身動ぎをする。

 なるべく寝かせてあげたいと思い、ゆきはその姿を見守っていた。

 そばにいると眠り難いかもしれない。

 ゆきがそっと離れようとした時だった。

「……ゆき……?」

 小松の眠そうな声が響き、ゆきはその顔を覗きこんだ。

「帯刀さん」

「何処か、行こうとしていた?」

「もう少しゆっくりと眠って頂きたかったんですよ」

 ゆきがくすりと笑うと、小松はゆきを腕のなかに閉じ込めた。

「帯刀さんっ」

「だーめ。君がいないと、私はしっかり眠れないのだからね……」

 小松はゆきをギュッと抱き締めてくる。まるで幼い子供が、ぬいぐるみをギュッと抱き締めるように。

 ゆきは小松が可愛いと思いながら、背中ごと抱き締めた。

 これも雨の日の醍醐味なのだ。

 ゆきは、しっかりと小松を抱き締める。

 いつもはゆきが小松に甘えるばかりだから、こうして甘えて貰えるのはとても嬉しい。

 いつもの恩返しが出来るようで嬉しい。

 ゆきは再び目を閉じた。

 すると再び優しい眠りが瞼に下りてきた。

 

 夕方には雨は上がり、小松とゆきの気だるくも素敵な時間は幕を下ろした。

 雨が上がったことが、ほんのり恨めしい。

 何処か恨んでしまいそうな気持ちになる。

 雨が上がることに対して、こんな気持ちになったのは初めてだ。

「大雨様様だったかな?」

 小松はからかうように言う。笑顔を滲ませて、何処か幸せそうだ。

「そうですね、このような雨なら大歓迎です」

「そうだね」

 小松はくすりと笑うと、ゆきに甘い口づけを贈った。

 柔らかなキス。

 キスを受けるだけで、ゆきはこの上ない幸せを感じる。

 また、デートの日に大雨になれば良い。

 そんなことを思いながら、ゆきは窓からすっきりと晴れ上がった夜空を見つめていた。



モドル